第9話 3人目のメンバー
メリッサ・ぺルトルスク。
お世辞にも丁寧に手入れされているとは言えない金髪をたなびかせ、若干ゆったりとした服を着こなしているその女性は、腰に一本の剣を差していた。
剣だけは丁寧に整備されているらしく、使い込まれているものの古びた感じはしない。
しかし、ルークから整って見えるのはその剣だけだった。
顔つきは女性としてはとても端正な方だとは思うものの、何となくだらしない印象を受ける。
だが、それでも相手に不快感を与えるようなものではなく、ルークはメリッサに不思議な安堵感を抱いていた。
……とは言うものの。
「うわっ酒臭っ!?」
エマが思わず一歩下がり、鼻をつまむ。
確かにメリッサからは、今しがた飲んできたと言わんばかりにエールの匂いが漂っていた。
そしてよくよく見てみると、右手に酒のボトルを持っている。
受付嬢が顔をしかめて苦言を呈する。
「メリッサさん、依頼前に飲酒するのはやめてください。こちらとしても、依頼には万全の状態で挑んでもらいたいのです。酔ってミスをするようなことがあれば、危険ですので」
「うぇーい、すいませーん」
へべれけになっている美女はケラケラと笑いつつルークたちを指差す。
「でも、この二人はかなりの実力者なんでしょー? 私がちょっと飲んでるくらいじゃ失敗しませんって」
「はぁ……」
受付嬢に倣って、ルークもため息をつきたかった。
頼れる仲間が新しく出来ると思っていたのに、どうやら新しく来たのは足元がおぼつかない酔っ払いらしい。
これは先が思いやられるな、と引きつった半笑いになる。
「すみません、ルークさん、エマさん。このような状態ですが、今からお願いできますか……? 早急に倒しておかないと、他のパーティにも被害が出そうなので」
「……な、なんとかやってみます。なぁ、エマ」
「そうですね、やるしかないですよね……」
不承不承という感じで依頼を引き受けるルークたちに対し、メリッサだけが陽気にニコニコしていた。
― ― ― ― ―
「ちょ、ちょっと! 足元気を付けてください! 危ないですよ」
「あははー、ごめんごめーん」
フラフラしながらダンジョンの入り口まで歩くメリッサに対し、エマは若干焦って注意する。
メリッサはここに来るまで、既に三回ほど転んでいる。
そんな状態で魔物の討伐が務まるとは、ルークたちにはとても思えなかった。
「ほら、ここ階段ですよ! 気を付けてください」
「わーてるって、エマちゃんは優しいねー」
「はぁ……」
この酔っぱらいを連れてどうやって魔級の魔物を討伐しろと言うんだ、とルークはギルドに文句を言いたくなっていた。
大体これなら、メリッサを置いて二人で討伐に来た方がよかっただろう。
しかし、受付嬢の「既に仮パーティとして登録しているので、とりあえず一緒にダンジョンに行ってください」という信じられない言葉に絶句して、ルークは上手く返答出来なかった。
諦めて適当なところで「失敗しました」と引き上げるか……でもそれだと後続のパーティが危険だし……と、色々と考えながらルークはダンジョンへと入った。
しかし、ダンジョンに入ったルークとエマは、メリッサの意外な姿を目にすることになる。
ダンジョンに入って数分ほど歩いた後、ルークたちはクイーン・サーペントの群れに遭遇した。
ダンジョンは、建物自体から絶えず新しい魔物が生成され続ける。
そのほとんどが、上級以下の碌に意思疎通も取れない魔物ではあるが、普通の冒険者たちにはそれらが中々の脅威となるのだ。
だが、ルークたちのパーティには関係ない話だった。
何故ならば、魔級の魔物も倒せるルークがいるのだから。
「
魔力を青いオーラに変換し、ルークは全身を強化する。
そして、襲い掛かるクイーン・サーペントを迎撃しようとするが。
「うわっ蛇かー。私、蛇苦手なんだよねー」
そう言いつつ、ルークが飛び出すより早くメリッサが剣を抜いてクイーン・サーペントへと襲い掛かった。
一閃。
流れるような剣捌きで、メリッサは数体いたサーペントをあっという間に倒してしまった。
先ほどの酔っ払いしぐさとは真逆の動きに、エマが口をあんぐりと開ける。
「め、めちゃくちゃ強いじゃないですか!?」
「うんー? これぐらいはまぁ普通だよ」
「る、ルークさんとほぼ同じスピードで片付けてしまうなんて。流石、魔級の討伐に駆り出されただけはありますね……」
剣にべっとりと付いた血を軽く払うと、メリッサはルークの方を向いた。
「何、ルーク君も結構強いんだ。やるねー」
「いや、俺はそれほどでもないですが……」
「そんな謙遜しなさんな……あれ。そういえば君の魔力って、ちょっと変わってるね」
初めて出会ったエマの時と同じように、メリッサはルークに近づいてジロジロと顔と体を見回す。
「ルークさんは生まれつき、何故か流星竜のスキルが使えるらしいんですよね。めちゃくちゃ強いんですよ」
親切心からエマが説明した瞬間、メリッサの目つきが鋭く変わった。
「生まれつき……? そう」
しばらく真剣にルークを見ていたが、やがて顔を離すとまたおちゃらけた表情に戻る。
「ま、世の中そういうビックリ人間もいるよねー。それじゃ先に進もっか」
また酔っ払いの足取りになったメリッサを支えるため、慌ててエマが駆け寄っていくが、それをルークは後ろで棒立ちのまま見つめていた。
その顔には、とめどない汗が噴き出している。
ルークは、メリッサからほんの一瞬だけ……殺気を感じ取っていた。
しかし、殺気が向けられる理由がルークにはわからない。
そして、理由を探る間もなくそれは引っ込められた。
何かメリッサの逆鱗に触れるようなことをしてしまったのだろうか。
フラフラと歩くメリッサ、それを助けるエマの後ろで、ルークは頭を悩ませていた。
そんな調子で進んでいたので、魔物が現れてもルークの行動は一歩遅れることが多く、必然的にメリッサがさっさと倒して終わることが多かった。
いつもより行動が鈍いルークをエマは案じているようだったが、エマにこっそり殺気のことを打ち明けるタイミングもなく、ルークはひたすら進み続けるしかなかった。
やがて三人は螺旋階段を降り、さらに泥沼大鬼を倒した空間を抜けて、その先へと進んだ。
「初めて来ましたけど、こんな風になってるんですね」
「だな」
「私は最近王都からこっちに来たばっかだから、詳しいことはわかんないけど、このダンジョン広いねー。完全に攻略したら改装して地下の飲み屋街に出来そう」
呑気なことを言うメリッサに二人は若干ズッコケながらも、用心しつつ歩いていく。
討伐を依頼された魔級の魔物は、泥沼大鬼がいた空間からさらに数分ほど歩いた場所にいるらしい。
壁画の蛇の魔物……先日エマが調べたところによると、イラスティック・スネイクと言うらしいが、それらを三人で迎撃しつつさらに奥へ向かう。
「……というかこのダンジョン、蛇の魔物多くないか?」
「だよねー、嫌になっちゃうよ」
「ダンジョンって個々でかなり特性が違うらしいですし、このダンジョンは蛇系の魔物に特化してるのかもしれないですね」
そんなことを話しつつ、やがて再び開けた空間に出た。
今度は泥沼大鬼の時のような広い空間ではなく、多数の石柱が乱立した少し狭い空間だった。
人が歩けるの幅は十分あるものの、視界はあまりよくない。
「気を付けてください、これではどこから魔物が出てくるかわかりません」
「……いや、もう見つけたよ。上」
「っ!? 何だあれ!?」
メリッサに言われて二人も天井を見てみると、そこには石柱に複雑に絡み合った巨大な赤い蛇の魔物がうごめいていた。
泥沼大鬼より細いものの、蛇なので縦の長さは確実に大鬼の比ではない。
しばらくズルズルと動いていた蛇だったが、やがてピタリと動きを止めると、鋭い眼光を放つ巨大な顔がこちらを向いた。
その目を見たエマが叫ぶ。
「マズい! アレはテレキネシス・サーペント……うわッ!?」
しかし、最後まで言い終わらぬうちに、エマの体は目に見えない力に持ち上げられ……吹き飛ばされた。
「エマッ!?」
石柱に叩きつけられたエマは、そのままずり落ちて意識を失ったようだった。
「野郎……! メリッサ、手を貸してくれ!」
「とりあえず、そうするしかないみたいだね」
ルークは拳を、メリッサは剣を構える。
テレキネシス・サーペントは二人を敵とみなすと、低く唸り声を上げた。
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