第10話 謝罪と誠意と期限

「部下が大変失礼致しました!!!どうか,どうかお慈悲を!!!」


 目の前の中年のおじさんが必死になって弁当を食べていた俺に土下座をしていた。


 本当にどうしたの,このおじさん?


 俺じゃなくて親父がまた何かしたのか?


「その,風間君……。実は今朝のことを課長に報告したら……。」

「松本君!?何だね,その呼び方は!?と呼ばないか!!本当に申し訳ありません!!彼女は今年入ったばかりの新入職員でして……。」


 なるほど,今俺に土下座しているのは松本さんの上司の課長さんなのか。


 そして,,か……。


 俺はもしやと思い,チラッと会長を見ると彼は笑っていた。


「会長,えげつないことしましたね?」

「僕は何もしてないよ?ただ,このことを銀次郎君に教えてただけだから。」

「それが一番,えげつないやり方って分かってます?」


 にこにこと笑う会長にやっぱりこの人は敵に回したら駄目だと改めて思った。


 銀次郎に教えた。この人は今回の事情を一番教えてはいけない所に流したのだ。


 多分,親父の実家が何かしらの圧力を掛けて来たんだと悟り,課長さんの必死さを見ると,これは相当まずいことになっているなと理解した。


「課長さん,は何て言ってきました?」

「そ,それはその,風間様の望むようにするなら今回はお咎めはなしだと。ただ,松本君からも色々と事情を聞いた限りですと婚約者の件はその……。」


 まあ,今朝も言ったが,これだけ大々的に宣伝しておいて実は違いました!など通用はしないだろう。


 逆に一人でもこの政策に異議を唱えた時点で場合によっては政策自体を白紙に戻さないと駄目になる。


 そうなると,色々と問題が起きることは明白だ。


「そういえば,さっき女子達が俺の婚約者が既に決まったとか叫んでいましたけど,あれは一体……。」

「あれは僕の方で噂を流しておいたんだよ。風間君には既に婚約者が決まったって。そうでもしないと,君,大変な目に合ってたでしょう?」

「会長!!ありがとうございます!!俺,一生着いて行きます!!」


 マジでこの人の後輩でよかった。


 俺のことを思って先に課長さんと色々とやり取りをしておいてくれたのだ。


 流石,有能な会長。本当に助かる。


「天野会長と相談しましたが,風間様の婚約者は最低人数の3人だけ婚約して頂ければ,特に問題にしないようにしました。また,ほとぼりが冷めましたら時期を見て決まっていた3人との婚約は解消して頂いて構いません。」

「えっ?いいんですか?」


 そう言われて俺は目を丸くした。


 確か,婚約をしなければ俺の財産を没収するとか言われたから必死になっていたんだが,急にどうしたんだろう?


「お恥ずかしい話ですが,実は風間様はリストから除外されていたのですよ。別の者が一度,風間様の御父君にお電話をお掛けしたのはご存じですよね?物凄い勢いで激怒されて一体誰だろうと思って調べたら情報の不備で……。」


 要するに俺が今回の対象になったのは情報の不備であったらしく,親父の電話でそのことを気付いた課長さんが俺を最初から除外するつもりでいたのだ。


 ただ,そうなると1つ解せないことがあった。


「じゃあ,何故松本さんが来たんです?松本さんから聞く限りでは彼女の先輩と一緒に来ることになってたって聞いたんですけど……。」

「そ,それは……。」


 何やら言いにくそうな顔をして課長さんは松本さんを見た。


 松本さんも言いたくないのか,首を横に振って無理です!という顔をしていた。


 うん,理解した。多分,松本さんの先輩がとんでもない馬鹿な人だったんだろう。


「大方,避けていたはずの自分のリストを偶然見つけて俺の手柄にしてやると思って松本さんを行かせたんじゃないですか?自分は何処かで遊んでたりして。」

「「ギクッ……。」」


 ……マジか。


 適当に言ったつもりだったんだが,どうやら大当たりのようであったらしい。


 チラッと渚沙さんを見るとスマホを取り出して理事長に電話を掛けていた。


 この人,本気でカチコミに行く気満々だぞ。


「それで,その先輩さんはどうしました?」

「彼は今回の件で遠方にしてもらいました。のお勧めもあって今はのどかな場所でひっそりと仕事をしているでしょう。」

「そうですか……。」


 課長さんのその言葉を聞くと,少しだけ可哀そうになったので松本さんの先輩についてこれ以上は追及することをやめようと思った。


 それよりも,課長さんの話を整理すると俺は早急に今やらないといけないことが1つあると考えた。


「課長さん,俺が婚約者を決めないといけないリミットっていつまでですか?」

「!?よくわかりましたね。」


 既に俺には婚約者はいる。


 今は学園内だけの噂だが,噂が広がれば何処からか情報が漏れるか分からない。


 もし,これが嘘だとバレたら俺自身も現状が悪くなるし,課長さん達も他から追及されて色々とまずいことになるだろう。


「3日です。3日の間は何とか情報を誤魔化せますが,それ以上は限界です。」

「3日ですか。わかりました。決まれば,松本さんに連絡すればいいんですよね?」

「それでお願いします。それと,今後の事ですが,風間様の資産について……。」


 俺は婚約者以外のことも色々と課長さんと話をして情報共有をした。


 ******************************


 課長さんと松本さんが帰った後,俺は食べかけていたお弁当に手を付けた。


 インスタントだけど味噌汁が身体に染みるねぇ……。


「それで,シンは結局どうするの?」


 教室で女子達に踏まれて延びていた天音がやっと復活したのか,俺に尋ねて来た。まあ,ここにいる皆は気になるよな……。


「条件が緩くなったからやりようは色々とある。まず,知り合いの女子達と将来的に別れることを前提条件で婚約してもらう。婚約期間は俺が成人するまで。これがまず第一かな。ただ,問題はその婚約者を誰にするかだ。」

「まあ,お前を好きな子は十中八九除外だろうな。金目当ての女子達と違っていい子なのは間違いないんだが,お前と本気で結婚したいとか言われるだろう。」

「そうなんだよな。かといって,お金目当ての彼女達なら俺の資産を食い尽くしかねないからな。それはそれで困る。」


 俺がそう言うと皆色々と考えた。


 確かに条件が緩くなったが,婚約破棄を前提でお金に執着しない女性って果たしているのだろうか……。


「あ!シンちゃん,なら私が立候補しよっか?」

「静ねぇが?」

「うん。私なら特に問題ないかなって。瑞穂ちゃんは別に構わないかな?」

「姉ちゃんの判断に任せる。」


 素っ気ない態度でフレディは言ったが,どうやら問題視はしてなさそうだ。


「確かに,静歌なら女子達の反論はないわね。というか,今一番ベストな相手じゃないかしら?ユウはどう思う?」

「僕も彼女には賛成かな。風間君次第だけど……」


 チラッと俺は隣に座っていた静ねぇを見た。


 確かに静ねぇなら俺の事を良く知っているし,俺の資産の管理は静ねぇのお父さん,おじさんに任せているのだ。


 この状況だと一番ベストではないかと俺も思った。


「それじゃ,静ねぇ。悪いけどお願いしていいかな?」

「は~い。お姉ちゃんに任せておいて。それじゃ,後二人かな?」

「そうなるかな。う~ん,誰か適任はいないだろうか……。」


 俺がそう考えていると後ろでは奈都姫が何か言いたそうにしていた。


 それに気付いたのか,天音は小声で奈都姫だけに聞こえる声で言った。


「奈都姫,チャンスじゃないの?立候補したら?」

「!?ど,どういう意味よ!?」

「どういう意味って,まだシンのこと好きなんでしょう?違うの?」

「それは……。」


 彼を見ると何か思うことがあるのか,奈都姫は一度考えて大きな溜息を吐いた。


 その姿を見て天音だけでなく近くに居たリュウ達も肩を竦めたのだった。



 ******************************



 次回:風間兄妹と関兄妹 お楽しみに!




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