第27話 アンダーグラウンド・ストラグル

「うげ……なんだこれ」


 部屋の中へ入ったルークは、思わず苦い顔をする。

 部屋の中は一面、扉に貼りついていたような肉片で覆われていた。

 どこを見渡しても黒ずんだピンクの魔物の肉ばかり。

 その異様な光景に、ルークたちは何も言うことが出来ずにいた。


 部屋の中は泥沼大鬼の空間と同じくらい広いものの、各所に魔物の肉が蜘蛛の巣のように張り巡らされているので、視界は悪い。

 中央に巨大な肉の塔があり、そこにはいくつかの目玉が禍々しく付いていた。


「とりあえず、ロブレンたちを探しましょう」


 セレナがそう言った瞬間、六人の前に件の人物が現れた。

 駆け出そうとした六人……先頭を走るバレットの体が、いきなり吹き飛ぶ。

 そのまま強烈なスピードで後方の肉の壁に衝突する。


「バレット……!」


 セレナは叫ぶものの、目線はバレットを吹き飛ばした人物に釘付けになっていた。

 そこにいたのは。


「なんだ、思ったより早く見つかってるじゃねぇか」


「ラウド……!」


 バレットを壁際まで吹き飛ばしたのは、ラウドだった。

 拳に流星気を溜めている。

 ルークは瞬間的に噴き出す冷や汗を抑えつつ、何とか恐れを排して拳を構えた。


「一、二、三、四、五……で今ぶっ飛ばしたので六人か。よくそれだけの人数で来ようと思ったな」


 ラウドは肉の塔へ向くと、大声を出した。


「ロブレン!! お客様がお見えだぜ!!」


 すると、肉の塔はその体を細かく裂いていき、中から肉の椅子に座ったロブレンが現れた。

 肉の椅子が地上に着地すると、ロブレンは立ち上がってゆっくりと歩いてくる。


「こんなに早く見つかるのは想定内だったのか?」


「あぁ。こちらの居場所がわかれば、十中八九叩きに来るだろうしね。そこを返り討ちにしたら、メイラスは主要戦力が抜けてガラ空きさ」


 ロブレンは臨戦態勢に入っている五人の前で、ペラぺラと落ち着いた表情で話している。

 セレナは一歩前に出て、鎖を出現させながら言った。


「ロブレン・アラシェインと流星竜のラウド。あなたたちは冒険者協会の指名手配リストに載っています。よって、ここで私たちが捕縛します」


「……もしかして、ホントにその人数で勝てると思ってるのかい?」


「ええ」


「そうか、そうか……随分低く見積もられたものだ。だけど、こちらとしても少ない方が殺しやすい」


 ロブレンは指を鳴らす。


 すると、肉の床が一斉にうねうねと動き始める。

 何事か、と五人が退避する前に、肉の床を食い破るようにして数体の魔物が出てきた。

 魔物は全身を薄黒い肉に覆われており、市街地跡で戦った魔物と似たような姿形をしている。

 結果的に五体の魔物が、ルークたちの目の前に現れた。


「この魔物はね、あの市街地跡の魔物と同じくらいの力がある。とりあえずこれで君たちを相手してあげよう」


 五体の魔物は、ロブレンの指示により一斉にルークたちへと駆け出す。

 だが、ルークとセレナは魔物たちの攻撃を避けつつ一気に飛び越え、ロブレンとラウドへと近づいた。


「なんだ、お前ら……?」


「あいにく、背中はアイツらに任せるって決めてるんでね。俺の担当は、アンタをブッ倒すことだ」


 微かに震える足を何とか抑えつつ、ルークは魔力を練り始めた。


「ということは、そちらのお嬢さんも彼と一緒な感じかな?」


「ええ、私はアナタを捕まえるために来たので。少し計算違いはあったけれど」


 ロブレンとセレナ、ラウドとルークはそれぞれ向かい合う。

 後方では、エマたちが五体の魔物と戦闘を始める音が聞こえた。

 かくして、地下ダンジョンでの決戦が始まる。


 ― ― ― ― ―


 ルークとセレナがロブレンたちと火花を散らし始めた頃。


「来た来た来たっ! どうするこれ、エマちゃん!」


 エマ・メリッサ・シャノンの相手は五体の魔物たちの前へ立ちはだかる。

 しかし、人数的には魔物たちの方が多いうえに、推定魔級上位の実力を持っているときていた。

 ルークが後方を信じて任せてくれるのは嬉しかったが、エマたちには些か荷が重いのも確かだった。

 しかし同行する選択をした以上、責任をもってこの魔物たちの対処をしなければならない。


「とりあえず、私とメリッサさんが二体ずつ、シャノンちゃんが一体で……!」


 意を決したエマたちが、それぞれの攻撃を仕掛けようとした時。

 突如として魔物たちの周囲に、一斉に氷塊が生成された。

 その氷塊により、魔物たちの動きが一時的に停止する。


「クソ、馬鹿力でいきなり飛ばしやがって……」


「バレットさん!」


 エマは後方から歩いてきたバレットを見て、氷塊はバレットが生成したものだと察した。


「大丈夫ですか!?」


「あぁ、何とか。アンタたちはあの魔物を一体ずつ頼む。俺も二体手伝う、まずこっちを片付けるのが先決だろ」


「了解ですっ!」


 やがて、氷塊がひび割れ、魔物たちが中から飛び出してくる。

 それを迎え撃つために、エマたちはスキルを発動させた。


 ― ― ― ― ―


 魔力を体の周囲で練り始めたルークを見て、ラウドが違和感を覚えたように片眉を上げる。


「ん、お前……人間だろ? なんで俺と同じような魔力を持ってる」


「答える義理はない……!」


 先手必勝、というようにルークは流星気を発動させ、ラウドに殴りかかる。

 しかし殴り、蹴り、何度も打撃を重ねるものの、ラウドには露ほども効いていないようだった。

 ラウドは鼻を鳴らすとルークの片腕を掴み、力任せに壁へ向かって投げつける。


「がっ!?」


 バレットと同じように壁にぶち当たったルークはダメージを負うが、すぐさま態勢を立て直してラウドに再び殴りかかった。


「おおおおッ!!」


 だが、ラウドはそれを無慈悲に片手で受け止めた。

 けれども、その時。


「この魔力……どこかで」


 ラウドはルークの腕を無理矢理捻り、ルークの流星気を何か見覚えがあるもののようにじっくりと観察した。

 ラウドから逃れようとルークは数発蹴りを入れ、やっと解放されるが。


「お前、何者だ? 人間なのに流星竜特有のスキルや魔力を持ってる……しかもお前の魔力、どこかで見覚えが……なんだ、俺は何を見落としている?」


「うるせえ!! 流星炎メテオ・ブレイズ!!」


 過去を思い出そうとするラウドとは反対に、ルークはひたすら己の中の恐怖と戦いながら流星炎を発動する。

 それはラウドの体を焼き尽くそうとするが、体が燃えながらもラウドはルークの方を見ていた。


 その眼光の鋭さに、ルークは一瞬恐怖を感じ、後ずさってしまう。

 そしてその恐れの表情を見たラウドは、今までの点と点が繋がったように閃いたようだった。


「ルーク……もしかしてお前ルークか!!」


 魔力を流して一瞬でルークの流星炎を消し去ると、ラウドは口角を上げてルークに近づいていく。

 逃げるわけにはいかないものの、明らかに異常なラウドの様子にルークは数歩後ずさりしてしまった。


「お前、ルークだろ!! 怖気づく表情があの頃と一緒だ!! しかし驚いたな、しっかり殺したはずなのにどこかで生きてやがったのか? しかも人化のスキル無しに人間の体になっているようだし……なんか面白いことになってるな、お前」


「……ッ!?」


 ラウドがベラベラとまくし立てるものの、ルークにはそれらの言葉の意味が一向にわからない。

 攻撃を繰り出そうとするルークだったが、その拳をラウドは赤子の手をひねる用に止めると、ルークの肩をバシバシと叩いた。


「そうかそうか、何でかはわからないけどしぶとく生きてやがったんだな! それじゃあ、俺から再会の証として一つプレゼントをやろう」


 その言葉にルークが反応する前に、ラウドはルークの腹に思い切り拳を捻じ込んだ。


「がっ……!!」


「もう一度、今度はお前を確実に殺してやるよ!!」


 先ほどの笑顔とは違い、一気に残忍な表情になるラウドを見て、ルークは血の気が引く。

 そして、それと同時に、今までルークが薄っすらと感じていた記憶のモヤが急速に晴れていき……エマたちに会う前、ゼルフに育てられる前、そしてゼルフに拾われる前。

 ルークが赤ん坊であったより以前の記憶、前世の記憶が鮮やかに脳内へと蘇った。

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