#31
国民への発表の前日、ついに大臣たちや兄上たちの子供たちへ、アンジュの事を伝える日がやってきた。
「アンジュ、しんどくなったら言ってくれ」
「はい、頑張ります」
「私も傍にはいますので」
「…リマさん、大丈夫、ですか?」
「大丈夫ですよ?」
アンジュにも分かるほど(と言ってはアンジュに失礼だが)、リマの顔色は良くない。
それもそのはず、イマル兄様の管轄である魔導部隊の大臣を務めているのが、リマの父上だからだ。
リマは魔導が使えず、リマの父上に嫌悪されていた。
だからリマは極力、城には行きたがらなかった。
会って何を言われるか分からないからだ。
「でも…」
「ほら、向かいましょう!」
「あ、はい…」
「リマも無理をするなよ」
「分かってます」
***
「そんなの認められません!」
いの一番に声を上げたのは、オッズ兄様のところのダン大臣だった。
大臣の中でもまだ40という若さで大臣になった彼だが、頭が固いのが悩みだと、オッズ兄様が仰っていた。
「僕が問題ないと言っているのに?」
「ですが…」
「お前は頭が固すぎるんだよ。もっと柔軟に物事を考えてよ」
「私も同感です」
続いて声を上げたのは、イマル兄様の大臣であり、リマの父親であるマーリン大臣。
年齢は60を超えているのに、未だ最前線で戦う男だ。
綺麗な茶髪に鍛えられた体、顎髭も常に整えられており、見た目も抜かりない。
「ノラ王子も考え直しては如何ですか」
「そんなつもりはありません」
「お前も相変わらずノラ王子の影に隠れて何もしないのだな。相変わらず魔導も使えないと聞いているが」
「……」
「マーリン大臣」
「イマル様、これは私たち家族の問題です」
リマを睨みつけ、イマル兄様を牽制する。
それに怯んだリマは黙り込んでしまう。
それもそうだ、リマは魔導一家に産まれたにも関わらず、幾つもある魔導書に選ばれなかったとして、家を追い出されたのだから。
「そんな事言わないでください!」
マーリン大臣とリマの前に立ちはだかったのは、アンジュだった。
「今は、リマさんは関係ありませんよね?俺の話ですよね」
いつもより饒舌なアンジュ。
アンジュはリマに大変よく懐いているし、ここに来た時アンジュが魔導を使えないと言って泣いていた時、自分も魔導が使えないと言って慰めたのがリマだった。
だからこそ、リマが魔導の事で言われるのが我慢出来なかったのだろう。
「君が例の"女装花嫁"か」
「じょ……?」
「そのような言い方はやめていただきたい」
俺の大切なアンジュになんてことを言うんだ、この男は。
俺が今、剣を持っていたならば、俺はこの男を殺していたかもしれない。
「ノラ王子、よく分かりませんが、俺は大丈夫です。それよりも、リマさんに謝ってください」
「ノラ、殺意が隠しきれてないですよ」
「イマル兄様は黙っててください」
「ノラ、黙れ。マーリン大臣、俺もリマには謝った方がいいと思います。それにアンジュにも。アンジュは俺たちの家族です。その家族と友人にあのような暴言を発する事は許し難い」
アンジュとイマル兄様がマーリン大臣に詰め寄る。
「そんな感情論でどうにかなる問題なのですか?そもそもテレサという国は、どうして貴方を女性と偽ったのですか?ジェノヴァ第一王子、先週テレサ王国に行かれたのですよね?その時あちらは何と?」
「残念ながら会うことは叶わなかった。まぁ俺たちが押しかけたものだからな、仕方ない」
「あちらの王子や王女にもですか?」
「あぁ。俺たちが行くと分かっていたのかどうなのかは分からないが、"たまたま"全員が全員いなかったらしい」
まるで父上やジェノヴァ兄様、ランドリー様の行動があちらに筒抜けだと言うような言い方だった。
まさかそんな馬鹿な。
この国に、スパイがいるとでも言うのか。
「アンジュ様、貴方が彼らに何か言ったのでは?」
やはりマーリン大臣はアンジュに詰め寄った。
「俺は何も…」
「スパイは皆そう言うんです。自分ではないとね」
「スパ……?」
スパイという言葉の意味が分からず、アンジュは首を傾げる。
「アンジュ、気にしなくていい」
「ノラ王子、私は彼に聞いているのです。そうやってとぼけても無駄ですよ」
「??」
マーリン大臣はまるで、アンジュをスパイだと決めつけた様な言い方でアンジュを更に追い詰める。
「本当は貴方がテレサ王国に私たちの情報を流しているのでしょう?」
「そんなことができるのですか?俺はよく分かりませんが…」
「とぼけるな!」
「ひっ…」
マーリン大臣の怒鳴り声に、アンジュは驚き涙声になる。
「俺は…何も…」
「マーリン!」
イマル兄様がマーリン大臣を咎める。
「残念だが彼にそんな力はない。彼は魔法も魔導も使えないのです」
「何ですって?」
マーリン大臣が顔を歪める。
この人は本当に魔導を使えない人間が嫌いなのだろう。
俺が王子という立場でなければ、きっと俺も嫌われていたに違いない。
「それにこの場は、そんな話をする為に設けたものじゃない。そうですよね父上」
「マーリン、君の気持ちが分からない訳では無い。私もアンジュがどういった経緯でここに来たのかをテレサ王国に聞きたかったのだがな。恐らくアンジュは何も知らんだろう」
父上の言う通り、アンジュは何も知らない。
テレサ王国に捨てられた、王子であるはずだった人間があんな扱いを受けて良いはずがない。
それを知りもしないで、この男は。
「国王よ、失礼を承知でお伺いしますが、そんな証拠がどこにあるというのですか」
「うーむ、そう言われると難しいのだがな。我々はアンジュを家族として迎え入れたから、という答えではいかんか?」
「家族だからと言って何でも受け入れるのはよろしくないですよ」
「…マーリン、君は話の分かる人間だと思っていたのだが?」
マーリン大臣が顎髭を撫でながら、うーんと唸る。
「私は認めませんよ。家族だからと言えど、裏切る人間は山ほどいます」
「まあまあ、長い目で見てやれ。アンジュは色々と苦労しておるのだ」
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