#5

「アンジュ様、ご飯は食べれそうですか?」

「はい。ありがとう、ございます…」

「よかったです。お粥です。お熱いのでお気をつけて」

「はい」


リマさんの用意してくれたお粥というものは、確かに熱かったけど、凄く食べやすかった。


「美味しい、です」

「よかったです。今日はお部屋でゆっくりなさってくださいね」

「あの、リマさんは、訓練?には…」

「私がいてもいなくても変わりませんよ。そんなものよりも、私はアンジュ様の方が大事ですから」

「大事……?」

「ええ。何せノラ王子の奥様ですから」


『大事』なんて、俺にかけられる言葉じゃない。

リマさんも、すごくやさしい。

何もない俺に、そう言ってくれるなんて。


「明日はまた絵を描きに行きましょうね」

「はい」

「何を描くか考えないといけませんね」

「はい」

「そのために、今日はしっかりおやすみしましょうね」

「はい、ありがとうございます。あの、ノラ王子は…訓練?に行かれているんですよね?」

「ええ。見てみますか?」


少しお待ちください、と言ってリマさんが部屋に何かを持ってきた。

そしてそこには剣を持つノラ王子がいた。


「すごい…」

「ノラ王子は魔導が使えないというのはご存知ですか?」

「は、はい、聞きました」

「魔導というのがどういうのかはご存知ですか?」

「ええと…私の国の魔法みたいなもの、だと…」

「そうです。しかしアンジュ様の国と違うのは、魔導書というこの本が選んだ人間だけが扱えるものなんです。ノラ王子は魔導書には選ばれませんでした」


リマさんが俺にその魔導書をみせてくれる。

でも何を書いてあるのか、全くわからない。


「魔導書に認められた時、初めてこれが読めるそうです」

「そう、なんですか?」

「そのようです。ノラ王子は幾つもある魔導書に全く選ばれませんでした。ですから、力を付けることを選ばれたんです」

「かっこいい…」

「でしょう?この国では魔導書に選ばれなくても、皆それぞれ何かを見つけて生きているんです」


じゃあ俺も、何もなくても生きていけるのかな。


「かく言う私も、魔導書に選ばれなかったんです」

「そうなんですか?」

「ええ。その代わり私にはこの子達がいますから」


リマさんがポケットから、人の形をした紙を取り出した。


「これは、なんですか?」

「これは式と呼ばれるもので、私の分身みたいなものです。おいでなさい」


リマさんの声かけで、その紙が、人になった。

リマさんと全く同じ見た目で、どっちが本当のリマさんか分からなかった。


「初めまして、アンジュ様」

「すごい…!」

「今は私と同じ見た目ですが、いくらでも変えられます。例えば」


今度は俺と同じ見た目、そして次にノラ王子。


「すごい……!!」

「私の家は優秀な魔導師を何人も排出している所なんです。周りは何も言わずとも、私は一人ずっと苦しんでいました。ですがノラ王子はそんな私に『俺も同じだ』と仰って下さったんです。そして色々な方法を試して、今に至ります」

「そうなんですね…」

「申し訳ございません、自分語りが過ぎました」


リマさんが合図をすると、式は消えた。

ノラ王子がそう言ってくれて、嬉しかった。


「リマさん、私、魔法がつ、使えなくて、この本も、読めなくて…でも…」

「良いではありませんか。アンジュ様には絵心がございますから。それにほら」


リマさんがノラ王子を指さす。


『はぁっ!』

『ぐわあっ!』

『まだだ、いくぞ!』


「ノラ王子はこうやってお力をつけて努力していらっしゃいます。だから何もないなんて事はないんですよ?要らない人なんて、この世に誰もいないんですから」

「あ……」


ノラ王子と同じ、あたたかくてやさしい手。


「ふっ、う……」

「アンジュ様、アンジュ様には私達がいます。どうかお一人で悲しいことを抱えないで下さいませ」


俺はまた、泣いてしまった。

でも、リマさんは怒らなくて、俺が泣いている間、ずっと抱きしめてくれた。


「すいません、私…」

「いいんですよ。あ、そろそろノラ王子が帰ってきますね」

「あ、あのリマさん、私…」

「はい?」



***



彼女は、アンジュは大丈夫だろうか。

訓練中に他の事は考えるな。


「はぁっ!」

「ノラ、いつも以上に気合い入ってんね」

「早くアンジュちゃんに会いたいんじゃないの?」

「へー、あの筋肉バカが?」

「兄様、言い方…」

「でも本当の事じゃない。ま、そのおかげでウチの兵士達が強くなってくれるんだけど」


末っ子のノラを、4人の兄と1人の姉が見守る。


「あいつも人を好きになるんだな」

「だから言い方…」

「アレどう見ても一目惚れしてたよな」

「よね!?すっっごい顔赤かったわよね!?」

「もう、皆して……」

「兄上!姉上!今日はお先に失礼してもよろしいでしょうか!?」

「いいよ~」

「失礼いたします!」


ノラは素早く荷物を纏めて、訓練場を去った。


「ふふ、楽しそう」

「だな」


ここにいる全員が、ノラの幸せを心の底から願っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る