#9

*描写あり



「アンジュ」

「ノラ王子…っ」


俺はノラ王子に抱かれたまま、部屋に戻った。

ベッドに優しく下ろされる。

でも何故かノラ王子が俺の上から離れない。


「アンジュ、君が嫌ならしないから、聞かせて欲しい」

「はい」

「キスしてもいいか」

「わ、私、わかりません、その……、キス、って…」


キスというものがなんなのかわからない。

それよりも、どうしてこんなに心臓がうるさいの。

さっきよりも昨日よりも一昨日よりもどんどんうるさくなってきてる。


「これがキスだ」

「あ、んむっ」


ノラ王子のやわらかい唇が、俺の唇に合わさる。


「ふ、あっ」

「口を開けて」

「あ、はい……っ!?」


ノラ王子の舌が、俺の口の中に入ってきた。

どういうこと?何が起きてるの?


「んむっ、ふ、ん、んんんっ」

「ちゅ、ちゅうっ」

「はふっ、んふっ」

「っは、アンジュ、嫌じゃないか?」

「あ、へっ、あ、わ、かんな…」


嫌ではない、かも。


「アンジュ…?」

「ん、ふっ」


なぜかわからないけど、頭が、胸が、腰が、びりびりして、ふわふわして。

へんなかんじ。

腰か浮ついてしまう。


「はぁぁっ、あっ、ん」

「アンジュ、君…もしかして」

「ふぅっ」

「男、なのか……?」



***



気づかなかった、いや、気づくきっかけはあったのかもしれない。

風呂に入りたがらなかったり、着替えを見られたくないといったりしていた、あの時に。

キスをした後、女性には無いものが俺の股間に当たった。

それは男にしかないモノで。


「あ………っ」


アンジュの顔が赤から青に変わる。


「アンジュ」

「あ、や……っ、ちが……ごめ、ごめん、なさ…っ」

「アンジュ」


アンジュの顔に触れようとした時、アンジュが俺の手を弾いた。


「ごめんなさいごめんなさいっ、ころして、ころしてっ、お父様ごめんなさいっ」

「………」

「あぁぁぁぁっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ、お父様、ゆるしてっ」


アンジュが体を縮こまらせ震えているのに、俺は何も言えず、何も出来ずにいた。

彼女、いや彼は、女としてここに送り込まれたのか。

そんな事が有り得るのか。


「ころして、くださいっ、ころしてっ」

「アンジュ、俺は…」

「ごめんなさいごめんなさい、お父様、お父様ぁっ」


今のアンジュに、俺の声は届かない。


「いい子にするから、ごめんなさいごめんなさいっ」

「アンジュ…」


とにかく彼を落ち着かせなければ。


「大丈夫、大丈夫だ」


何も大丈夫ではないのに。

ベッドの上でアンジュに声を掛けることしか出来ない。

こんな事しか出来ない自分を殴りたくなる。


「いや、いやぁっ、ゆるしてぇっ、お父様、ごめんなさい、ごめんなさい」


どうしてあんな事を口走ってしまったのか。

俺は最低だ。


「ごめんなさい、ゆるして…」

「アンジュ……」


俺は泣き続けるアンジュを見つめるしか出来なかった。

泣き疲れて眠ったのは、もう夕食になる時間だった。


「ごめ……なさ…」

「アンジュ…」


重い空気を破ったのは、扉をノックする音だった。

恐らくリマだろう。

声を掛けるとリマが部屋に入ってきた。


「ノラ王子…、何かあったのですね」

「実は……」


リマに何が起きたのかを話した。


「俺が悪いんだ…。なぜあんな事を言ってしまったのか」

「ノラ王子…」

「俺は、最低だ……」


アンジュを傷つけてしまった。

俺が触れるのを拒否する程に。

今日も昨日も一昨日も、手に触れるのは許してくれていたのに。


「しばらくアンジュの世話を頼めるか」

「私は構いませんが…」

「今のアンジュが俺を見るのは苦痛以外の何物でもないだろうから」

「…畏まりました」


それから1日、2日、1週間と時間だけが過ぎていった。

毎日リマに様子を伺っているが、よい報告は聞けていない。


「今日もか…」

「はい。以前に比べて少しお召し上がりにはなっているようですが…」

「そうか…」

「ノラ王子、差し出がましいようですが、一度アンジュ様のお顔を見てあげてくださいませんか?私、もうあんなお顔のアンジュ様を見ていられなくて…」

「リマ…」

「お願いいたします」

「……分かった」


俺にアンジュと顔を合わせる資格などない。

しかしリマにこれだけ懇願されては、断れない。

俺は重い腰をあげ、アンジュの部屋へ向かった。


「アンジュ」


ドアをノックしても反応はない。


「いつもこうなのか」

「はい。私は何度かノックして、お部屋に入らせていただいていますが…」

「分かった。アンジュ、入るぞ」


部屋に入ると、ベッドに座ったまま、外の景色をぼうっと眺めているアンジュが目に入った。

明らかに痩せて生気のない顔、虚ろな目。

ただそこにいるだけの人形のように、動くこともしない。


「アンジュ」

「………」


俺が近づいて声をかけても、それは変わらない。

俺がアンジュをこうしたのだ。


「アンジュ、すまない。俺があんなことを言ったばかりに…」

「……っ!」


アンジュを抱きしめると、アンジュは少しだけ反応した。

しかしそれは喜ばしいものではなかった。


「や、いや、許して、許してください、お父様…!」

「アンジュ…」

「ごめんなさい、俺、次は、がんばるから、だから…っ!」

「アンジュ」

「うああああっ…」


アンジュの口から放たれる言葉は、ひたすら父であったテレサ国王への謝罪。

どうすれば君は笑ってくれる。

どうすれば君を幸せにしてあげられる。


「離して、離してぇ…お父様、ごめんなさい、ごめんなさい」

「アンジュ、俺はお父様ではない。俺の顔が分かるか?」

「いやぁっ、ごめんなさいお父様、ゆるしてぇ」


君がここに来る前、テレサ王国でどんな生活をしていたんだ。

父に怯えるような生活をさせられていたのか?

父に怯えるなど、普通なら有り得ないはず。

君に一体なにがあったんだ。

泣いて怯えるアンジュとはとても話を出来る状況ではない。


「また明日、君に会いに来る」

「ごめんなさい、お父様…」


アンジュに上着を被せて部屋を出る。


「どう、でしたか…?」

「リマ、しばらく俺がアンジュの世話をしたいのだが、良いか?」

「構いませんが…」

「だから料理を教えて欲しい、頼む」


リマに頭を下げる。


「ノラ王子、顔を上げてください。私が出来る事なら何でもお手伝いいたしますから」

「リマ…」


それから俺は、毎日アンジュの部屋で一日を過ごした。

しかしアンジュの様子はそう簡単に変わらなかった。

相変わらず泣いてテレサ国王に謝罪するか、ぼうっと外を眺めているだけ。

体に触れると、途端に泣き出すのは相変わらずで、風呂に入れない代わりにとタオルで体を拭く事すらままならない。

なのでアンジュが眠っている間に、俺が体を拭いていた。

流石にこの状況を報告しない訳にもいかず、リマにお願いして、父上にリマが体調を崩しており俺が看病をしている、とだけ伝えてもらった。

特に何かが変わることはなく、1ヶ月が過ぎた。

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