第18話 推定魔級以上
魔物との決戦の朝。
シャノン以外は交代で睡眠をとったルークたちは、再び黙々と歩き始めた。
特に会話もないまま一時間ほど、市街地跡を目指して歩き続ける。
そして、太陽がルークたちの直上にまで上がってきた頃。
「……着いたな」
小高い丘に登った四人は、眼下に広がる荒れ果てた市街地跡を見渡す。
メイラスよりかはかなり小さいその街跡は、丘から見渡しただけで街の外周が見えるほどだった。
しかし、全貌を見渡せるような場所にいても、街跡にいるであろう魔物の姿は見当たらない。
「小型の魔物なんですかね?」
「いやー、魔級以上の魔物で小型ってのは中々聞かないよ。もしいても、強さとしての魔級というより希少性としての魔級認定だと思うし」
「とりあえず、降りる」
シャノンの一言によって、四人は市街地跡へと入った。
街の中は人がいないため閑散としており、家も壁や木材のみが残っている、ほぼがれきの山のような状態だった。
いつ何時、魔物が襲ってくるかわからないので、ルークたちはお互いつかず離れずで魔物の探索を続ける。
「……なんだか、異様な雰囲気」
大気中の魔力を感じ取れるシャノンが、眉を顰める。
シャノン以外の三人も何となく感じ取ってはいたが、確かにこの市街地跡の空気感はどこかおかしかった。
何か圧迫されるというか、根源的恐怖を呼び起こしてくるような威圧感を覚える。
その空気に酔ってしまったのか、エマが少し口元を抑えた。
「大丈夫か?」
「は、はい。流石にこれくらいで吐いてられません」
水筒を開けて水を飲むと、エマは再び前を向いた。
そのまましばらく四人で探索し続けてみるものの、ルークたちは一向に魔物を見つけられなかった。
流石にずっと威圧感を感じていたからか、エマ以外の三人も喉元に不快感を覚える。
それだけ、市街地跡の魔力の流れは異様だった。
そして、ついに。
「す、すいません……うぷっ」
短い間隔でずっと口元を抑えていたエマは、ついに三人から少し離れた壁に隠れると、思い切り胃の中身をぶちまけた。
ルークもその音を聞いて、自分もスッキリ吐いてしまいたい衝動に駆られる。
魔級魔物を倒せる強さを持つルークですら、この空間には耐えきれなかった。
一旦丘まで退避して、そこで作戦を練り直そう。
こちらに駆け戻ってくるエマを迎え入れ、三人にそう進言しようとした時。
突然、エマの影が盛り上がり、人型の怪物が姿を現した。
怪物は音もなく持っていた剣を構え、エマの首をはねようとする。
「危ないッ!!」
「え、なんです……ッ!?」
咄嗟にルークは、エマを自分の方に抱き寄せる。
そのおかげで、怪物の剣は虚しく宙を斬った。
それと同時に、メリッサとシャノンも怪物から距離を取る。
「一体何だい、アイツ」
「人間……じゃない。恐らく、魔物」
「あ、あれは魔物なのか? あまりにも雰囲気が異質過ぎる」
ルークたちはほぼ同時に人型の怪物……魔物を視認するが、その異様な雰囲気に圧倒されていた。
人型の魔物は、全身を黒い骨のような外殻に覆われている。
それこそ顔は骸骨に近かったが、そこから黄色い毛髪と三本の角が生えていた。
そして骸骨のくぼんだ眼窩からは、妖し気な双眸がルークたちを睨み据えていた。
剣もメリッサが持っているような通常のモノではなく、黒を基調とした大刀である。
その大刀を構えた魔物からは、百倍増しの圧迫感が流れ出ていた。
恐らく、この魔物が件のパーティを壊滅させた魔物なのだろう。
その圧迫感だけで、エマやシャノンは気を失いそうになるが、ルークは歯を食いしばって叫ぶ。
「エマ、シャノン、メリッサ!! 気をしっかり持つんだ、今からあの魔物に……勝つぞ!!」
その声を聞いたエマたちは、体の震えを何とか押し殺し、それぞれ武器を構えた。
対する魔物も四人に戦う意志有りとみなしたのか、殺気を放つ。
魔物とルークたちは次の瞬間、互いに攻撃を繰り出した。
― ― ― ― ―
数分後。
「ぐあっ!?」
攻撃を受けたメリッサは、地面に転がった。
メリッサの近くには、既にエマとシャノンも倒れ伏している。
数分、たった数分で、ルークたちのパーティは壊滅の危機にまで追いやられていた。
未だに辛うじて食らいついているのは、ルークぐらいなものである。
「
ルークはありったけの炎を魔物に向けて放つが、それでもあまり効いてないらしい。
大刀の攻撃を避けると、ルークはメリッサたちの下へと一旦退避する。
「クソ、迷った時は基礎とは言うけど、これは……!!」
ゼルフからの教えを繰り返し反芻するルーク。
しかし、そんなことをしても魔物とルークたちの力量差はほとんど縮まらない。
そもそも『基礎が重要』とは言っても、それは日ごろの鍛錬においての話である。
泥沼大鬼戦ではゼルフの教えを活かせたものの、戦いにおいて大事なものは戦闘ごとに変化するものである。
そして、この戦いにおいて重要なのは『基礎』ではなく『起死回生の一手』だった。
ルークもそれにはとうの昔に気が付いている。
だが、それでもゼルフの教えを繰り返すのは、強敵に対して、精神的な支えを持っておきたいからだった。
ルークにとっての『迷った時は基礎』というのは、ゼルフから与えられたお守りのようなものだった。
……しかし、お守りで戦況が変わることなどまず有り得ない。
「このッ……!!」
ルークは再び殴りかかろうとするが、その攻撃が当たる直前に魔物は影の中に隠れる。
この『影に隠れる』という特殊能力に、四人はなす術がなかった。
一旦誰かの影に隠れられたら、ルークたちに魔物を攻撃する術はない。
魔物は自身にとって最適なタイミングで影から飛び出し、ルークたちに攻撃を与えるだけでいいのである。
再び影から現れた魔物に、ルークは殴り飛ばされてしまった。
「ルーク、私も……」
それを見たメリッサは、剣を支えにして立ち上がる。
諦めないルークの姿勢を見て、エマとシャノンも体に力を入れ、再び戦線復帰しようとしている。
ルーク自身も、それに負けられないとばかりに立ち上がって、再び拳を構えた。
だが。
「……そろそろ、終わりにしましょうか」
いきなり、魔物の骸骨のような口が開き、くぐもった冷たい声が発せられる。
魔物が、喋った。
言語を解する魔物は、一部を除いてほとんどが魔級上位である。
つまりこの魔物は魔級上位以上、あるいは天級の可能性すらあった。
魔物の発話に驚いたことで、四人の陣形に一瞬だけ隙が生まれてしまう。
その隙から、魔物は一気に崩そうとした。
まずは……恐らく、一番弱いであろうエマから。
「きゃっ!?」
エマの首を掴み、高々と持ち上げる魔物。
そのまま力を入れて、魔物は首をへし折ろうとしていた。
エマから近いメリッサとシャノンが必死で魔物を攻撃するが、魔物は片手でそれらをさばき切ってしまう。
「エマっ……!」
ルークも必死の形相で走るが、それでも魔物まで距離があった。
エマの死、仲間の死。
『やっぱりエマたちを置いていった方が良かったじゃねぇか』と心の中のルーク自身が罵る声が聞こえた。
少なくとも置いていけば、こんな目にエマを遭わせることはなかった。
『強くありたい、幸せでありたい。周囲の人々も守れるくらいに』というルークの目標が、音を立てて崩れつつある。
間に合わない。
どうすれば。
もっと自分に……力があれば。
立ちふさがる敵、全てを蹴散らせるぐらいの力があれば……。
様々な感情がルークの脳裏で一気に渦巻き、四肢がバラバラになりそうなほどの巨大な想いがルークの体から溢れ出しそうになった時。
『……仕方ない。今回だけだ』
何者かの声が、稲妻のような速度で脳裏を駆ける。
瞬間、ルークの体は青黒い光に包まれた。
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