無能力と最凶王子

ティー

#1

物心ついた時から、俺はこの暗い部屋に一人だった。

一日二回持ってこられるものが食事だと知ったのはいつだったか。

読み書きも話も出来ない俺に勉強道具を渡されたのは、俺が生まれた10回目の誕生日、というものの記念品らしかった。

自分の名前を知ったのもその時だったと記憶している。

何日かに一回、風呂と呼ばれるものに連れていかれるのは好きじゃなかった。

自分が他の人と違う存在だと、認識させられるから。

そんなある日、俺は突然部屋から連れ出された。


「アンジュ、君には嫁に出てもらう。今日から一ヶ月でマナーを叩き込む。あちらに不手を働くなよ」

「……」

「返事は」

「へんじ…」

「聞かれたら、はい、と答えなさい。返事は?」

「はい」


それから俺は、マナーというものを教えられた。

手を使わずにご飯を食べるのに苦労した。

毎日風呂に入る事に嫌悪感を感じた。

でも読み書きを覚えるのは楽しかった。

ふかふかの床で眠れる事に感動した。


「アンジュ、起きなさい」

「ん……」


髪の毛を触られて、顔に何かをされて、動きにくい服を着させられて、狭い部屋に押し込められる。

あそこよりは暗くないけど、お父様(と呼ぶように言われた)と2人だけで、何を話せばいいか分からなくて、俺は見たこともない外をずっと眺めていた。

真っ白な地面に、鳥がたくさん。

俺たち以外の人もたくさんいて、みんな楽しそうに誰かとお話をしていた。

あの部屋以外に、こんな世界があるなんて知らなかった。


「わぁ…!」

「着いたぞ、降りなさい」

「はい」

「いいかアンジュ、お前はこれから女性として生きていくんだ。返事は?」

「はい」


女性というのは、俺の反対の性別だと教えてもらった。

下半身は必ず隠すように言われたけど、その理由は分からない。

でも従わないと叩かれたから、悪い事なんだと思う。


「これが君の差し出せる【モノ】か」

「は。名をアンジュと申します。挨拶なさい」

「アンジュ・テレサです。よろしくお願いいたします」

「さてアンジュよ、君の婿になる男を紹介しよう。ノラ、来なさい」

「はい、父上」


現れたのは、背の高い男性。


「ノラ、彼女が嫁になるアンジュだ」

「はじめまして、よろしくお願いいたします」

「……どうも」

「………」

「アンジュ、返事は」


お父様がそう言ってくれたから、俺は返事をした。


「はい、よろしくお願いいたします」

「……よろしく」

「さてテレサ国王よ。これで君の国は寿命が伸びたと思って良いぞ。まあまた何かしようものなら、その寿命は縮む事になるが」

「ありがたき幸せ」


お父様は何を話しているのだろう。


「アンジュ、これからはノラ王子の言うことを聞いて生きるんだ、わかったね?返事は?」

「はい、お父様」

「ノラ王子、彼女は世間知らずなので色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

「……わかりました。アンジュ、と言ったな。俺の屋敷に案内する」

「?」

「来い、と言っているんだ」


みんなが何を言っているのかよく分からない。


「アンジュ、ついて行きなさい」

「わかりました、お父様」


ここで俺はお父様と別れ、俺はこのノラ王子という人と暮らす事になるみたい。

ここでも叩かれたりするのかな。

そうでなかったらいいなぁ。


「お父様」


お父様はもう俺のことなんてみていなかった。

俺はノラ王子の手を握って、後ろを着いていく。

さようなら、お父様。

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