第6話 新之助の過去

「お母様を亡くされている?」


 松本さんは天野会長の言葉を聞くと信じられないような目で俺を見た。


「――何も聞かされてないようですね」

「も,勿論です。今,始めて聞いて……驚いています。課長も先輩も何も教えてくれなかったのはどうして……」

「まあ,大方理由は分かりますけどね」


 天野会長はその理由を話し出した。


 ――政府が打ち出した婚姻制度。


 この政策はお金持ち……要するに極一部の資産を持つ男性だけに優遇された政策なだけであって国民全体に意味をなさない政策であるのだ。


 それだけでなく,女性を蔑ろにしている政策でもあるため大反感を買っており,何としてもこの政策が間違っていなかったとアピールする必要があったのだ。


 だからこそ,わざわざ松本さんが今いる婚姻活動推進課のような部署を作り徹底的なサポート体制を敷いたのだろう。


「実際,この政策に選ばれた男性の方々は嬉しい限りだと思いますよ。大っぴらに何人もの女性を自分のものにすることができるんですから。たしか,決められているのは最低人数なだけであってそれ以上の人を娶ることには問題がなかったですね?」

「そ,その通りです。天野会長は色々とお詳しいですね」

「大事な後輩に関わることですからね。まあ,その後輩がこの政策のイレギュラー的な存在でもあるんですけど」


 俺を苦笑交じりに見る天野会長を見て不貞腐れた表情をしてしまった。


「イレギュラー?」

「先程の話ですよ。彼の実の母親は両親達の恋愛事情によって起きた悲惨な事件で亡くなっている……彼だけじゃなく多くの人がその事件で犠牲になりました。松本さんは11月11日にこの付近で起きた事件って覚えていますか?」

「11月11日――それって,6年前に起きた暴力団組織に関わる人達が市民に発砲した大量虐殺事件じゃ……まさか!?」

「……彼はその事件の中心にいた人物です。あと,さっきの話は大っぴらには口外しないでくださいね。説明のために教えましたけど口外すると


 その言葉を聞き松本さんは言葉を失ったが直ぐに何度も頷いた。


 6年前に起きた事件――松本さんが言った通り暴力団組織に関わる人達が市民に向かって発砲した大量虐殺事件。


 そして,それはあくまで表立っての真相であり実際はもっと根深い話……俺や周囲の両親達の恋愛事情によって起きた事件であったのだ。


「彼はその時の事件が原因で二度と恋人を作らないと決めているんです。おそらく,あなたの先輩さんや上司さんは知っているはずですよ?」

「そんな……どうして課長や先輩は教えてくれなかったんでしょう?」


 ブツブツと言いながら疑問に思っている彼女を見ると俺は溜息を吐いた。


 彼女の身なり……態度からしてもしかしたらと思った。


「松本さん,今年になって今の部署に入ってませんか?」

「えっ!?よくお気づきになりましたね!私は今年入ったばかりのピチピチの新入職員ですよ!それなのに先輩ったらお前は優秀だから一人で行けるだろう!って」

「…………」


 その態度が気に喰わなかったのか怒髪天一歩手前の姉御を他所に俺は笑っているような困っているような顔をしていた天野会長を見た。


 ――どうやら,同じことを思ったらしく肩を竦めていた。


「松本さん,非常に言いにくいこと何ですが……」

「何でしょうか,天野会長?」

「――松本さん見捨てられたかもしれませんよ?」

「……えっ?」


 十中八九……彼女はなのだろう。


 親父は二度と関わらないと決めているが親父の実家は相当な規模の家柄なのだ。


 そして,親父は元々そこの後継者――次期グループのトップになるはずだったが親父の弟がそれを認めず蹴落として後継者を奪い取ろうとしていたのだ。


 だが,親父は実家に嫌気がさしており後継者にも興味がなく逆にその弟に後継者を譲ると言って二人で結託,現在の不動産を手に入れる変わりに家を飛び出す計画を立てて弟を後継者候補にさせようとしたのだ。


 その弟さん……俺の叔父さんは色々あって既に当主ではなく今は親父のもう一人の弟が当主になっているのだが――先程の事件でこちらのことを心配しており未だに実家は家を飛び出して親父の後ろ盾になってくれていたりもするのだ。


「風間君の後ろにいる方々,その人達は政府に多大な援助をしている家柄でしてね。

彼に何かあると黙っていないんですよ。上司さんはどうか分かりませんが,先輩の方は断られること,その行動によって自分の立場が危うくなることを恐れたからこそ,あなただけに行かせたんじゃないでしょうか?」

「そ,そんなぁ……」


 それを聞くと松本さんは泣き崩れてしまった。


 まあ,新しく作られた部署に新入社員……おまけに色々と作られた理由がありそうな場所なら何か裏があって当たり前だろう。


 流石に可哀そうと思ったのか俺は助け船を出そうと思った。


「松本さん,学生に話を広げたのは自分の判断でしょうか?」

「いえ,先輩から大々的に話は広げるべきだ!と教えられて……」


 よし……犯人は確定だ!


 あとでフレディとリュウを呼んでカチコミに行くぞ。


 ついでに親父にも一報を入れよう……流石に今回は俺も容赦はしない!


「風間君,カチコ……お話に行くなら私も行っていいかな?ちょ~っと,私も色々とお話を聞きたいことがあるんだよねぇ」


 関節を鳴らしながら怖い笑みを浮かべる姉御と同様に俺も怖い笑みを浮かべると目の前にいた松本さんはまたガクガクと震え出していた。


「こらこら,二人とも。そんなことしたら駄目だよ。もっと堅実的に行かないと。松本さん,そういう事情なのですみませんが上司さんにお電話を繋いで頂いて貰ってもいいでしょうか?松本さんのことは保証しますので」

「わ,わかりました。それでしたら,後ほどお教えします」


 事情を知った松本さんはどうやらこちらに協力してくれることになった。


 それを聞くと俺は少し落ち着いてきたのかもう一度大きな溜息を吐いた。


「シンちゃん,お疲れ様。紅茶のお替りいる?」

「悪い,静姉。貰えるかな?」

「は~い。天野君達もいるかな~?」

「じゃあ,貰おうかな」

「静歌~,私もお願い~」


 皆がそう言うと静姉は新しい紅茶を入れるためにソファーから立ち上がった。


 それを見越すと松本さんは俺に頭を下げてきた。


「風間君,ごめんなさい!事情を知らなかったとはいえとんでもないことを仕出かしてしてしまって。それで,この件なんですけど……」


 ――言いたいことは分かる。


 これだけ広まってしまっては実は間違いでした!で話を通すことなど不可能だ。


 しかも,女子達は前々から俺を狙っており一部の子達は去年の時みたいに俺の財産を未だに狙っているかもしれないのだ。


「これは早急に風間君の婚約者を決めた方がいいかもしれないね」

「会長,他人事みたいに言わないでください。こっちは憂鬱な気分なんですから」


 俺が嫌そうな顔でそう言うと天野会長は爽やかに笑って頑張れと言った。


 ******************************


 次回:噂の広まりはクラスメイトまで お楽しみに!


 お読みいただき誠にありがとうございます!


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