第19話 夜空のような光

 突然、自分の体内から溢れ出した力の奔流に、ルークは困惑する。

 その力の奔流は、ルークが纏っていた流星気メテオ・オーラの色を青黒く……夜空のように変えた。


 一体自分の身に何が、あの声は何だったのか。

 気になることはあれど、しかし今のルークにとってはエマを助けることが最優先だった。

 ルークは強化された肉体をフル活用して加速、エマの首を掴む魔物の腕に手を掛けた。


「今すぐその手を……降ろせ!」


 力ずくで魔物の腕を振ると、魔物は痛みを感じたのかエマを取り落とした。

 そのままエマを守るように、ルークは魔物の腹に一発打撃を入れる。


「ぐっ!?」


 先ほどとは打って変わって、ルークの打撃は魔物の体の芯まで響いたらしい。

 それにより、魔物は後退を余儀なくされた。


 背後で喉元を抑え、咳き込むエマを守るようにして、ルークは拳を構えた。

 その姿を見たメリッサが思わずつぶやく。


「ルーク君、その姿は……」


「俺にも何が起きたかわからない。でも、体の底から突然力が溢れてきたんだ。これならアイツを……倒せるかもしれない」


「何をしたのか知りませんが、私の目的は変わりません。あなたたちを倒すのみです」


 抑揚のない声で大刀を構える魔物に対し、ルークは待ったをかけるように手を挙げる。


「その前に、何でお前みたいな強力な魔物がこんなへんぴなところにいるか、答えてもらう」


「ハイそうですか、と私が全て話すとでも? 少し余力を取り戻したぐらいで、随分傲慢になるものですね」


「……そうか、やっぱ無理か。わかった。それならやることは一つだ」


 先ほどの数倍の出力で、ルークは青黒いオーラを噴出させた。


「ここからは、拳の対話だ」


「いいですね。私もその方が性に合っているッ!!」


 謎の力を得て息を吹き返したルークに向かって、魔物は全力の大刀を振るう。

 しかし、急降下してきた大刀を、ルークは裏拳で突っぱねた。


「なっ!?」


「……まずは一発」


 ルークは魔物の顔面に、オーラを纏った拳を力の限りぶつける。

 魔物は大刀を手放し、地面をゴロゴロと転がっていった。


「クソ!」


 間髪入れず魔物は起き上がるものの、顔面の髑髏は八割方ひび割れている。

 単純な力比べでは敵わないと感じたのか、魔物は瞬時に影へと潜った。

 ちょうど空が曇って来た所だったので、ルークたちの周囲が全て影となってしまっている。


「これじゃあ、どこから攻撃してくるかわかったもんじゃない」


 メリッサが震える足で何とか立つものの、エマは相変わらずへたり込んだまま、シャノンに至っては地面に倒れ伏している。

 今の状態で戦えるのは、やはりルークしかいない。

 しかしルークは、体から湧き上がってくるエネルギーと共に力強く答える。


「大丈夫だ。俺が必ず倒して見せる」


「そうは言ったって」


 メリッサが苦言を呈そうとしたその時。

 魔物の手から離れていた大刀が瞬時に影に沈む。

 そして次に、大刀を携えた魔物がメリッサの目の前に現れた。


「ッ!?」


 剣でガードするメリッサだったが、剣ごと叩き割らんと魔物は大刀を振るう。

 しかし、その大刀はメリッサに当たることはなかった。

 ルークが超スピードで魔物へ接近し、その体に回し蹴りを放ったからだった。

 魔物は宙を飛び、再び地面に倒れる。


「な、俺が倒すって言ったろ」


「すごい……でも、一体どこからそんな力を」


「わからん。でも今は、力の謎を解くより魔物を倒すのが先だ」


「……クク、ここまで私を手こずらせたのはあなたが初めてですよ」


 魔物はヒビが入ったわき腹の骨を抑えながら、ゆらりと立ち上がる。


「わかりました。あなたを対等な敵として扱います。もう容赦はしない」


「そうか。じゃあさっさと全力で来いよ」


「私の力を全て、ここに込めましょう」


 魔物は大刀を振り上げる。

 するとそこに、周囲に出来ていた全ての影が吸い込まれていった。

 大量の影を吸い込んだ大刀は、より一層その姿を黒く巨大化させる。


「このひと振りで、勝負を決めるッ!!」


 魔物はルーク目掛けて一直線に駆け、その大刀を振り下ろした。

 対するルークは、体中に噴出していたオーラを全て拳に込め、青黒いオーラの塊を作り出した。


「これで終わりだ!!」


「……流星気メテオ・オーラ・最大出力」


 影に染まった漆黒の大刀を切り裂くように、ルークの拳が炸裂する。

 拳は一気に大刀を粉々に砕き、そのまま魔物の顔面へと殴り込みをかけた。


「な、何ッ!?」


「うおおおおッ!!」


 ありったけの力を出し切り、ルークは拳を振り切った。

 夜空のようなきらめきが、ルークの拳の軌跡に彩を加える。


 宙を舞いながら、魔物の体はサラサラと解けていく。

 魔物が悔しそうに顔面を歪めた瞬間、その体は地に落ち、小さな魔石のみを残して完全に消え去ってしまった。


「倒した、のか?」


 メリッサが恐る恐る魔石へと近づくものの、復活する気配は全くない。

 ルークの一撃で、推定魔級以上の魔物討伐は、完了した。


 ― ― ― ― ―


 倒れていたシャノンと疲弊しているエマを壁際に寄せ、ルークは一息つく。


「何とか終わったな……」


「あぁ。ホント、ギリギリだったね」


 メリッサが伸びをしながら、随分疲れたように言う。

 周囲の圧迫感は魔物を倒したことで収まったようで、心地よい澄んだ空気がルークたちの鼻先をくすぐっていた。


「とりあえず、今日はここに泊ろう。しっかり寝て回復したら、メイラスに向けて帰るか」


「そうだねー。しかし、ホント疲れた。こんなに命の危機を感じたのも久しぶりだよ」


 壁にもたれかかって、メリッサがぼうっと空を見上げながら言う。

 それにルークも同意した。


「今までは割と何とかなってたもんな。今回は突然あの力が出てこなかったら、俺たちは全滅してたかもしれない」


「……で、その力って何なんだい?」


 訝し気にメリッサが見てくるのに対し、ルークは素直に首を振る。


「わからない。『エマを助けなきゃ』と必死になっている時に、誰かの声が聞こえてきて……突然力が湧いたんだ」


「誰かの声、ねぇ。火事場の馬鹿力って奴かなぁ」


「うーん。なんかそういうのとも違う気がするんだけどな。とにかくは助かったんだ。あの力については、これからゆっくり調べていくさ」

「ま、そうだね……そういや荷物、丘の方に置いたままだよね?」

「俺が取ってくるよ。メリッサはここでエマたちを見守っててくれ」


 ルークは丘に向けて駆け出そうとする。

 推定魔級以上、依頼の魔物を倒したことで、ルークたちにはどこか心の余裕が生まれていた。


 しかしそれは同時に『油断』を表してもいた。

 丘に目を向けたルークの眼前の空間が、一気に歪んだ。


 突然のことに驚くルークとメリッサ。

 歪んだ空間の中から、二人の男が出てきた。


 一人はローブを着た人間で、やつれた傷だらけの男。

 そしてもう一人は筋骨隆々の大柄な男で、ルークと同じ青い髪をしていた。

 大柄な男には普通の人間と違い、頭部に二本の角が付いている。


 空間から出てきた男たちは、ルークたちを見ると奇妙な顔をした。

 やつれた傷だらけの男が辺りを見回す。


「あら、アイツもしかしてやられちゃったのか? 周囲の魔力が随分正常に戻ってるな」


 やつれた男はルークたちを見ると、割と気さくな声で話しかける。


「あのー、君たちってもしかして、ここにいた人型の魔物を倒したりした?」


 突然現れた男たちに困惑し、どこか警戒しながらもルークは答える。


「多分ソイツは……俺が倒しました」


「へぇ! 君が。やるねぇ、アイツは天級に近いぐらいの力はあったはずなのに」


 やつれた男は感心しながら、隣の大柄な男をつつく。

 それに対し、大柄な男は気に入らないようにフンと鼻を鳴らした。


「そっかそっか。君がアイツを倒したのか。君って……もしかしてメイラスの冒険者かな?」


「え、えぇ。そうです」


「そっかそっか。そんなら……後々脅威にならないように、君たちまとめてここで殺しとくか」


 男から意外な言葉が出たことで、ルークとメリッサには同時に緊張が走る。

 この素性不明の男は、ルークたちを『殺す』と言った。


 それならばルークたちは迎え撃たなければいけないが……ルークやメリッサは万全ではない状態、エマとシャノンに至ってはもう碌に戦えないだろう。


 いきなり訪れたピンチに、ルークの思考は一気に加速し焦りが募る。

 そしてそれとは反対に、やつれた男はゆっくりと片手をルークたちへと向けた。


「出でよ」


 その言葉と共に、男の手から『魔物の軍勢』が放たれた。

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