#10
「アンジュおはよう」
「……」
「今日は君がここに来た時、一番初めに飲んだスープだ」
アンジュがここに来て、今日で1ヶ月。
本当は盛大に祝ってやりたかったが、そんな状況ではないので、アンジュが美味しいと言っていたスープを用意した。
リマに作り方を教えて貰ったのは言うまでもない。
「飲めるか?」
「……」
返事はしないものの、アンジュは少し口を開けた。
以前よりは話しかけても反応するようになったが、会話は出来ないままの状態が続いている。
「良く飲めたな。もう少し飲めるか?」
アンジュがこくりと頷いた。
今までこんな事はなかった。
この味を思い出してくれたのか、と期待する。
「口を開けて」
「……」
しかし相変わらず反応はない。
アンジュは時間をかけて、ゆっくりとスープを飲み干した。
「また昼に来る」
そうして部屋を出ようとした時だった。
「………お……じ」
聞き覚えのある声が、ベッドから聞こえた気がして、俺はアンジュの元に戻った。
「アンジュ?」
「お、うじ…」
「アンジュ!?」
確かにアンジュの声で、俺を呼ぶ声。
「おう、じ…」
「アンジュ、俺が分かるか?」
「わた、し…」
***
どうして、いつ、どこで男だって気づかれたの?
わからない。
ただひとつわかるのは、俺は、お父様に火をつけられて、燃やされるということ。
あの虫のように、体じゅうを火で燃やされて、跡形もなくなってしまうこと。
ごめんなさいと謝っても、許してくれないかもしれない。
ごめんなさい、お父様。
ごめんなさい、ノラ王子。
貴方にずっと嘘をついていた。
俺は、ただ謝って、泣いた。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、何も考えられなくなって、それから…。
それから、俺は今まで何をしていたのかな。
誰かが俺に何かを飲ませてくれた。
それは俺が、リーヴェ王国に来た時、初めて飲んだスープの香り。
すごく美味しかったから、沢山飲んだのを覚えている。
それを飲んだとき、俺はそれを飲ませてくれた人がノラ王子である事に気づいた。
俺はベッドに座っていて、ノラ王子がベッドの横にいて、部屋を出ようとしていたから。
「王子…い、いかな、いで…」
何とか声をだして、ノラ王子の服を握ると、ノラ王子が俺の手を握り返してくれた。
「大丈夫だ、俺はここにいる」
「王子…私……」
どうして俺は生きているんだろう。
俺は、男だと気づかれたのに。
「お、お父様が、私を、火に……」
「そんなことさせるものか」
怖い。
いやだ、死にたくない。
俺は、このひとと生きたい。
色んなことを、もっとたくさん教えてもらいたい。
「しにたく、ないです…」
「あぁ」
「ごめんなさい、私、貴方に嘘をついて…」
「君は何も悪くない、だから謝らなくていいんだ」
「う、うううっ」
「アンジュ、おかえり」
どうしてこのひとはこんなにやさしいの。
俺が男だってわかっても、抱きしめてくれて、謝らなくていいって言ってくれて。
「うわぁぁぁぁんっ!」
それから俺は、たくさん泣いた。
どれだけ泣いても、ノラ王子は俺をずっと抱きしめてくれた。
どれくらい泣いていたかはわからないけど、気づいたら外は真っ暗になっていた。
「王子、すいません。私、たくさん泣いてしまって…」
「気にしなくていい」
そこで俺は、やっとノラ王子の顔を見れた。
目の下が少し青くなっていて、しんどそうな顔。
「王子、目の下が…」
「ああ、これか。情けない顔を見せてしまったな」
「それは、なんなんですか?」
「クマだよ。あまり眠れないと出来るんだ」
「あまり眠れていないのですね。ごめんなさい…私が…」
「はは、気にするな。アンジュが元気になってくれたなら、俺はそれでいい」
ノラ王子が、俺の頭を撫でてくれる。
俺がもっと色んなことを知っていれば、ノラ王子に何か言えたかもしれないのに。
何か出来たかもしれないのに。
今の俺に出来ることは。
「ノラ王子、ありがとう、ございます」
「!?」
ノラ王子の頭を撫でて、抱きしめることだけ。
「ア、アンジュ、ちょっと…」
「ごめんなさい、嫌、でしたか……?」
「違う、嬉しいんだが、その…」
「?」
「と、とにかく!今日はゆっくり休もう。明日また、部屋に来るから…」
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