第3話 二つの出会い

「私ね、岬中出身なの。だから海野さんのこと、見たことあってさ。クラスは違かったけどね」

森戸さんはそう言うと、私の目をじっと見る。一瞬、森戸さんが何をしているのか分からなかったが、私の返答を待っていると分かって、私は慌てて口を開く。

「そ、そうなんだ。す、すごいね、なんか」

途切れ途切れに、私は答える。

なんだ、すごいね、て。

いつもよりテンパっているのが痛いほどわかる。視線の先を固定できない。

「なんで、転校しちゃったの?」

転校した理由。理由。リユウ。

森戸さんの質問に答えようと、私は再び口を開く。しかし、なぜか言葉が詰まる。吐き気があるのに、胃の中に何もないみたいな、気持ち悪い感覚。

「それは、えっと、言え、なくて」

そこまで言って、私ははっとする。なんで、嘘をつかないのだろう。親の転勤とか、色々ある筈なのに。

自然に、私は下を向く。森戸さんの目を見るのが、急に怖くなった。

「ごめん、変なこと聞いちゃった」

顔を上げる。森戸さんが私の顔を覗き込む。引き攣った顔を見られてしまったと思い、私は急いで口角を上げる。あぁ、絶対今、変な顔だ。

「ごめんね、海野さん」

「いや、その、私の方こそごめん」

「なんで海野さんが謝るの?」

森戸さんは笑いながらそう言う。

その後、岬中について森戸さんが聞くことはなかった。それでも、森戸さんの質問責めは続いた。私が相変わらずしどろもどろに返答しても、森戸さんは面白そうに私を見てきた。


「じゃあ、また明日!海野さん」

「う、うん」

最後まで私は言葉を詰まらせていたが、森戸さんは気にしていないのか、笑顔で手を振ってくれる。なんとなく手を振り終えるタイミングが分からず、森戸さんが私に背中を見せたところで、私は手を下ろした。

家の中に入ると、体中に入っていた力が一気に抜け、私は玄関に座り込む。人と長く話すのが久しぶりだったせいか、思っていたよりも疲れがある。

「はあ」

深く息を吐くと、生温い空気が肺の中に入るのがわかる。気持ち悪い。

ひんやりとしたコンクリートが気持ちよかったが、流石に座り続けるのはまずい。私は立ち上がり、靴を脱ぐ。




「おはよ!海野さん!」

突然、肩をポンと叩かれる。振り向くと、そこには森戸さんがいる。

「お、おはよ、森戸、さん」

「今日も1日頑張ろう!」

森戸さんはそう言うと、右手を空に向けて上げる。私も小さく、右手を上げる。校門の前だから、周りの生徒の目が気になってしまう。


授業と授業の隙間時間。

先生がいない自習時間。

黒板に回答を書いて席に戻る道中。

森戸さんはことあるごとに私の席に訪れる。

授業中の森戸さんは真剣に授業を受けている時間もあれば、机に突っ伏して寝ていることもあった。


「海野さん、お昼ご飯、一緒に食べない?」

森戸さんがお弁当箱を手に持って言う。

「い、いいよ」

私がそう言うと、森戸さんは「ありがと」と言って近くにあった椅子を私の机に向ける。

誰かと一緒に昼食を食べるなんて、久しぶりだった。


「え、色ちゃん、写真部なの?」

知らぬ間に呼び名が色ちゃんになっていることには触れず、私は「うん、昨日入った」とうなずく。

「部活、入ってないと思った」

「元々、入る気はなかった、から」

「え、じゃあ、なんで入ったの?」

「なんか、名前を貸してほしい、て言われて」

「名前?」

「うん。部員の数が少ないからって」

「へー、そんなこともできるんだ」

森戸さんはそう言うと、卵焼きを一口食べる。私のお弁当の卵焼きに比べて色が濃く、甘い香りがする。美味しそうだ。

「色ちゃんは、写真部に行かないの?」

「え?」

「一応、部員なわけでしょ?」

一応、考えてみる。写真部のこと。後藤先生の言ったこと。部活のルール、は聞いていないか。

「あんまり写真部のこととか分からないし、後藤先生からも、行かなくてもいいって言われてるから」

「あーそっか」

「…行ったほうがいい、かな?」

「うーん」

森戸さんはそう唸ると、残りの卵焼きを口に運ぶ。甘い香り。

「ねね、今日行ってみない?」

「へ?」

間抜けな声が漏れる。それが恥ずかしくて、顔が熱くなる。

「放課後暇!?暇なら行こ!」

すごく大きな期待が宿ったキラキラとした森戸さんの目が、私を見ている。こういう流れに、私が逆らうことができないことは、知っている。


「写真部って何やってるのかなー」

隣を歩く森戸さんが明るく言うのに反し、私は緊張からか変な汗をかいている。もともと写真部に顔を出すなんて考えてもいなかったから、いざ顔を出すとなるとそわそわしてしまう。変な心配と妄想が、頭の中でぐるぐると巡っている。

「あ、ここだ」

森戸さんがそう言って立ち止まる。急に止まるものだから、私は森戸さんの数歩先まで歩いてしまう。

森戸さんが立ち止まったドアの上には、明朝体ででかでかと「美術室」と書いてある。

「入ってみよ!」

ワクワクした口調で森戸さんが言う。私が首を縦に振ると、森戸さんはふふと笑う。


がら。

森戸さんがドアを開けて、中に入る。私がその後ろに続く。

どん。

何かとぶつかる。私は尻餅をつく。

「え、色ちゃん大丈夫!?」

森戸さんが倒れた私に駆け寄る。突然だったから、状況を飲み込むのに遅れている。森戸さんに「立てる?」と聞かれ、何かにぶつかって私が倒れた、ということをようやく理解する。顔を上げると、そこには背の高い男子生徒がいる。

男子生徒は、まるで私なんか最初からいなかったかのように、明後日の方向を見ている。

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目が見えない写真家 R neinu @neinu

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