第10話 疑念と衝突

「……とは言っても、あそこから引きずり下ろせないとこっちの攻撃は通らないだろうね」


 メリッサはヘラヘラとした顔つきから幾分真面目な表情になり、テレキネシス・サーペントの動向を注意深く目で追っている。

 どうやらサーペントは地上に降りずに、念動力でルークとメリッサを倒そうとしているようだった。


 先ほどのエマが吹き飛んだ時のサーペントの行動を見るに、どうやら目を合わせたら念動力にかかるらしい。


 つまり『サーペントの目を見ずに、奴を天井から引きずり下ろす方法』をルークたちは考えないといけなかった。

 サーペントは複数の石柱に複雑に絡み合っており、一つの石柱を攻撃したところでは恐らく落ちてこないだろう。


 ルークは気絶しているエマの容態を確かめたかったが、先にサーペントを倒さなければ最悪三人共殺される可能性がある。

 となると、とりあえずは。


「メリッサ、戦闘態勢になったところ悪いがエマの容態を見てくれないか? 俺がその間の時間は稼ぐ」


「……わかったよ」


 メリッサもエマを気にかけていたのか、割とすんなり了承した。

 エマの方へメリッサが走っていくのを見ると、ルークはサーペントに向かい合う。

 顔は絶対に見ないように、だが、全体はぼんやりと視野に入れる程度で拳を構える。


「クソ、やりにくいな……流星炎メテオブレイズ!」


 試しにルークは、手のひら大の火球をサーペントに向かって放つ。

 それは一直線に天井へ赴き、サーペントの体を焼くはずだったが。


「シュルル……」


 サーペントに当たる直前、火球はピタリと動きを停止した。

 そして次の瞬間、Uターンでルークの下へと戻って来た。


「おわっ!?」


 間一髪で避けると、火球は地面に激突し一帯を焼く。

 どうやら生物以外にも念動力は有効のようだった。


「マジかよっ……あ」


 そして、戻って来た火球にしばし気を取られていたルークは、近くの石柱を伝って降りて来たサーペントと目が合ってしまう。

 咄嗟に体を動かして目線から逃れようとするが、僅かに遅かった。

 ルークの体は勝手に浮遊を始めてしまう。


「ちょっ、クソ……ッ!?」


 地面にヒビが入らんばかりに、勢いよくルークは叩きつけられた。

 一度サーペントの目を見ると問答無用で術にかかり、そしてそこから抜け出すすべはない。

 痛みが走る体を何とか起こしながら、ルークは必死に対策を練っていた。


 ルークの力は、上級までならば問答無用で通じる。

 しかし魔級になると魔物のスキルも強くなるのか、一筋縄ではいかない。


「わかっちゃいたことだけど、辛いな……!」


 しかしその時、起き上がったルークの横を、一筋の光のようなスピードでメリッサが駆けていった。


加速斬アクセル・ブレイク!!」


 メリッサの光速斬撃はサーペントの頬に十字の傷をつける。


「シャーッ!」


 サーペントは驚いたのか、再び天井へと身を潜める。

 

「メリッサ! エマは大丈夫だったか?」


「うん、気絶してるだけ。傷も浅いよ」


「よかった……」


「でも、アイツを倒さないことにはここから出られないし、エマちゃんの傷も治せない。何か策を練らないと」


「だな……でも、さっきのメリッサのスキルは使えそうだ。一つ思いついたことがある」


 ルークとメリッサは、サーペントへの警戒は怠らずに作戦を練る。


 メリッサの『加速斬』はその名の通り、超人的なスピードまで加速し敵を斬る、というシンプルな技らしい。

 そしてその攻撃をサーペントは知覚出来ずに受けてしまい、結果として傷が出来た。

 つまりサーペントには加速斬でダメージが通るのだ。


 対して、ルークの流星炎は念動力でどうにかされてしまうだろう。

 そして流星気で殴ろうにも、ルークが跳躍しただけでは天井に届かない。


「……というわけ。この作戦なら、まずサーペントを地上に落とせるはず。そうなったら後は二人でタコ殴りだ」


「へぇ、脳筋だけど中々面白い作戦だ。乗ったよ」


「よし。それじゃあやるか!」


 メリッサは軽く跳ぶと、ルークの両手へ乗る。

 そしてそのまま、ルークは流星気を発動させて力の限り跳躍した。

 だが、サーペントにはあと少しのところで届かず、落下が始まる。

 しかしその時。


「行け、メリッサ!」


「加速斬!!」


 ルークはメリッサの体を大きく打ち上げ、その勢いに乗じてメリッサは加速斬を発動。

 天井を這いまわるサーペントを、素早い動きで十数か所に一気に傷をつけた。


「ギシャァッ!?」


 いきなり体の至る所を攻撃されたサーペントは、痛みに耐えきれず、だらりと石柱を伝って降りてくる。


「メリッサ、落ちながらでいい! そのまま出来るだけ攻撃してくれ!」


「了解っ!」


 メリッサはサーペントの体に着地すると、そのまま走りながらサーペントの体を縦に斬り裂きつつ降りていく。

 一気にダメージを負ったサーペントは降りるだけにとどまらず、その場をのたうち回り始めた。


「よし、後は俺が……!」


 流星気で強化した体でサーペントの体の周囲を走る。

 そして頭部を見つけると、拳にありったけの流星気を込めて飛び掛かった。

 いくら魔級の魔物でも、頭部に強烈な一撃を喰らえば、致命傷たり得るだろう。


「これで、終わりだッ!!」


 サーペントはルークを視認すると念動力を発動しようとする、が。

 ルークはそれよりも早く、サーペントの頭部に拳を叩き込んだ。


 ― ― ― ― ―


 ボロボロと崩れていくサーペントの体を横目に、ルークはエマの下へと走る。

 エマは気絶からちょうど目覚めたようで、顔をしかめつつ辺りを見回していた。


「エマ! 気付いたか!」


「ルーク、さん? ……テレキネシス・サーペントはどうなったんですか!?」


「たった今、メリッサと一緒に倒したよ。さぁ、今日はもう帰ろう。傷は浅いけど、これ以上探索を続けることもないだろ」


「そうですね……あれ、メリッサさん?」


「ん? メリッサがどうかしたって……」


 怪訝な顔でエマに聞き返すルークだったが、その時。

 ルークの首筋に銀色のきらめきが当てられたことにより、それが何らかの異常事態であることを察した。


 メリッサが、ルークの首元に剣を当てていた。

 振り返ることが出来ずに、ルークは恐る恐る尋ねる。


「ど、どうしたんだよ、メリッサ」


「……ごめんね。やっぱり私は、君に対する疑念を抑えられない」


「疑念……?」


「君、この強さだったら王都でも、いや、世界中で十分活躍できるレベルだよ。なんでこの街なんかに留まってるのさ?」


「いや、俺はこの前田舎から出て来たばかりで」


「名も知れぬ田舎から突然こんな強力なスキルを扱うような人間が、普通は出てくると思えない。そう、スキルと言えば」


 メリッサの語気が一層冷たくなるのを感じて、ルークは身震いする。

 先ほどと同じように、メリッサは明らかにルークに対して殺気を放っていた。


「君が流星竜のスキルを持っているのも腑に落ちないんだ。君は人化のスキルを使った流星竜……というわけでもないんでしょ? 奇妙な点が多すぎるんだよ。人間なのに竜のスキルを使用できる、そして当たり前のように魔級クラスの実力を秘めている。私は、君には何か裏があると思ってる」


「う、裏があるってなんだよ! 俺がなんか良からぬことでも企んでるって言いたいのか!?」


「あぁ」


「……ッ!」


 メリッサは剣を下ろすと、「君にも一応話しておこう」とルークに正面を向くように言った。

 恐る恐るルークが振り返ると、メリッサは複雑な表情で剣を携えている。


「……私が別の街でパーティを組んでいた時、とある犯罪者の男を捕まえる依頼を請け負ったことがあるんだ。その男は、自分の体を実験体にして魔物の魔力を獲得、そしてその力を振るって大量虐殺を目論んでいた」


「な……」


「普通は禁忌を冒さない限り、魔物の魔力なんて手に入らないんだよ」


 それを聞いて、今までのメリッサの態度にルークは一気に合点がいった。

 とどのつまり、ルークもその男と同じような輩なのではないか、と疑いをかけられているのだ。


「私はその男を、自分の実力不足故に止められなかった。そいつは大勢人を殺したし、私の仲間も殺された」


「……ッ!」


「私はそれを、助けが来るまで何も出来ずにただ見続けることしか出来なかったんだ」


 唇を噛むメリッサに、ルークは慰めの言葉をかけようとするが、しかし疑いをかけられている立場で何か言うこともできない。

 何も言えず黙っているルークを、再びメリッサは直視する。


「私だって、君のことは憎からず思っている。エマちゃんを気遣う心も本物だと思ってる」


「なら、なんで」


「それでも疑いが晴れないんだ。私の拗らせた疑心暗鬼かもしれない……でも、君があの男と同じような人間ではない、という確証が欲しい」


「……その確証は、どうやったら得られるんだ?」


「こうするんだ」


 メリッサは目にも止まらぬスピードで剣を構えると、いきなりルークへ向けて襲い掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る