第23話 必殺技

「必殺技?」


「そう。あなたの動きは、地道な鍛錬を積んだ結果なのがよくわかるくらい、堅実な動きだった。基礎に忠実なことは素晴らしいことだと思うわ」


 ぐいっ、と華奢な細腕から出る力とは思えないほどの腕力で、セレナはルークを一気に引き上げた。


「それでも……いえ、それ故にあなたの動きは『堅実』以上のものを出ないの。戦いにおいては、時に博打のような手段を打たなければいけない時がある。手堅い戦法じゃ勝てない相手もいるの」


「つまり、時には捨て身になるのも大切ってことなのか?」


「そういう見方も出来るわね。でも大切なのはそこじゃなくて……うーん」


 あまり要領を得ないセレナの物言いに、ルークの頭にはハテナマークが浮かぶものの。


「なんというか、あなたの戦い方には決定打がないの。どうやったら周囲に被害を出さないか、という考えが一番に来ていて、相手に大きなダメージを与えるのは二の次というか。それこそ、ルーク君は人を守るための戦いを多くしてきたんじゃないかしら」


「……確かにそうだ」


「ただ、それではここぞという時に攻めきれず、勝てない相手もいる。それこそ、ラウドみたいにね。だから今回は、攻めて攻めて攻めまくれるような、アグレッシブなスタイルの技を一つ作っておきたい。それこそが『必殺技』というわけ」


「なるほど」


 ルークは自分の両掌を見つめる。

 今まで自分の戦法を客観的に説明されたことはなかったので、不思議な気分だった。


 ただ、確かにエマたちと出会ってからは、エマたちを庇うこと重視で戦いを考えてきた……ように思う。

 それとは別に、今までは流星気と流星炎で十分だった火力も、街跡の魔物との戦いから限界が来ているとも感じていた。

 今こそ、ゼルフの教えのその先に進むべきなのかもしれない。


「わかった。作ってみるよ、必殺技を」


「その方が良いと思う」


「とは言っても、今まで自分で技を作ったことなんてないからなぁ。どうやって発明したらいいのやらって感じだ」


「ルーク君の今使えるスキルはどれくらいあるの?」


「うーん、全部で七つ、いや八つだったか? でも主に使ってるのは流星気メテオ・オーラ流星炎メテオ・ブレイズだけだな。この二つを使えば、魔級下位ぐらいまでは大抵倒せるから」


「街跡からの帰り道に言っていた、生まれつき使える流星竜のスキルの事ね。なるほど……だったら、その二つのスキルを組み合わせるというのはどう?」


 セレナからの提案にルークは驚くが、よくよく考えてみると確かに理にかなっていた。


「得意な二つのスキルをかけ合わせて、さらに強力なものにしようって訳か。それなら確かに、ラウドも何とかできるかも」


「ただ、上手く作るにはまだまだ研鑽と改良が必要。私が指導するから、とりあえず決まった時間に毎日ここにきて」


 その後、流星気と流星炎がどれくらいの威力や持続力で出せるのか、など細かい実力を測ってから、修行一日目は終わりとなった。

 いつの間にか体中に汗をびっしょりとかいているルークに、セレナはねぎらいの言葉をかける。


「お疲れ様。ロブレンたちが行動を起こすまでは、まだしばらくあると思う。急がなくていいから、地道に強くなっていきましょう」


「わかった。ありがとうございました!」


 必殺技の開発に、今後の二人はかなりの時間をかけて取り組むことになる。

 ルークの新しいスキルツリーが、今まさに伸びつつあった。


 ― ― ― ― ―


 ルークが家に帰ると、エマがリビングに降りてきていた。

 見たところ、どうやら体調はかなり回復しているらしい。

 代わりに、今日はメリッサとシャノンの姿が見えない。


「ただいま。エマ、体の調子はどんなだ?」


「おかえりなさい。大分本調子になってきました。でも、精神的にまだフラついてて」


 ルークはエマが座っているテーブルの反対側に腰を降ろす。

 エマは両手でコップを持っているものの、血色がどことなく悪い。


「そうか……あんなことがあった後だしな。しばらくはゆっくりしたら良いよ。ところで、メリッサたちはどこに行ってるんだ?」


「シャノンちゃんの調子も大分治ったので、二人で依頼に行きました。魔物討伐でもしていた方が気が紛れるんだそうです」


 体が治ってすぐ討伐に行くのは、ルークとしては若干心配なものの、逆に言えば討伐に行けるぐらいには回復したということだった。

 それは喜ぶべきなのかもしれない。 


「……メリッサさんやシャノンちゃんは、すごいですよね。あんなことがあってもまだ、依頼に行こうとするんですから。根っこから冒険者に向いてるんだと思います」


 目を伏せ、静かに語るエマ。

 その手はほんの少し震えていた。


「私は、もう魔物と相対するのが怖くなっちゃって。初めてルークさんと会った時……プリズム・ベアーに襲われた時も思いましたけど、自分の力では敵わないような強敵に会うと、どうしても恐怖が勝ってしまうんです」


「エマ……」


「おかしいですよね。街跡の魔物討伐には自分から行くと言ったのに。いざ街跡に着いたら流れてる魔力だけで吐いちゃったりして。自分の弱さが嫌になります」


「エマだってめちゃくちゃ頑張ってくれたよ。あの討伐は四人じゃないと出来なかった。少なくとも、自分が最後の最後であの魔物を倒せたのは、エマたちがいたからだ。『エマたちを守りたい』と思ったから出来たんだよ」


 なんとか慰めようとルークは言葉を尽くすが、それが逆にエマの気に障ったらしい。

 コップを掴む手に、力が入る。


「エマたちを守りたい……結局、ルークさんは私たちを『共に戦う仲間』じゃなくて『守るべき対象』として見てるってことですか?」


「いや、それは! あの時はそうだったけど、普段は違うよ」


「……そうですよね。すみません。わざわざ難癖付けるようなこと言いました」


 エマは顔を上げる。

 その顔は、今にも泣きそうだった。


「私が弱いことは私が一番わかってます。だからこそ、強くなりたい。ルークさんたちと一緒に高難易度の依頼に挑んだら、私も少しは強くなれるんじゃないかって思ってたんです。でも、現実は違った。強くなれず、結局私はお荷物のままだった」


「……っ、そんなことはない。エマが頑張ってくれてるのは俺だって知ってる! 俺はそんなエマをお荷物だとは思わないよ」


「ルークさんが思ってなくても、私が思ってしまうんです! 自分の弱さが憎いんですよ……!」


 耐えきれずにポロポロと涙を流し始めるエマに対し、ルークは静かにその姿を見つめていた。

 ルークは、震えながらコップを握るエマの手を、優しく取った。


「……俺も昔は弱かった。それこそ、上級の魔物だって倒せなかったほどに。でも、ずっとずっと努力し続けた。強くなるように修行を積んだ。だから、少なくともここまで強くなれたんだ。そして、それはエマも同じだ」


「ルークさん……」


「自分の弱さが憎い気持ちは痛いほどよくわかる。だったら、俺と一緒に修行しよう。明日から……それこそ、エマが自分を肯定できるくらい強くなるまで。俺はエマを応援する。君は一人じゃないんだ、俺たちと一緒に頑張ろうよ」


「……!」


 温かいルークの手が、エマの冷え切った手を少しずつ温かくしていく。

 エマはまだどこか不安気な顔をしながらも、それでもルークに向かって頷いた。


「わかり、ました。私も、ルークさんと並んで戦えるぐらいに強くなりたい。明日から一緒に、修行させてください!」


「おう!」


 二人して微かに笑い合った後、ルークとエマはメリッサたちを迎えるために、夕食の準備を始めたのだった。

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