第12話 よし、家を買おう!
それは、メリッサが新しくパーティに入ってから三週間ほど後のこと。
「百万分の金貨袋が三十個……つまり三千万か。これだけあれば家、買えるんじゃないか?」
宿の一室にルークとメリッサは集まり、互いが貯めた金貨を数えていた。
手のひらに乗せるとずっしりと来る重さの金貨袋が三十個。
これを貯めるために、どれだけの魔物を狩ったことか。
緊張した面持ちで、エマは物件のカタログをペラペラとめくる。
「大体この街の新築が一件三千万程度なので、確かに買えますね。それに、さっき貰ったんですが……これ」
エマは背後から、三十個ある金貨袋よりさらに二回りほど大きい袋を出した。
「メリッサさんからです。『家を買う足しにしてねー』ということでした、五百万あります」
「うおおおお、ありがとうメリッサ……!」
メリッサは後から加入したので、金稼ぎに協力しなくてもいい……というのがルークとエマの総意だったのだが、メリッサはそれでも密かに貯めていてくれたらしい。
「つまり、全部で三千五百万。これだけあれば、まあまあ広い家が買えるんじゃないでしょうか」
「も、燃えてきたな!」
「ただ、ここからですよ。選択肢はかなりあります。慎重に選んでいかないと」
二人でペラペラと分厚いカタログをめくり続けること、およそ三十分。
やや早いスピードでページをめくっていたエマの手が、ピタリと止まった。
「……これ、良さげじゃないですか?」
「確かに」
二人が注目したページには、メイラスの北部に二年ほど前から建設されている広めな一軒家の魔道写真が印刷されていた。
値段も三千万を少し切るぐらいで、申し分ない。
だが。
「これだけ広くて三千万しない、ってなんかおかしくないか?」
「……そうですね。これは真偽のほどを確かめねばなりません」
ルークとエマは備え付けのタンスに金貨をしまうと、立ち上がる。
「行くか、内見に!」
「隅々まで調べ尽くしてやりましょう!」
二人は普段より少しハイなテンションのまま、宿を飛び出した。
― ― ― ― ―
「はじめまして、今回こちらのお家の内見の案内をさせていただきます、メイラス不動産のタムロと申します。よろしくお願いします」
「「よろしくお願いしますー」」
二人は件の家の前で、不動産会社の人間と落ち合っていた。
宿から飛び出した二人はそのままメイラス不動産へ直行、そこでたまたま手の空いていたタムロに内見の案内をお願いする形となった。
カタログに載っていた新築の家は、実際に見るとかなり品のある雰囲気が漂っており、二人はしばし圧倒される。
やや大きめの門を開けると、広々とした庭が一望できた。
管理の観点から特に木々などは植えられてない状態だったが、これから手入れをすればかなり見栄えのいい自慢の庭園になるだろう……という感じである。
そして、肝心の家は焦げ茶を基調とした二階建てだった。
外から見ても、綺麗に手入れされているのが見て取れる。
それだけに、何故建築が終わってから二年もそのままなのかが二人には謎だった。
タムロに案内されるがまま、二人は家の中へと入った。
玄関は石のタイルが几帳面に敷き詰められており、玄関とその先の通路だけで、今までルークたちが泊っていた部屋ぐらいのスペースはありそうである。
「こちらがリビングになります」
タムロがドアを開けると、開放的で暖か味のあるリビングが二人の目の前に現れた。
キッチンが併設されている形のリビングで、キッチンの横には大きなダイニングテーブル、そしてそこから少し離れたところに団らんスペースとしてソファが置かれており、ソファの向こう側には……。
「魔道液晶!? 大きいしかなりのレアものじゃないですか!!」
「はい、元々はこの家に住む予定だった方が見るために、と設置したものです」
黒い画面を映す魔道液晶が、壁に設置されていた。
それを興味深げに見ているエマの横で、ルークは何のことだかわからず質問する。
「なぁ、魔道液晶って何なんだ?」
「ルークさん知らないんですか!? ……そういえばルークさんは田舎の出身でしたね。魔道液晶とは、遠方の地で起こった出来事などを映せる魔道具のことです。新聞と同じく日々のニュースをやってたり、はたまた劇や芝居を放映したりもしている……まぁ見る娯楽です。万能型の魔道具ですね」
「へぇ、そんなにすごいもんなのか」
「ほら、ギルドにも二、三台設置してるじゃないですか?」
「あー、あー……? そうだっけ」
「もっと都会、それこそ王都にでも行けば魔道電脳液晶とかいうまた物凄い奴があるんですが……詳しくは私も知らないので今回の説明ではパスします」
「お、おう」
一通り魔道液晶を見終わったエマは、しかしそこで首をひねる。
「やっぱりおかしいですよ、何でこんな高価なものを置き去りにしたまま、前の入居者はこの家を売りに出したんですか?」
タムロの方を向いたエマは、しかしタムロが冷や汗をかいているのを見て眉を顰める。
「タムロさん、何か知ってるんですか?」
「そ、それはその……」
「教えてくれ、タムロさん。俺たちが住み始めてから判明したんじゃ遅いんだ。多少の欠点なら直すなり見過ごすなりするからさ」
「……わかりました。お答えしましょう」
覚悟を決めたように、タムロは口を開いた。
「前の入居予定だった方は、この広大な土地を買い上げ、このような広い家を建てたのですが……いざ住み始めた当日の夜、夜中に魔物の唸り声が聞こえて来たそうなのです。この家は街中に建っているというのに」
「魔物の……唸り声?」
「はい、そして絶えず何か争うような音も。その方は数日は耐えたらしいのですが、大の魔物嫌いだったらしく。一週間経つ頃には見えない魔物に身の危険を感じ、気味が悪いと家財ごとこの家を売り払ってしまわれたそうです」
「たった一週間で!? それは勿体ない気もしますが……ですが変ですね。こんな街中で魔物の声なんて」
「そうなのですよ。魔物の声はこの家全体……と、隣数軒に少し響くぐらいらしく。最初はこの家に何かがあるんじゃないか、と噂が立っていたのですが、売りに出されて一年が経つ頃にはもうしょうがない、と半ば受け入れられて……」
「ふむ……
「私たちも調査を長らく行っていたのですが、結局理由がわからず」
汗をかきつつ申し訳なさそうに、全てつまびらかに話すタムロと、顎に手を当てて考えるエマ。
しかしルークは、『魔物の唸り声』と最初に聞いた時から思っていた単純な疑問を口にした。
「……それって、この前俺たちが見つけたダンジョンに関係あるんじゃないか?」
「ダンジョンに? どういうことです?」
「いや、言葉通りというか。あのダンジョンってかなり広かっただろ? だからメイラスの地下までダンジョンの根が張っててもおかしくないんじゃないかな、と」
「! つまり、この家の地下と近い距離にダンジョンがあるってことですか!? あー、なるほど……」
合点がいったエマは、ポンと手を打ち合わせる。
つまり、ダンジョンに潜む魔物たちの声がこの家まで響き、前の入居者を怖がらせるような事態に至ったのでは、とルークは考えていた。
「そう。だから、何とかしてこの家の座標を確認して、ダンジョン内で一番この家に近い場所にいる魔物たちを叩けば、騒音は収まるんじゃないかなって。いや、ダンジョンの魔物は何度も生成されるから、そこの対策も考えないとだけど」
「……いえ、そこはギルドに話したら何とかなるかもしれません。とにかく、騒音の元凶が分かったのなら取っ払いに行きましょう」
「だな」
二人の間で話が進んでいることに若干オロオロしていたタムロだったが、二人がもう一度状況を丁寧に話すと、『勿論、騒音の原因を取り除いていただけるのはありがたいです』と快く了承してくれた。
それを受けたルークとエマは、もう一度ダンジョンへ潜るためギルドへと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます