第7話 火事場の馬鹿力

閃光撃ライトニング・シュート!」


 エマが唱えると、杖から光の球が次々と放たれていった。

 それは泥沼大鬼マッド・オーガの顔に直撃すると、花火のように弾ける。

 眩い光に、思わず大鬼は顔を片手で覆う。


「今です、ルークさん!」


 ルークはその言葉に短く応じると、大鬼との距離を詰めて再び跳躍する。


流星炎メテオ・ブレイズ!!」


 流星気でただ殴るだけでは、そこまでのダメージは与えられなかった。

 では、炎で焼き尽くしてみるのはどうだろうか。


 ルークから放たれた火球は、大鬼の胸部を一斉に焼く……かに見えた。

 しかし、胸部に当たった炎は一瞬蒸気を発すると、すぐに消えてしまった。


「何!?」


「ルークさん! 泥沼大鬼は泥の性質を持つ魔物です! 炎とは相性が悪いかもしれません!」


「くっ……!」


 同じ流体の体を持つスライム・ファイターには通じた流星炎だったが、大鬼には表面を焼く程度のダメージしか与えられなかった。


 大鬼の棍棒を避けながら、ルークは次の行動を思案する。

 流星気で殴るだけでは、ダメージがあまり入らない。

 そして流星炎だと、ダメージがそもそも通らない。


 ルークは今まで、基本的にこの二つのスキルを重点的に鍛えてきた。

 他のスキルも使えるには使えるが、相対的に威力は劣るので恐らくダメージ自体あまり与えられないだろう。

 つまり流星気か流星炎を使って、この状況を打破しなければならない。


 再びエマの元へ後退すると、ルークは尋ねる。


「エマ、何かアイツに特別効くようなスキルとか持ってないか?」


「うーん、強いて言うなら氷結系のスキルが効くかもしれませんが、私は氷結系苦手なんですよね……」


「うーん……」


「とりあえず閃光撃を撃ちまくれば目くらまし程度にはなるんですが、これ以外に有用なスキルがあまり思いつかないです。というか、私が持ってるスキルの中で最高火力が出せるのが閃光撃だったのに……目くらまし程度って……」


「き、気落ちしないでいいから! わかった、エマはそのまま閃光撃を続けてくれ。隙を見つけて何とか俺がダメージを与えていく」


「了解です」


 言い終わった直後、大鬼の棍棒攻撃がルークたちのすぐ近くまで届く。

 ひび割れる地面に肝を冷やしつつ、ルークは大鬼に向かって再度駆け出した。

 しかし、大鬼にまであともう少し、というところで。


「グオオオオ……」


 大鬼の両足が、突然溶けた。

 いや、大量の茶色い汗が流れ出した、と言った方が表現として合っているだろう。

 足から流れ出た大量の体液は濁流となり、ルークたちに襲い掛かった。


「わぶっ!?」


 全身に泥水を浴び、そのまま流されるルーク。

 エマは辛うじて防壁のようなスキルを発動し身を守っていたが、ルークはその横を波に流されていった。

 一瞬で海の浅瀬ほどの泥水が空間に満たされ、それにルークたちは足を取られていた。


 その場に立ってスキルを撃つだけのエマは、比較的攻撃に支障はないが、対するルークは大鬼の周囲を駆け回りながら戦わなければならない。

 その点、泥水に足を取られるというのはとても大きなデバフだった。


「クソッ!」


 ざぶざぶと泥水をかき分け、速足でとりあえずエマの下まで急ぐルークだったが、その前に大鬼の棍棒がエマの頭上にロックオンされる。

 

「逃げろっ! エマ!!」


 焦ったルークは叫ぶが、ただ叫んだところでどうにもならない。

 エマも泥水に足を取られ、歩行スピードがかなり低下している。

 そこに躊躇なく、大鬼の棍棒が振り下ろされようとしていた。


 逃げることを諦めたのか、エマは観念して防壁のスキルを頭上に発動するが、ルークさえ受け止めるのに難儀した攻撃を、エマが受け止めきれるとは思えなかった。

 次の瞬間、鉄槌のように振り下ろされる棍棒。


「エマっ……!!」


 ルークには、落とされる棍棒がスローモーションに見えていた。

 泥水に足を取られてさえいなければ、エマを助けに行けたはず。

 しかし、今や低下した歩行速度で、エマを助けにはいけない。


 どうすればいい。

 一体どうすれば。

 どうすれば……。


『何事も基礎が重要。迷った時も伸び悩んだ時も、まず基礎に立ち戻れ』


 ゼルフの言葉が脳裏を駆け巡ったその時、ルークは最高火力でスキルを発動した。


流星炎メテオ・ブレイズ!!」


 全方向に爆発するように放たれた流星炎は、一瞬で泥水を水蒸気に変えていった。

 そのことでほんの少し、ほんの少しだけルークの足元から完全に水が引く。

 地面を踏みしめると、ルークは続けてスキルを発動させる。


流星気メテオ・オーラ!!」


 超強化された足で跳躍すると、間一髪でエマのところまでたどり着き、棍棒を受け止めた。


「ぐっ……!」


 しかし超強化したとはいえ、先ほど棍棒を受け止めた時と力はそう変わらない。

 違うのは、今のルークにはエマという守るべき対象があるということだった。


「基礎が重要なのは十分わかったよ、爺ちゃん……!」


 流星気と流星炎を地道に鍛え続けた結果出せた高火力……これは紛れもなく基礎鍛錬の賜物だった。

 ルークは全身の筋肉をフル稼働し、ゆっくりとではあるが棍棒を押し返し始める。


「基礎の力でここまでたどり着けたんだ。だったら、後は!!」


 魔力を全て消費する勢いで流星気を発動させ、さらに身体を強化していく。

 ルークは全力を数倍超えた力を、その身に宿した。


「後は、気合と根性だああああああああああ!!」


 一気に棍棒を押し返したルークは、そのまま跳びあがる。


「うおおおおおおッ!!」


 泥沼大鬼、その顔面の中央に、ルークは拳を叩き込んだ。


 ― ― ― ― ―


「……まさか、本当に魔級の魔物まで倒してしまうなんて」


 泥のようにグズグズと溶けていく泥沼大鬼を見ながら、エマは呆気に取られていた。

 完全に大鬼の体が溶けると、中からスライム・ファイターと同程度の大きさの魔石が転がり出てくる。

 それを、ルークはしっかりと掴んだ。


「魔級・泥沼大鬼、攻略完了だ。……疲れたー!」


 魔石を抱えたまま、ドスンとその場に腰を下ろすルーク。


「しかし、魔級を一人で討伐はまだ難があるな。もっと修行しないと」


「こ、これ以上強くなるつもりなんですか?」


「あぁ、勿論。俺が満足したと思える強さになるまでは、歩みは止めないよ。それに」


 ルークは体の近くにそっと魔石を置くと、エマを振り向いた。


「自分の周りにいる人が、自分のせいで危ない目に遭うのはやっぱり嫌だ。仲間ぐらい守れるようにならなきゃな」


「ルークさん……」


 エマはそんなルークを見て思うところがあったのか、少し服の裾を掴む。

 しかし、決心したように顔を上げると、立ち上がってルークに近づいてきた。

 そして、ルークに手を差し伸べる。


「ルークさん、私とパーティを組んでくれませんか!」


「え?」


「私の強さがルークさんと釣り合ってないのはわかってます! でも私、ルークさんのことがどうしても気になるんです。流星竜のスキルを持ってるから……なのかもしれないですけど、でもこんな胸の高鳴りを覚えたのは初めてで。だから、その」


「ほ、ホントにパーティ組んでくれるのか?」


 思ってもないことを言われたルークは驚くが、その誘いにすぐさま乗る。

 街に知り合いがいないルークにとって、一緒に冒険してくれる仲間が出来るのは願ったり叶ったりだった。


 つまりエマは、初めての友達となる。

 ルークはエマの手を取って、素早く立ち上がった。


「え、いやルークさんがもしよければの話で」


「いやいや、俺としても願ったり叶ったりだよ! 俺も仲間が欲しかったんだ」


「そう、ですか? よかった……!」


「じゃあ俺とパーティ組もう、エマ! めちゃくちゃ嬉しいよ!」


 パーティを組めた喜びで、勢いあまってルークはエマに抱きつく。

 数秒後、エマがあわあわしているのに気が付いたので『距離感を間違えたか!?』と焦って飛びのく始末ではあったが。


「ご、ごめん。そっちから抱きついてきてたから、俺からもてっきり大丈夫だと」


「いえ、私は……ダイジョブです……」


 顔をそらすエマを見て少し心配になったルークは、大鬼の魔石を拾ってエマに見せる。


「ほ、ほら! これとスライムの魔石を売れば多少は金になると思うからさ! これで俺たちの装備整えよう!」


「ハイ……」


「え、エマ? 怒ってない?」


「オコッテナイデス」


「なんかちょっとカタコトじゃない!?」


 顔をそらしたまま歩き続けるエマに、ルークは早くもパーティ解散の危機を感じていた。

 この時のエマは気恥ずかしくなっていただけだったのだが、そのことをルークが知ることになるのはずっと後だった。

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