第28話 最弱の流星竜

 ルークは脳裏に鮮明に浮かんできた記憶を辿っていく。

 するとルークの脳内で、現実時間にして僅か数秒にも満たない時間で、映画のように前世の記憶が蘇った。


 ― ― ― ― ―


 眼前に迫って来た拳を避けきれないほど、ルークは疲弊していた。


「ぐあっ!!」


 顔面に巨石のような拳がめり込み、ルークの青いドラゴンの体は勢いよく吹き飛ばされた。

 そしてそのまま地面をゴロゴロと転がると、力なく動きを止める。


「……チッ、もう限界かよ。やっぱ俺の遊び相手にもなりゃしねぇ」


 ルークが最後の力を振り絞って真正面を見上げると、そこにはルークと同じく青色の巨躯を持つドラゴン……流星竜のラウドが、忌々し気にルークを見下ろしていた。

 ラウドの鋭い眼光に怯えたルークは、必死に懇願する。


「た、頼む……もう、やめてくれよ……。俺とアンタじゃ、勝負にならないだろ?」


「そんなことはなァ、俺だってわかってんだよ!!」


 ラウドの怒りのままに、倒れていたルークは強く蹴り上げられる。

 さっきの顔面パンチからして満身創痍で喰らったルークは、最早受け身など取ることなど出来ず、ボロ雑巾のように地面に倒れ伏した。


「カカッ、ルークとラウドじゃ組手も成立しないとは思ってたけど、まさかここまでとはな」


「ホント。こんなに一方的にやられて情けない。ルークの奴、本当に俺たちと同じ流星竜なのか?」


 ルークとラウドの周囲にいるギャラリーの流星竜たちが、ルークに対してひそひそと陰口を叩いている。

 ルークたちは今、流星竜の村……その南部にある修練場にて、戦闘訓練を行っていた。


 『流星竜』。

 それはこの世界に生息している魔物の中で、最上位に存在する種族。

 圧倒的なフィジカルと多彩なスキル……それらを駆使することで、流星竜という種族は、魔物最強とまで言われるほどの力を備えていた。


 しかし、そんな最強種である流星竜の中にも、落ちこぼれは存在する。

 その落ちこぼれこそ、ルークのことだった。

 他の流星竜よりも体格は二回り以上小さく、そのせいか身体能力も他者と比べて低い。


 そして、ルークには魔力を操る才能がないのか、魔力を使い発動させるスキルも碌に使えなかった。

 結果、ルークは腕っぷしも強くなければスキルを操る才能もない、流星竜の群れにとってお荷物のような存在になっていた。


 流星竜の群れは、徹底した実力主義によって序列が決められている。

 勿論それに反発し、ルークを庇う者もいないことはなかったが、大抵の流星竜はルークを最底辺の汚物として見下していた。

 両親はルークが物心つく前に戦いで亡くなっており、近しい親族はいない。

 ルークにとって、そんな群れは溜まらなく息苦しく、苦痛だった。


「……ハァ、今日はこれぐらいにしておいてやる。次の訓練では絶対に俺の視界に入るなよ、ゴミが」


「……」


 ラウドがルークの前から去ると、程なくしてギャラリーの流星竜たちも自分たちの訓練へと戻っていく。

 ラウドはルークとは反対に、流星竜の期待の若手ホープとして群れの長たちから高い評価を得ている。


 そのことから、ラウドは群れの中でもある程度のワガママを許されていた。

 落ちこぼれのルークをサンドバッグにしても何も言われないのは、ひとえにラウドの実力ゆえである。


 ラウドはどうやら、強さに対して異常な執着があるらしく、反対にルークのような弱者には嫌悪感を覚えているようだった。

 好きで弱くなったわけではないルークは、その事に辟易としていた。


「クソ、なんで俺だけこんな扱いを受けなきゃならないんだよ……」


 何とか地面から起き上がるものの、足が未だに震えて立てない。

 ルークは地べたに座った姿勢で、情けなくうなだれるしかなかった。


 ― ― ― ― ―


 その日の夜。


「やっぱ、ここは落ち着くな」


 ルークは村の外れにある崖に、こっそりと一人で訪れていた。

 流星竜の村は雲の上に浮かぶ孤島なので、孤島の端まで歩くと崖に出くわすような地形になっている。

 その崖の近くに腰を下ろし、ルークはぼうっと夜空を見上げている。


 しかし、ふと思い立つと視線を夜空から雲の下へと向けた。


「俺も下界に行けば、もう少しは強い戦士として認められるのかな……」


 流星竜の村、その孤島から遥か下にある地上は、流星竜の間では『下界』と呼ばれている。

 そこには、数多くの魔物や人間たちが住んでいるらしい。

 流星竜は一定以上の強さを得られないと、下界に行くことは許されない。

 それこそラウドのような強者は別だが、才能皆無のルークには無縁な話だった。


「下界、いつか行ってみたいんだけどな」


 下界は村と比較にならないほど広大で、神秘に満ちているらしい。

 何より、今までルークは流星竜以外の生物を見たことがなかった。

 そのことから、多種多様な生物が息づく下界はかなり興味の向く対象だった。

 

 しかし、下界に行くのは叶わぬ夢である。

 ルークの持つ翼は未発達で、空を飛べないという理由もあったが……それ以上に。

 ルークは一生群れの中で上位に上がれない、弱者だったのだから。


「クソッ……!」


 昼間、ラウドに殴られた傷が未だに痛む。

 ルークの両目には、自然と涙が溢れていた。

 『せめて自分の道は自分で決められるくらい、強くなりたい』。

 幾度も頭をよぎった願いが、頬を伝う涙を加速させる。


 しかし。


「お、こんなとこにいたのか。手間かけさせやがって」


 突然後ろから声がしたことで、ルークが振り返ると。

 そこには。


「らっ、ラウド!?」


「おう」


 昼間、ルークをボコボコにした張本人であるラウドが渋い顔で立っていた。

 しかし、ラウドから昼間のような怒りは感じられない。


「……」


 ラウドは翼を畳み、黙ってルークの横に座る。

 何かを考えているようだったが、やがて口を開いた。


「……お前に謝っておかなきゃな、と思ってな」


「え!?」


「いや、昼間のことだよ。ちょっと強く殴りすぎた」


 ラウドの口から出た意外な言葉に、ルークは驚愕する。

 今までのラウドは、ルークに暴行を加えることはあっても、それを謝罪することなど一度たりともなかった。

 ルークを庇う誰かから言われたのかは知らないが、その奇妙な行動にルークは驚き、そして一抹の不安も感じ取っていた。


「い、いや、それは……痛かったけど……」


「だよな。お前の実力をわかっているつもりだったのに、ついカッとなってやっちまった。悪かったな」


「お、おう」


 ラウドが謝罪。あのラウドが。

 『ラウド』と『謝罪』は、光と闇のように相反する言葉だとルークは思っていた。

 だが目の前の、素直に頭を下げるラウドを見るに、そんなことはなかったらしい。


「考えてみれば、今まで俺は不必要にお前を痛めつけてきた。これは一匹の竜として、決して褒められたもんじゃない行いだ。これも合わせて謝る」


 深々と頭を下げ続けるラウドに対して、ルークは驚きながらもその謝罪を受け入れる。

 ルークとて、ラウドと険悪な状態が続くのは苦しかったし、何よりあのラウドが謝ってくれたというのが少し嬉しかったのだ。


「……ありがとう。まさか謝ってくれるとは思わなかったよ。俺は今までラウドを嫌な奴だと思ってたけど、今の謝罪で認識を改める」


「そうか?」


「あぁ。積もり積もった恨みはあるけど、そんなモンずっと持ってても苦しいだけだ。今回を機にそれらは捨てる、ラウドは尊敬すべき仲間の一人だ」


「ルーク……」


 ラウドはどこか安堵したような表情を浮かべると、ゆっくりと立ち上がる。

 しかしそこで、ルークは疑問に思っていたことを口にした。


「でも、何で今になって謝ってくれたんだ? ラウドが謝るなんて、昨日の俺に言っても信じないよ」


「今日でお前と顔を合わせるのも最後だからな。だからまぁ、一回ぐらい謝ってもいいかなと思ったんだ」


「え?」


 瞬間、ラウドはルークの首根っこをひっつかみ、高々と持ち上げる。


「ちょ、ちょっと、何するんだラウド!?」


「お前の知ってる通り、俺は弱い奴が……お前が嫌いだ。だから、どうすればお前と顔を合わせなくて済むか、ここ最近ずっと考えてた」 

「……!」


 先ほどとは打って変わって緊張感のある空気に、ルークは冷や汗が止まらなかった。

 

「で、考えた結果。お前を村から追放することにした」


「は……!?」


「お前、下界に行きたがってただろ? 俺が送ってやるよ」


「いや、待てっ!?」


 ルークの制止も聞かず、ラウドはルークの体を村の外……つまり雲の上へと投げ出した。


「安心しろ!! 長には俺から上手く言っておくからよ!! じゃあな落ちこぼれ、二度と俺の前にそのツラ見せんなよ!!」


 今までに見たことないような邪悪な笑みで、ラウドがそう叫ぶのを聞いた後。

 ルークの体は緩やかに下界へと落下を始めた。


「ま、マズいマズいマズい!!」


 流星竜の村はあっという間に雲に隠れて見えなくなり、それと反対に雲の下の下界がより鮮明に見えるようになる。

 しかし、景色に見とれている場合ではない。


「動け、動け動け動け!!」


 ルークは落下しながらも懸命に翼を動かそうとするが、しかし翼はピクリとも動かない。

 生命の危機に瀕しても、ルークの身体能力の才能は開花しなかった。


「そんなっ、クソ、クソッ!!」


 やがて、短い悪態をつく間にどんどん落下するスピードは加速していき……。


「がっ……」


 抵抗虚しく地上に叩きつけられたルークは、全身がぐちゃぐちゃに潰れてその生涯を終えた。


 ― ― ― ― ―


 「……あれ」


 ゆっくりと目を開けたルークは、すぐ異変に気付いた。

 自分はラウドに追放されたことによって、地面に激突して死んだはず。

 それなのにルークは、未だに意識を保っていた。


 ゆっくりと起き上がってみると、眼前にはどこまでも真っ白な空間が広がっている。

 どこまで目を凝らしても白い風景に、何故かルークは落ち着いていた。

 この空間が自分に無害だということが、直感的にわかっていたからだった。


「目が覚めたか」


 低い声が聞こえたので反対側を振り返る。

 するとそこには、黒い外套を羽織った肌色の皮膚を持つ生物が、質素な作りの椅子に座っていた。


 ルークは村の竜から聞いた朧げな情報から、目の前に座っている生物は『人間』の男だと判断した。

 男はがさがさとした黒色の長髪を持ち、無精ひげを蓄えている。

 そして他に特筆すべき点として、目つきがかなり鋭かった。


「あなたは……?」


 しかし、このような白い空間に人間が一人、というのもおかしな話だろう。

 ルークは男の正体を尋ねた。

 すると、男はゆっくりと口を開く。


「私か。私はこの世界の……神だ」

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