第26話 決戦の時

 エマは空中にフワフワと浮く杖へ、そのまま飛び乗る。

 それを見たルークは目を見張った。


「……浮遊スキルか!?」


 エマがルークに『流星竜の巣に行きたい』と話した時に、ルークが言った『空を移動する手段』をついにエマは身に着けていたのだった。

 杖に大量の魔力を込めることで、杖を一時的に空飛ぶ乗り物へと変化させているらしい。

 しかし浮遊スキルはルークでさえ覚えていない代物である。

 そしてそれをエマが扱えるようになっていることは、寝耳に水だった。


 そんなルークの驚きも露しらず、エマは大鬼に向かって杖を加速させる。

 一直線に向かってくるエマに気圧されたのか、大鬼は咄嗟に回避しようとするものの……メリッサとシャノンの集中攻撃により、回避の隙を失ってしまう。


 再び杖をハンマーに変えたエマは、そのまま体を捻って回転を加え、大鬼の腹部に一撃を叩き込んだ。


閃光ライトニングッッッ大槌ハンマーアアアアアア!!」


 一筋の閃光に撃ち抜かれた大鬼は、やがて塵となって倒れた。


 ― ― ― ― ―


「おめでとう。エマさん、メリッサさん、シャノンさん。あなたたちを捕縛隊に加えましょう」


 その日の夜、ギルドへ報告しに来た四人を見たセレナは、にこやかにそう言った。

 それを受けてエマはガッツポーズを、メリッサは『疲れたー』というように椅子にもたれかかり、シャノンは酒場で何か頼むため店員を探しに行くなど、三者三様な動きを見せていた。


「俺からも、おめでとう。エマたちがあんなに動けるなんて思わなかった。特にエマはすごかったよ」


「えへへ、嬉しいです。やっと成長できた気がします」


 エマは若干疲れたような顔で笑うが、やがてそこから表情を少し変えると、ルークを真っ直ぐ見た。


「私たち、強くなったでしょう?」


「あぁ、本当に」


「だからもう……私たちを置いて危険な道へ行かないでください。パーティですから。背中ぐらい預けてくださいよ」


「……ごめん。わかったよ」


 少しだけ目に涙を浮かべるエマに、ルークは真っ直ぐ見つめ返して答える。

 ルークは今まで、エマたちを守りたいがために何でも一人でこなそうとしてきた節があった。

 しかしそれはエマたちから見れば、ルーク一人だけが危険な道を渡っていたということに他ならない。


 パーティは元々一蓮托生の存在。

 誰か一人だけが突出して危険な目に遭うようなことは、他のパーティメンバーからすれば避けるべき事態……そうエマは考えていたのだろう。

 勝つ時も負ける時もパーティ全員が一緒であるべき、そんな考えを持っていた。


「では、強行軍とはなるけど明日ダンジョンに潜って、ロブレンたちを捕えに行きます。エマさんたちは疲れただろうから、今日はゆっくり休んでね」


 セレナの計らいによって軽い作戦内容を振り返った後、その場はすぐお開きになった。

 ギルドの入り口で見送るセレナたちに手を振り返しながら、なんだかんだで疲れ切っていたルークたちは一直線で家へと帰った。


 ― ― ― ― ―


 翌日、早朝。

 霧が包んでいる街の中、外へ出るため歩く者たちが六人。

 先頭を歩くのはセレナ・エレノワール。

 今回の作戦のリーダーである。

 

 その後ろに並ぶのはルーク・ストレイルとバレット・ローグレイズ。

 それぞれラウドとロブレン、二人の強敵と戦うことになっている、本作戦の重要な柱である。


 そして最後、エマ・ライズノーツ、メリッサ・ぺルトルスク、シャノン・キアン。

 三人はロブレンが繰り出してくる魔物の対処を任されていた。


 セレナとバレットがロブレンを叩き、ルークがラウドと対決し、エマたちが魔物を対処する。

 『六人の連携をこなすことで、初めてロブレンたちの捕縛が可能になる』と昨日のセレナはルークたちに言っていた。

 つまりこの作戦を成功させるためには、誰が欠けても駄目だった。


 街を出て、森の中を歩きながら若干緊張した面持ちでルークたちは歩いていく。

 セレナやバレットは実力故か落ち着いていたが、ルークたちは別である。

 一歩間違えれば、負けて死んでしまうかもしれない。

 そんな考えが、ルークたちの背中を刺すような緊張感を与えていた。


 森に棲む魔物たちも並々ならぬ雰囲気の六人に道を譲るように、森の奥へと消えていく。


 やがて、一行はダンジョンの入口へと到着した。

 ルークたちが初めて見つけた泉の底の入り口は、今や丁寧に舗装されている。

 入り口に立つ見張りの冒険者に挨拶すると、ルークたちは中へと足を踏み入れた。


 ― ― ― ― ―


 「流星炎メテオ・ブレイズ


 生暖かい空気の中、ルークは襲ってきたクイーン・サーペントを一瞬にして焼き尽くした。

 今のルークならば、上級の魔物は最早敵ではない。

 エマたちも少し時間はかかるが、着実に上級の魔物を倒せるようになっていた。


 ルークの見立てからするに、このパーティはセレナが天級、バレットとルークが魔級最上位、メリッサが魔級下位、そしてエマとシャノンが上級上位といったところだった。

 上級がベテランに与えられる称号なことを考えると、かなり有望なパーティということになる。


 しかし、だからと言って油断は禁物だった。

 ともすればロブレンとラウドは、天級以上の実力を秘めているのかもしれないのだ。


 複数本に分かれている狭い道を丁寧に進みながら、バレットの案内で六人は進んでいく。

 ……そして、ついに件の部屋の前まで到着した。


「な、なんだこれ」


 怖気を振るいながらも、ルークは呟く。

 その部屋は、頑丈な鉄の扉で閉まっているものの、その周辺に明らかに魔物と思わしき肉片が散らばっていた。

 何なら、扉にも肉の壁を形成するように肉片が付着している。

 そして驚くべきことに、それらは未だにウネウネと動いていた。


 思わずエマが口元を抑える。


「セレナさん、ここが奴らのアジトらしいです」


「漏れ出てくる魔力も……恐らくロブレンのものね。やっぱり、ここで間違いないと思う」


「どうします? 扉を破って突入しますか」


「えぇ。でもその前に」


 セレナはルークたちを振り返り、今一度問うた。


「ここから先は恐らく死闘になる。私やバレットでも、あなたたちを庇いきれない。それでもいいと、覚悟がある人だけ頷いて」


 ルーク・エマ・メリッサ・シャノンは、それぞれ最終確認を済ませるように頷いた。


「大丈夫です、私たちだって修行を積んできましたから。皆で勝って帰りましょう」


 エマが、少し震えながらもそれでも気丈に述べるを見て、セレナは微笑んだ。


「そうね……では、バレット君。こじ開けて」


「了解です」


 扉の前に立ったバレットは、拳に魔力を溜める。

 その魔力はすぐさま巨大に膨らんでいき……やがて眩く輝き始めた。

 極限まで練り上げられた魔力は輝くのだと、その時初めてルークは知った。


 しかしその瞬間。

 バレットが拳を振りかぶる前に、扉に付着していた肉片が一斉にルークたちへ襲い掛かってきた。


「何っ!?」


「バレット君! いいからそのまま撃ち抜いて!」


 セレナが鎖で肉片を弾きつつ、バレットに指示する。

 軽くうなずいたバレットは、扉へ向けて正拳突きを放った。

 バゴン、という音と共に、扉に一気に穴が開く。


「突入……!」


 肉片を鎖で全て弾いた後、バレットに続くセレナは叫んだ。

 それに続き、ルークたち四人も部屋の中へと走る。


 そして分厚い扉を抜けた先に、六人が見たモノとは……。

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