#29

翌日。

兄上たちにアンジュの話をする時間になり、3人で城に向かう。


「アンジュ、大丈夫か?」

「怖い、ですけど…、頑張ります」


少し歩くと、門兵が俺たちを出迎え、謁見の間に通される。


「話とはなんですが父上」

「ジェノヴァ。話は私ではなく、ノラとアンジュからだ」

「ノラと?あぁ、一昨日の…」


ジェノヴァ兄様が俺たちを見つめる。

アンジュは目線を合わせるのが怖いのか、目を逸らす。

するとジェノヴァ兄様は、アンジュの前にやってきた。


「さてアンジュ、話を聞こうか」

「う……」


まるで獲物を逃さない、と言わんばかりの圧。


「ジェノヴァ兄様…」

「大丈夫だ、食ってかかったりはしないよ」


その笑顔が笑っていないのに、気づかないわけがない。

ジェノヴァ兄様は、そういう人だ。

味方には100パーセントの信頼を置くが、敵には一切の容赦をしない。

それがかつて味方であった者だとしても、だ。


「アンジュ、俺は別に怒ってなどいない。君がノラの妻である、という信頼の元にだが。もし君がノラやこの国に損害をもたらすなら…」

「しません!そんなこと、絶対にしません。俺は、ノラ王子の妻です。お、女の人ではありませんが…」

(こわい、ジェノヴァ王子の目が、こわい。でも…)

「俺は、ノラ王子の妻です!ですが…、女の人だと、嘘をついていて、申し訳ございませんでした」


アンジュがジェノヴァ兄様に向かって頭を深く下げる。


「なぜそのような嘘をついた」

「…お父様から、そうしなさいと、言われたのです」

「君は言われたからそうした、というのか?そこに君の意思はないのか?どうして君の父上…テレサ国王は君にそう言ったんだ?」

「……わかりません」

「わからないだって?」


空気がピリッとしたのがわかる。

きっとジェノヴァ兄様は、アンジュに対して良い感情は抱いていない。

理由もわからず、言われたまま女として行けと言われているのだ、スパイだと思われても仕方ない。

普通に考えればわかる事だ。

しかしアンジュの場合はそうではない。

自分の意思など関係なく、そうしなければ殺されるのだから。


「気づいたら、外にいて……、そうしなさいと…、言われました。でなければ、俺は、いらないと……。そう、言われました。い、いらないと、いうのは、こ、殺すって事だと、ノラ王子に、教えて、もらいました…」

「アンジュ、無理をするな」

「大丈夫、です。がんばります」


アンジュの息が荒い。

また過呼吸になってしまうのでは、と心配したが、アンジュが大丈夫だと、頑張ると言うなら、俺はそれに従うまでだ。


「こ、これ以上、俺は…、何も、知りません。お父様が、何を考えてらっしゃったのかも、何も……」

「イマル、お前はどう思う」


ジェノヴァ兄様が、イマル兄様に話を振る。


「俺は、彼が何か呪(まじな)いを掛けられているのではないかと、ノラから相談を受けていました。結局、呪いらしきものはかかっていませんでした。ですが…」

「なんだ」

「彼がテレサ国王に何かトラウマを植え付けられているというのなら、それが呪いとなっている可能性はあります。女性だと偽らなければ殺される、という話が本当ならですが」


イマル兄様も、アンジュを確実に信用している訳ではなさそうだ。


「僕は信じますよ」


オッズ兄様が手を挙げ発言する。


「ほう、その理由は」

「この子が上手に嘘をつけそうにないからですね。嘘をつくのが上手いなら、今こんな話をしている訳がないでしょう?」

「まあそうだな。しかしそれだけで信用に足るものか?」

「なら今ここで服でも脱いで貰います?兄上たちはそんなことをさせるつもりですか?」

「なっ…」


オッズ兄様は時々とんでもない事を言い出す人ではあるが、まさかそんなことを言い出すとは。


「それが一番手っ取り早いでしょう。まあアンジュが良ければ、ですが」

「あの、でしたら…」


アンジュが本当に服を脱ごうとするので、それをオッズ兄様が止めた。


「冗談、冗談だって。でもほら、彼がここまで言うのに信じないってのは、僕にはありませんよ」

「私もです。オッズ様のご意見は私の総意でございますので。アンジュ、今まで辛かったでしょう」

「チダリ様…」


チダリ様がアンジュの手を握る。


「お化粧、嫌ではなかった?」

「そんなこと…。すごく、楽しかったです。また、お化粧を教えていただいても、よろしいですか?」

「アンジュ…。ええ!勿論よ!ねぇアンナ様!」

「当たり前よ!と、言うことで私もアンジュを信じるわ。カンナ様とランドリー様はどう思われますか?」


アンナ姉様が、ジェノヴァ兄様の妻であるランドリー様と、イマル兄様の妻であるカンナ様に問いかける。


「俺は別にどちらでも。ジェノヴァの言う通り、国に損害を与え無ければなんでもいいさ、なぁジェノヴァ?」

「う…」


ランドリー様がにかっと笑うと、ジェノヴァ兄様は少したじろいだ。


「なんなら俺より女らしいぞ!まあ俺は元々そんな気もないがな!」

「…私も特には。アンジュ、頑張ってちょうだいね」

「ランドリー様、カンナ様…」

「はぁ…、君たちがそちら側につくなら俺たちも折れるしかないな。なぁイマル」

「そう、ですね…」

「で、ミシェルは相変わらずここにはいないのか」


ジェノヴァ兄様に言われて、ここにミシェル兄様が居ないことに気づいた。


「まあアイツは特に気にしないだろうな」

「……ここにいますけど」

「うお、ミシェルいつの間に…」

「今さっきからです。あの、アンジュの話は、本当なんですか」

「ミシェル兄様、話は俺から…」


アンジュの件を簡単にミシェル兄様に話す。


「ぜ、全然分からなかった…」

「ミシェル様、申し訳、ございません…」

「ミシェル兄様、黙っていてすみませんでした」

「え、と…」

(この場合はなんて言ったらいいんだ…!)

「子供たちよ、話は終わったか?」


父上が俺たち全員に目をやる。


「ち、父上…!」

(助かった…!)


ミシェル兄様がすごくホッとしたような顔をした。

ジェノヴァ兄様はミシェル兄様の返答を待つこともなく、父上に返答した。


「俺たちは家族です。何があろうとも、それが崩れることはないと信じています。俺たちは弟であるノラの妻として、改めてアンジュを歓迎いたします」

「ジェノヴァ兄様、皆、ありがとうございます」

「ありがとう、ございます…!」


俺とアンジュは皆に向かって深く頭を下げた。

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