第24話 並び立てるほど強く。

 翌日から、エマはルークと二人でセレナに教えを請うことになった。

 頭を下げて頼み込むエマに対し、セレナは考え込むものの、やがて「ルーク君も仲間がいた方がやる気が上がるでしょう」と了承してくれた。


 基本的に、ルークが必殺技の研究を行う隣で、エマはひたすら基礎体力をつけていった。

 走り込みから筋トレ、魔力操作にセレナとの組手まで。


 「まずはスキルの練度なんかより、徹底的に基礎を磨きましょう」というセレナの言葉の元、エマは必死で修行に取り組んでいった。

 そして、あっという間に二週間と少しの時間が経つ。


「俺も負けてられないな」


 エマがセレナと組み手をしているのを見ながら、ルークは手元で魔力を練っていた。

 今までのルークのスキルを軽く再説明すると『流星気メテオ・オーラ』は魔力を青いオーラへと変え、それに伴い身体能力を超強化するスキルである。

 そして『流星炎メテオ・ブレイズ』は高火力の青い炎を飛ばしたり放ったりする能力であった。


 それぞれのスキルに、致命的な弱点はない。

 強いて言うならば流星炎は水や風に少し弱い程度である。

 しかし、それでも出力を上げればそんな問題点は吹き飛ぶ。


 ここで問題なのは、弱点と言うよりもセレナが言っていた『火力不足』の方だった。

 この二つのスキルは、ルークの実力もあり魔級下位までは通じるものの、それ以上になると途端に効きが悪くなる。

 とりあえずの課題は、この二つを組み合わせることによる火力強化だった。


 そして今、ルークが何をしているかというと。


「ぐっ……! このっ!」


 ルークの掌には、小さな流星炎の火球がある。

 そしてその火球を、流星気で覆い尽くそうとしていたのだった。

 流星気は肉体を超強化する能力だが、どうやら流星炎の威力も流星気によって強化できるようだった。

 事実、流星気で覆った流星炎は、小さなものでも莫大な火力を発揮した。


 しかし、ここで問題が発生する。


「……せいっ!」


 藁人形へ向けてルークは流星気をコーティングした流星炎を放つが、それはごくゆっくりと、傍から見てあくびが出るような遅いスピードで飛んでいくのだった。

 その代り、藁人形に当たれば大きな火柱が上がるのだが。


「うーん、やっぱ問題はスピードか」


 流星気で覆う流星炎、その問題点は『流星気と流星炎を同時に維持することに集中力を割くため、スピードが低下してしまうこと』だった。

 いうなれば、一人の人間が右手と左手で別々の馬を操るようなものである。

 そんな繊細な技量のいる技を、ルークはラウド戦のために何とかして完成させなければならなかった。


「どう、ルーク君。進んでる?」


 汗だくで地面に倒れるエマを後にして、セレナが近づいてくる。


「いや、やっぱまだまだだ。どうしてもスピードが出ない」


「かなり根気のいる作業になりそうね。とりあえずは、その小さな火球を自在に動かせるようになったら第一段階クリア、かな」


「あぁ。ゆくゆくはこれを複数同時に操れれば……それこそ、必殺級の火力になりそうだ」


 ルークが手中で火球をゆっくり動かしているのをしばらく見ていたセレナだったが。


「セ、セレナさん! もう一本お願いします!」


「いいわ。エマちゃんも動けるようになってきたね」


 再び起き上がったエマに対し、セレナはかかってこいと言うように手を差し出す。

 それに対し、エマは魔力を込めた拳を以て飛び掛かった。


 流星気ほど身体能力を上昇させる訳ではないが、魔力操作を積み重ねれば、魔力だけでもある程度の身体強化はできる。

 今までのエマは戦闘において後方支援が多かったが、しかし今回の修行では弱点である体力不足を克服しようと、あえてスキルを使わず魔力操作のみの徒手空拳でセレナと戦っていた。


 慣れない体術でエマは攻撃を繰り出すものの、セレナはそれを軽々と捌いていく。

 エマの動きの隙を狙って、セレナは人差し指でエマの体を強く押した。


「っ!」


 人差し指だけとはいっても、その威力は絶大である。

 修行一日目のエマは、それだけで地面を転げまわり、しばらく気を失ったほどだった。

 しかし今は、倒れる寸前で足を踏ん張って体勢を立て直す。


「やるね」


 セレナがニコッと笑ったのに、エマは少しだけ笑い返して次なる攻撃の蹴りを繰り出す。

 そしてそれをセレナは避け、時には指で受け止め……そうして組手は続いていった。


 大体毎日、八時間ほどで修行は終了する。

 セレナ曰く、毎日続けられてかつ効率よく強くなれるベストな時間が八時間らしい。

 朝の八時から夕方の四時過ぎまで、途中休憩を挟みながらも修行に励んだ二人は、やがて茜色の空の下、セレナに頭を下げると解散した。


 帰り道、ルークたちは夕飯の買い出しに商店街へと向かう。

 歩きながらエマは、ルークにおずおずと尋ねる。


「る、ルークさんから見て、私って強くなってるように見えます?」


「俺から見てもかなり成長してると思うよ。今ならもう、エマ一人でプリズム・ベアーくらいなら倒せるんじゃないか」


「えへへ、そうですかね。今までも自主練みたいなのは少しやってたんですが、それでも中々強くならなくって。やっぱりセレナさん……天級冒険者の指導方法がすごいんでしょうね」


「セレナ、あれでいて結構感覚派なところあるけどな。でも教えてもらったらどんどん力がついてくるよな」


 八百屋で野菜を見極めつつ、エマは少し嬉しそうにルークと話していた。

 ルークが持っているカゴに、とりあえず今晩必要な野菜を詰めていくものの、エマは既に明日の修行に意識が向いているようだった。


「自分のコンプレックスを直すために努力するのって、何というか気持ちいいですね。マイナスからゼロに戻ってるような感じがします。このままプラスになったらいいなぁ」


「エマならきっと出来るよ。俺も負けてられないな……!」


「必殺技、でしたっけ。今の時点ではどれくらいの完成度なんですか?」


「うーん、今はまだ30%くらいかなぁ。もっとスピードをつけて自在に操れるようになって50%、沢山生成できるようになって70%……そして沢山生成したものを自在に操れるようになって、やっと100%って感じだな」


「まだまだ先は長いですか。一緒に頑張りましょ、二人で修行すれば強くなるスピードも二倍ですよ!」


「はは、そうかもな」


 夕暮れの街を共に歩くルークとエマの顔は、疲労感がありつつもどこか爽やかだった。


 ― ― ― ― ―


 ルークとエマが修行を始めておよそ一ヶ月。

 久しぶりにルークたちは四人で依頼を受け、森に来ていた。


 四人の目の前には、プリズム・ベアーが唸り声を上げつつ臨戦態勢を取っている。

 剣を構えるメリッサとシャノンだったが、それに待ったをかけるように、エマが一歩先に出た。


「ここは私が行きます」


 エマはプリズム・ベアーに向けて駆け出す。

 今までは後方支援に留まっていたエマが前衛に出たのが珍しかったらしく、メリッサとシャノンが驚く。

 それをルークは、後方で満更でもない表情で見つめていた。


 プリズム・ベアーはエマを叩き潰そうと突進するものの、エマはそれを軽く跳躍して避け、そのままスキルを放った。


閃光撃ライトニング・シュート!」


 プリズム・ベアーの周囲を駆け回りながら、超高速で閃光撃を撃ち続けるエマ。

 その猛攻にプリズム・ベアーは徐々にダメージを受けていき、やがて全方位から攻撃を喰らうと耐えきれず爆散した。

 杖を得意げにくるくると回すと、エマはガッツポーズをする。


「よしっ!」


「ま、まさかエマちゃんが修行でこんなに強くなるとは」


「驚き。エマ、別人」


「ふふん、そうでしょうそうでしょう。もう足手まといじゃないですよ」


「いや、足手まといとは思ってなかったけど……」


「同じく」


「へっ?」


 何となく気の抜けた会話をする三人を見ながら、ルークはエマの成長を確かに感じていた。

 そして、エマほどのスピードではないものの、メリッサやシャノンもここ一ヶ月程地道に依頼を続けていた結果か、かなり実力をつけている。


「……頼もしいな」


 思わずルークは呟くが、三人にその言葉は届かなかったようだった。


 そうして四人は、街跡の悲劇的な戦いから完全復活し、さらなる力を獲得し始めていた。

 ……しかし、そのような充実した穏やかな時間も、決して長く続くことはない。

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