第20話 救援と再会
男の手からは十数体の魔物が、縮めた体をいきなり大きくするような形で放出された。
クイーン・サーペント、フォレスト・ウルフ、プリズム・ベアーなど、どれもルークたちが一度は見たことのある魔物ばかりである。
それらの魔物は、ルークたちを囲んで一斉に唸り声を上げた。
反射的にルークは先ほどの青黒いオーラを発動させようとするが、魔物を倒した時とは違いロクに力が入らなかった。
恐らく、今のルークは魔力切れに近い状態なのだろう。
かといって、スキルなしで魔物と戦うのはそれこそ愚策である。
しかし、辛うじて戦えるのはルークとメリッサしかいない。
そしてメリッサも、この中の魔物を一体倒すのがせいぜいだろう。
絶体絶命。
死ぬ思いで魔物を倒したというのに、突然現れた訳の分からない二人組の男たちによって、ルークたちの人生は幕を閉じようとしていた。
「なんだよ……こんなことあるかよ!」
「すまんね。アイツを倒せるような奴がメイラスにいると、あの街を潰す計画がおじゃんになる可能性もあるのでね」
サラッとやつれた男が『メイラスを潰す』と言ったことから、ルークの顔はさらに青くなる。
二人の男たちはメイラスの壊滅計画を企てている……魔物を繰り出してきたことから、魔物を使って街を潰すつもりなのだろうか。
しかし、今の四人には男たちを止める力もなければ魔物一匹すらも倒せる力は残っていない。
「長々とお話しするのもアレだし、サクッと終わらせようか。じゃあね」
やつれた男が軽く手を振ると同時に、魔物たちは四人へ一斉に飛び掛かる。
もはやここまで。
『どうせ死ぬなら、せめてエマたちが逃げられるぐらいの隙は作ってみせる』とルークがフラフラの体を動かそうとした時。
「
魔物たちは、突然現れた鎖によって一斉に束縛された。
その場にぎっちりと縫い留められた魔物たちは、唸り声を上げながらもルークたちへは一歩も近づくことが出来ない。
「ギリギリ間に合った……ってところね」
ルークの目の前に、黒いドレスを着た少女がふわりと舞い降りた。
豪奢なフリルのついた黒いドレスを着たその少女は、艶やかな黒髪と幸の薄そうな端正な顔を有している。
少女はルークを見て微かに笑うと、男たちの方を向いた。
「あなたたちはロブレン・アラシェインと流星竜のラウド……で間違いないかしら?」
「おっと、もしかして冒険者協会からの派遣者か。もう見つかっちゃったか、しくったなぁ」
冷ややかな少女の声に、やつれた男……恐らくロブレンは、あちゃーと言うように顔を手で覆う。
しかし、ルークは今はロブレンのことなどどうでもよかった。
ロブレンの名前の後に続いた名前……大柄な男の、その名前に、ルークはただならぬ雰囲気を感じていた。
『流星竜のラウド』。
巣から地上に降りた流星竜は、一般的に『人化』というスキルを使って人間に変身することが多い、とゼルフから聞いている。
確かに、大柄な男の頭上には、人化の名残なのか二本角が付いている。
しかし、問題はそこではない。
ルークはどこかで、ラウドという名前に聞き覚えがあるのだ。
それがどこかまでは思い出せなかったが……とにかく、その名前はルークに恐怖と嫌悪を同時に呼び起こした。
「しょうがない……ラウド、手を貸してくれよ」
「フン……」
大男……ラウドは臨戦態勢に入り、魔力を放ち始める。
その魔力を直に感じたことで、ルークは記憶の底から何かが湧き出てくるのを感じた。
覚えているのは殴られた記憶、空の上から落とされた記憶……そして、黒い外套を羽織った男に会った記憶。
しかしどれもぼんやりとしていて、ルークには何の記憶なのか判別がつかない。
どの記憶も、ゼルフと会ってからのモノでないことは確かだろうが……そうするとつまり、ルークが赤ん坊以前の記憶ということになる。
赤ん坊以前の記憶、とは一体……。
しかし、記憶の渦に巻き込まれそうになったルークは、すんでで我に返る。
今は、目の前にいる敵を警戒すべき時だ。
ラウドは魔力を全身に纏うと、スキルを発動させる。
「
熱波のような流星気に、思わずルークは数歩下がってしまう。
近くにいた鎖を操る少女も、僅かに顔をしかめる。
ルークたちが恐怖しているのを見ると、ラウドは心底気分の悪いものでも見るように怒りを滲ませると、体を震わせた。
「いくぞ、腰抜け共」
一秒にも満たない僅かな時間で、ルークとラウドの距離は間近まで迫る。
まずはお前からだ、と言うようにラウドがルークに向かって拳を振るった時。
「待った」
降りかかったラウドの拳を、さらに止める者が一人。
恐る恐るルークが目を開けると、そこには。
すらりとした長身で鋭い目つきの少年が、ルークの隣でラウドの拳を抑えていた。
「ここでこの人たちを殺されたんじゃ、俺たちも困るんだ」
ラウドの拳を一気に弾くと、少年はラウドに数発打撃を喰らわせ、強制的に後退させた。
打撃を喰らったラウドは、ニィと口の端を上げる。
「何だよ、少しは戦える奴がいるじゃねぇか」
そんなラウドを無視し、少年は少女へと近づいた。
「セレナさん、走るの速すぎますって。ドレス着てるのにどうやったらあんなスピード出せるんですか」
「鍛錬したらこれくらいは誰でも走れるようになるよ。……それで、バレット君。ラウドは倒せそう?」
「いや、俺の実力じゃちょっとキツいです。相手の魔物のストック数によっては、さらに応援を呼ぶ必要もあるんじゃないかと」
「協会本部は人手が足りないし、言っても来てくれるかどうか。とりあえず、ここは撃退するしかないようね」
「了解です」
鎖を操るドレスの少女・セレナと長身の少年・バレットは、魔物を操る男・ロブレンとラウドに向き合って臨戦態勢を取る。
それを喜んで受け入れるように、さらにラウドは魔力を増幅させていくが。
「うーん、今あの二人と戦うのは得策じゃないな。ここは一旦退こう、ラウド」
「は? 強い奴を前にしてみすみす逃げろっていうのか」
「こっちの魔物のストックはまだ心もとない。いいかい、君の目的は『強い奴と戦うこと』でそれに俺は協力すると言ったけど、反対に俺の目的にも手を貸すよう言っただろ? 約束を反故にするつもりかい?」
「……チッ、わかったよ」
セレナとバレットが飛び掛かる前に、ロブレンは手を軽く振った。
すると、先ほどと同じように空間が歪み、二人が入れるほどの空間が出来る。
「今回は一時的に撤退させてもらうよ。いずれまた会おう」
それだけ言うと、ロブレンとラウドは完全に空間の歪みの中へ消えてしまった。
一息ついたバレットが、セレナに問う。
「……よかったんですか、行かせて」
「ええ。こちらとしてもこの人たちを危険に巻き込むわけにはいかないし、仕切り直した方が良いと判断したわ」
セレナは空中で鎖を引っ張るような手つきをする。
すると、縛られていた魔物たちはより一層きつく縛り上げられ、やがてブチッという音と共に全て霧散した。
魔物の処理が終わると、セレナは怯えるルークたちを振り返り、優しく話しかける。
「突然訳もわからず死にかけるような目に遭って、怖かったでしょう。私たちが来たので、後はもう大丈夫です」
そんなセレナに、ルークはか細い声で問うた。
「……あ、アンタたちは」
「私たちは、全ての冒険者・ギルドを束ねる協会……冒険者協会の本部からやってきました。セレナ・エレノワールと申します、以後お見知りおきを」
「俺はバレット・ローグレイズだ」
優しく挨拶するセレナと、サラッと事も無げに済ませるバレット。
二人に対し、ルークたちはただただ唖然とするしかなかった。
……そして、ロブレンとラウド、セレナたちとの出会いを経たことによって、ルークたちの運命は大きく変化することになる。
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