#2

「アンジュ」

「はい」


 屋敷に向かう途中、名前を呼ばれたら返事をするということを、ノラに教えてもらった。


「君はここに来るまで何をしていた?」

「ええと…」

(あの部屋で過ごしていたことは言ってはいけないと、お父様に言われているから…。)


 アンジュは何を言えばいいのかわからず、黙り込んでしまうが、父に言われたことを思い出し、城での事を話しだした。


「お部屋で本を読んだり、勉強をしていました」

「……そうか」


 ノラは城に住んでいるのではなく、離れにある別邸に住んでいる。

 そこに向かうまでの間、アンジュのことを知ろうと話をするが続かず、屋敷まではほとんど無言だった。


「ここが俺の屋敷だ」


 屋敷に着き、扉を開けると1人の女性が2人を待っていた。


「おかえりなさいませ、ノラ王子。そちらの方が…」

「ああ、妻になるアンジュだ。アンジュ、彼女はリマ。この屋敷を管理してもらっている」

「アンジュ様、リマと申します。よろしくお願いします」

「よろしくお願いいたします」

「その格好も疲れるだろう。着替えてきたらどうだ?」


 アンジュが持たされている鞄の中には、何着かのドレスと、化粧品等の日用品が入っている。


「かしこまりました」

「アンジュ様、お部屋を案内いたしますね」

「はい」


 リマに部屋に連れて行ってもらうと、あの地下よりも広く明るく、ベッドや鏡、本など色々なものが揃っていた。

 アンジュは見たことがない景色に目をキラキラと輝かせていた。


「お着替えが終わりましたらお呼びください。外でお待ちしております」

「はい」


 着替えを終えたアンジュは、リマと共にノラの元へ向かう。


「ノラ王子、これからよろしくお願いいたします」

「ああ、よろしく」

「……」

「………」


 お互い何を話せばいいのかわからず、沈黙が続く。


「アンジュ」

「はい」

「君は何か趣味はあるのか」

「趣味……?」

「好きなことだ。例えば絵を描くとか、鍛錬をするとか…」


 これまで地下で暮らしてきたアンジュにとって、趣味という言葉など、遠い世界の話だった。


「ええと…お勉強は好きです。色んな事を学べるから」

「どんな勉強をしたんだ?」

「ええと…文字の読み書きと、あと、あ、お外を見るのが好きです!色んな色があって、とても綺麗で…!」

「そうか。なら絵を描いてみるか?」

「絵、ですか…?いいんですか?」

「リマ、絵を描く道具はここにあるか?」

「城からお借りしてきますね」

「助かる」

「絵を描くなんて、初めてです!!」


 絵を描くなんて初めての事で、アンジュは喜びを爆発させた。

 勉強の時に部屋に飾ってあった、父たちの絵を自分にも描けるのかという不安と期待に、アンジュの胸は膨らんでいた。

 暫くすると、リマが城から帰ってきた。


「お待たせしました。アンジュ様、どうぞ」

「…あの、使い方を、教えていただけますか…?」

「リマ」

「かしこまりました。リマ様、こちらへ」

「はい」


 アンジュはリマの後に着いていき、屋敷の外へ向かった。



 ***



「か、かわいい~~~っ………」


 俺はアンジュに一目惚れした。

 真っ黒な長い髪に、大きなブルーの瞳、女性らしい潤った唇。

 見た目もだが、行動一つひとつが可愛いらしい。

 俺の周りにいる女性は、強く逞しい女性が多く、守ってやりたい、と思った女性は初めてだった。

 外を見ると、アンジュがリマに絵の具の使い方を教えて貰っていた。

 可愛いと思いながら、アンジュの今日の行動を思い返す。

 名前を呼ばなければ返事をしない、絵の具の使い方も知らない、趣味が何かもわからない。

 そんな事があるのだろうか。


「世間知らずにも程があるだろう…」


 いや、それだけじゃ無いかもしれない。

 彼女は何者だ?

 何故テレサ国は彼女をこちらへ寄越した?

 何か狙いがあるのか?

 少し様子を見なければ。


「それにしても、可愛い……っ」


 俺は一人、アンジュの一挙手一投足に悶えていた。

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