第5話 御上からの使者
――迷走
定まった道や予想される道を大きく外れること。
物事の進べき方向が定まらず,結論が出ないこと。
神童,天才と呼ばれていた時の俺は政治家や会社を起業して家族を幸せにさせたいと豪語していた。
まっすぐに自分の夢を持ち,それを追い求めていたのだ。
だが,今の俺にはそんな夢すらなくなった。
正直,親父の御蔭もあってお金はたくさんある。
このまま働かなくても普通に暮らしていれば,普通よりも裕福に暮らすことができ,何も問題なく暮らせるだろう。
だが,最近になって本当にこのままでいいのか?と思ってしまう。
たった一度の人生なのだ。
何かやりたいことがあるなら真っすぐに突き進むのが男なのではないか?
【男は度胸,何でも試そうぜ!】
義妹が何処から引用したか分からない言葉の通り、1つぐらい何か夢を追い求めてもいいのではないかと思った。
「……シンちゃん,現実逃避したいのは分かるんだけどね?」
先程から隣に立っていた静ねぇが珍しく引き攣らせた顔でこちらを見ていた。
やめてくれ,静ねぇ。もう少しだけ,現実逃避をさせてくれ!!
俺は目の前の光景をもう一度見ると,本気でこの部屋から逃げ出したいと思った。
「あんた,うちの学園で何てことをしてくれたの!!例え役所の人だろうと容赦はしないわよ!!さっさとあんたの上司の電話番号を教えなさい!!」
「ひぃっ!!??それだけはご容赦を!!」
生徒会室に入ると学園の制服を来た女子生徒がタイトスーツに身を包んだ若い女性の人を脅している姿が先ほどから映っていた。
その光景を中央に置かれていた机の前に座って見ていた男子生徒は微笑むと,こちらに声を掛けて来た。
「千堂さん,風間君,いらっしゃい。ソファーに座っていいよ。」
「会長,何ですかこれ?」
俺は目の前の光景をもう一度見ると,木刀を突き付けている女子生徒と泣きながらガクガク震えている女性を見て何とも言えない表情をした。
あれ,捕まらないよな?
「天野君,今どういう状況かな?」
「事情を聞いて渚沙が我慢できなくなちゃってね。尋問しているところだよ。」
「ユウ,酷い!!尋問じゃなくて事情聴取って言ってよ!」
こちらの話声が聞こえたのか,女性を尋問?していた女子生徒は先程と違い,可愛らしく怒りながら席に座る男子生徒に抗議した。
この2人は
「天野会長,さっきから気になっていたんですが,あちらの女性は?」
「ああ,彼女は……。」
チラッと彼女を見ると,渚沙さんは事情聴取を止めて怒りながらドカッとソファーに腰掛けた。
こんなに怒る渚沙さんも珍しいよな……。
そう思っていると,着崩れしたタイトスーツを綺麗に直し,何故かその女性はこちらに笑顔を向けてきた。
「2年C組の風間新之助君ですね?今回はおめでとうございます!私達はあなたの未来を祝福します!」
「……はい?」
行き成りそのような言葉を言われて俺は困惑してしまった。
だが,事情を知っているのか,会長や渚沙さんだけでなく静ねぇも彼女を訝しい目で見ていたのだった。
********************
「婚姻活動推進課……。」
彼女から渡された名刺を見て俺は困惑した。
何だこの部署は?見たことも聞いたこともないぞ?
名刺に釘付けになっていた俺は胸を張っている女性を見た。
「婚姻活動推進課,婚活推進課ですね。風間君は政府が打ち出している婚姻制度はご存じでしょうか?あ,風間君の家にも連絡は言っているので知っていますよね?」
その言葉を聞き,俺は今朝と同様に第六感が働いたのか,嫌な予感がした。
だが,それは見事に的中して彼女からの言葉に絶句してしまった。
「私達は婚姻制度で選ばれた男性の方々をサポートするためにやって来ました。風間君は確か1週間以内に婚約者を3人選ばないと駄目だったと思います。風間君の身辺を調査したところ,女子生徒から人気なので特に問題はないと思いましたが,こちらとしても早めに婚約者は選んで欲しいので学園の生徒達に色々と……。」
「……渚沙さん、1ついいですか?」
彼女から次々と出た言葉を聞いて思うことがあるのか,こめかみをヒクヒクとさせていた我らが姉御に尋ねた。
うん,やはり相当ご立腹だ。
「風間君,何かしら?」
「俺,無茶苦茶言いたいことあるんですけど,言ってしまっていいでしょうか?」
「私が許す,言え。」
姉御から許可が出ると,今度は天野会長と静ねぇを見た。
二人とも苦笑していたが,目は笑っておらず,言って構わないと頷いた。
それを確認すると,一度大きく息を吸い,息を吐くと目の前にいる女性を見た。
「確か,松本さん,でしたよね?俺から一言いいでしょうか?」
「どうぞ!何かサポートをしてほしいことがあれば色々と……。」
「では,遠慮なく。……ふざけんじゃねぇぞ,クソ御上共が!!!」
「ひぃっ!!??」
行き成り怒気を放たれて怒られた性か,目の前の女性はまた涙目になってガクガクと震え出してしまった。
だが,一度叫んですっきりしたのか,俺はもう一度息を吸うと静ねぇが入れてくれた紅茶に口を付けた。
「……あのう,風間君はどうしてそんなに怒って?それに,皆さんも先ほどからどうして風間君と同様に怒っておられるのでしょうか?」
「僕は怒っていませんよ。まあ,呆れてはいますけどね。彼のことを調査しているなら色々と過去のことも調べが付いているでしょうし。それに,現在の彼の状況も。」
「彼の状況?」
彼女の態度を見ると何も聞かされていないのか,不思議そうに首を傾げた。
「ユウ,どう見る?」
「おそらくだけど,彼女は一切何も聞いていないんだろうね。会社でもよくあるけど上の方で情報を握り潰して下には何も教えずに行かせるってやり方は。」
「???本当にどういうことでしょうか?」
流石の彼女も目の前にいる学生達の話を聞いて,これは何かあるのでは?と気付き始めた。
その顔を見ると天野会長は俺の代わりに重い口を開いた。
「風間君はですね,小さい時に女性関係が原因で実の母親を亡くしているんですよ。だからこそ,彼は今まで一切恋人を作らないようにしているんです。」
その言葉を聞くと松本さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺を見たのだった。
******************************
次回:新之助の過去 お楽しみに!
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