#4

「おはよう」

「お、おはよう、ございます」

「目、赤いな」

「ひゃうっ!」


ノラ王子が、隣にいた。

昨日俺の手を触ってくれた、やさしいひと。

何で目を触るんだろう。

これも、何も持っていないひとどうしだから?

でも、ノラ王子に触られるのは、いやじゃない。


「綺麗な髪黒だな」

「そ、そうでしょうか」


俺の腰まで伸びた長い髪を触ってくれる。

ほんとうはもっと長かったけど、ここに来る時に短くなった、怖いと言われた黒い髪を触ってくれる。


「やはり風呂には入った方がいいな」

「……」

「無理にとは言わないが、せっかくの髪が勿体ない」


『男だと知られたらこうだ』


次にお父様に火をつけられるのは、俺だ。

怖い。

だから絶対に男だって知られてはいけないんだ。


「………」

「風呂が嫌いなんだな」


首を縦に振る。


「そうか」

「………」

「もうすぐ朝飯の時間だ。外で待っているから、着替えろ」

「はい…」


どうして胸がちくちくするんだろう。

どうして泣きそうなんだろう。


「あの…」

「着替えたか。髪は…」

「このままで、大丈夫です」

「そうか」

「……あの、ノラ王子」

「どうした」

「ノラ王子は、勉強は、好きですか?」

「うーん…あまり得意ではないな。剣を振る方が好きだ」

「剣……」

「今日丁度訓練があるんだ。見に来るか?」

「……」


ノラ王子以外のひとに会うってこと?

ノラ王子以外の目が、みんな俺を見るってこと?


「大丈夫だ、リマも連れていく」

「リマ、さんも…?」

「あぁ。もし嫌なら嫌と言ってくれていい」


『嫌なんて言うんじゃないの!ちゃんと淑女らしくしなさい!』

『嫌などとは言わせない。お前は女として生きていくんだ』

『また叩かれたいのか』

『本当に、どうしてこんなのが私の子なのかしら』


「あ……」

「アンジュ?」

「………っ」

「アンジュ、どうした?アンジュ!」


こわい。

叩かれる。

嫌だなんて、言わないから。

ちゃんと、女性らしくするから。


「ひっ、あ、ごめ、ごめんなさい…っ」

「謝る必要はない。食事は取れそうか?」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


あやまらないと。

ごめんなさいって、言わないと。

なのに、声が、出ない。


「ひゅっ、ひっ、はぁっはぁっはっ、はっ」

「リマ!」

「どうされましたか!」

「アンジュが過呼吸を起こしている!すぐに袋を!」

「はい!」

「アンジュ、大丈夫だ、俺を見ろ」


ごめんなさい、ごめんなさい。


「はっ、はぁっ、はぁっはぁっ」

「くそ…!」


俺は、なんでここにいるの。

何もないのに。

どうして生きているの。

お父様、俺に火をつけて。


「はぁっはぁっ、ひゅっ、ごえ、なさ…はぁっはぁっ」

「アンジュ…大丈夫だ、ここは君がいていい場所なんだ」

「はぁっはぁっ、はぁっはぁっ」


なにもみえない。

いきが、くるしい。


「王子!」

「助かる!アンジュ!聞こえるか!」

「………っ、ひっ、はぁっはぁっ」


ノラ王子、ごめんなさい。

俺みたいな、ダメなひとで、ごめんなさい。


「アンジュ!!」



***



「アンジュはどうだ」

「少し落ち着きましたよ。今、お医者様を呼んでいますので」

「助かった」

「アンジュ様、一体どうなされたんですか?」

「わからん。突然謝られて、それからああなった」


何が彼女をああさせたんだ。

ここに来て2日目。

疲れもストレスもあるだろうが、それにしてもここまでなるものなのか。


「ノラ!!」

「父上…」


俺の父であり、リーヴェの国王であるジェイク・リーヴェ。

親バカが過ぎる困った父だ。


「彼女は大丈夫なのか!?」

「今は眠っております」

「よかった。お前の妻になにかあったらと思うと…」

「大丈夫ですから。まだここに慣れていないだけだと思いますので」


兄上達いわく、元々親バカな所はあったらしいが、俺を産んでまもなく亡くなった母上の代わりになる!と俺をかなり甘やかして育てた人だ。

そんな父上が、俺の妻として迎えたアンジュを心配しない訳がなかった。


「今日は父上も剣術訓練の視察に来られるのでしょう?早くお戻りになって下さい」

「しかし…」

「俺も後で向かいますから」

「だめだ、妻の傍にいてやりなさい」

「リマが見ていてくれますから…ね?」

「………わかった。しかしお前はアンジュさんが目覚めてからこちらに来なさい、分かったな?」

「畏まりました」


なんとかうるさい父上を追い出して、医者が来るのを部屋の外で待つ。

暫くして医者がやってきたのはよかったのだが。


「いやあっ!」


アンジュの叫び声を聞いて部屋に入った。


「ノラ王子…」

「や、触らないで…っ!」

「アンジュ、大丈夫だ」

「やだ、いや…」


アンジュは布団を首元まで被り、泣いていた。


「触診しようとしたのですが、この通りで…」

「先生、お薬だけでも出していただく事は可能ですか?」

「しかし…」

「彼女は人に触られるのが苦手なんです」

「ひっく、う、ううっ」


アンジュはついに体ごと布団の中に隠れてしまった。


「畏まりました、では…」


そんなアンジュを見て医者は何種類かの薬を置いて帰っていった。


「アンジュ、大丈夫だ。さっきの人はもういないこら」


布団の上からアンジュに声をかけると、アンジュは恐る恐る布団から顔だけを出した。


「ひっく、ひっ」

「ほら、大丈夫だから」

「ごめんなさい、わ、私…」

「謝らなくていい。まだここに来て二日しか経っていないんだ。ゆっくり慣れていけばいい」

「でも……」

「気にするな」

「……」


どう声をかけてやれば、彼女は安心するのだろう。

どうすれば、彼女は笑うのだろうか。


「アンジュ、君の事は今日はリマが見てくれる。俺は訓練の方に顔を出さなければならないから。すまない」

「はい」

「昼には一度戻ってくるから。リマ、後は頼んだ」


アンジュの頭を撫でる。

体に触れなければ、拒否される事はなさそうだ。


「畏まりました」


アンジュの事をリマに任せて、俺は訓練場へ向かった。


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