第6話 泥沼大鬼

 ダンジョンの中は薄暗く湿っていたが、壁際に生成されている明かりのおかげで、道筋がある程度分かるぐらいの明るさは保たれていた。


 完全にダンジョンの中へ入ったことでルークは感じていたが、どうやらダンジョンの奥には相当強力な魔物が居座っているらしい。

 ほんの少しながら、殺気が入り口近くにいるルークたちまで届いていた。


「ど、どうします? 引き返すなら今しかありませんよ……?」


「さっきと全然態度が違うな。エマだけ引き返した方がやっぱいいんじゃないか?」


 震えるエマを労わるように声をかけるルークだったが、エマは気丈に首を振る。


「い、いえ。ルークさんが行くというなら私も行きます」


「そうか、くれぐれも無理しないでな。進めなくなったら言ってくれよ?」


 しっかりと念を押した後、ルークはまた歩き始めた。

 後ろからそろそろと付いて来るエマにも気を配りながら歩くこと、五分弱。


 ルークたちが歩いていた道の、壁に描かれていた蛇の模様が突如ぬるりと動き出した。


「ひああああっ!?」


 驚き杖を構えるエマを庇うように、ルークは拳を構えた。


「シュルルルル……」


 壁画の蛇……いや、壁画だった蛇は道を阻むようにルークたちの前に立ちはだかる。

 大きさはクイーン・サーペントと同じほどだったが、体色が濃い紫で、さらに頭に二本角が付いているのが特徴的だった。


「エマ、この魔物は何て奴か知ってるか?」


「し、知りません知りません! ただこの魔力、恐らく上級……その中でも上位に来るほどの強さだと思います」


「そうか。つまり、さっきのスライムより強いってわけだな」


 瞬間、蛇の魔物はルークを避けてエマへ素早いスピードで襲い掛かった。

 それを見て、後方に退避しようとしたエマは思いがけず転倒する。

 しかし、蛇の毒牙がエマに刺さるまでに、ルークが蛇の首を捕まえた。


「狙うなら俺を狙え! このっ!」


 首を抱えたルークは、流星気で強化した体を使って思い切り蛇を締め上げる。

 悶え苦しむ蛇だったが、窒息する直前に二本角から電撃を発射した。


「あがっ!?」


 電撃はルークへ直撃し、その痛みによってルークは蛇を取り落とした。

 素早く蛇は距離を取り、低く唸り声を上げる。


「電撃か、やるじゃないか。じゃあ俺も属性攻撃だ」


 ルークは魔力を変換させ、青い炎……それも、顔面程の大きさがある火球を作り出す。


流星炎メテオ・ブレイズ!!」


 火球は勢いよく発射され、蛇は断末魔を上げる間もなく全身を焼き尽くされた。

 蛇が消滅したのを確認した後、手を軽く払うと、ルークは尻餅をついているエマへ手を差し伸べた。


「大丈夫か?」


「え、えぇ。まさかあんなにあっさり倒してしまうなんて」


「いや、でも一瞬ヒヤッとしたよ。確かにあのスライムより強かった」


「それはそうなんですが……」


 自分の力を飾らないルークに対し、何か釈然としないような表情をしながらもエマは立ち上がった。


「まぁ、ここはまだダンジョンの入り口だ。もっと奥に行けば強い奴も出てくるさ」


 意気揚々と進むルークとは反対に、エマは何だか足取りが重そうであった。

 そこから数十分、ルークたちは先程の壁画の蛇やスライム・ファイターなどに出くわしながらも、ほぼ一瞬で倒していき、やがてさらに深層に続く螺旋階段まで到着した。


「ここからさらに下に降りれるのか」


「気を付けてください。基本的にダンジョンは下層に、あるいは上層になればなるほど強力な魔物が出るとされています。今までみたいにはいかないかもしれません」


「あぁ。気を付けていこう」


 螺旋階段を黙々と降りていくルークたち。

 幸いにも階段の途中で魔物に出くわすこともなく、安全に降りきる。

 そして、螺旋階段から十数メートルほど歩いたところ。


「おぉ……」


 突如開けた視界に、思わずルークは声を上げる。

 今までは精々人が数人通れるほどだった道がぐっと広がり、巨大な空間が現れた。

 壁や天井は岩肌が剥き出しになっていることから、一見すると巨大な洞穴のような印象を受けるが、床には人工的なタイルが敷き詰められている。


「洞窟、というよりは闘技場みたいなところですね」


 エマが周囲をキョロキョロと見渡しながら言う。

 ルークもそれに同意しつつ前を見ると、遠方に巨大な石像を見つけた。


「あれは……?」


 地面に片膝をついている、巨人の石像だった。

 傍らには、巨大な棍棒が置いてある。


「……何だか悪寒がしてきたんですが」


「俺も感じる。あの石像の影響か?」


 慎重とは言えない足取りでルークがすたすた進むので、それを止めようとエマが声を張り上げる。


「ちょっと、ルークさん! 流石にもうここまでにしましょうよ! さっきから怖気が止まらない、おかしいですって」


「……うーん」


 ルークとしてはあの石像が何なのか調べてみたいところではあったが、エマの震え方が尋常ではないため、流石にここで切り上げた方が得策か、と踵を返す。

 ホッとしたような表情をするエマに、ルークは元気づけるように笑いかける。


「よし、わかった。ここまでにしよう。危険なことに付き合わせちゃって悪かったな」


「いえ、いいんです。後は無事に帰ることが出来れば……ッ!?」


 いきなり後ろから鳴り響いた轟音に、ルークが音のした方向を見ると。


「来た道が閉ざされてる……?」


 ルークたちが歩いてきた道には、一瞬で鉄格子が降ろされていた。

 どうやら、この空間に入ったことで何らかのトラップが作動し、退路を断たれたらしい。

 ショックを受けているエマを励まそうと、ルークが駆け寄ろうとすると。


「グオオオオオオ……」


 今度は反対側から、ほら貝のような野太い叫び声が上がる。

 反射的に振り返ったルークは、先ほどの石像がゆっくりと立ち上がるのを目撃した。

 表面に付着していた石の皮膚がパラパラと外れ、巨人は滑りのある茶色の皮膚をあらわにする。


「なんだ、あれは」


「あ、あれってもしかして泥沼大鬼マッド・オーガでは……確か、魔級の魔物です。やっぱりただの石像じゃなかったんですよ! あんなのに攻撃されたら、ひとたまりもありません!」


 「まさか魔級と出くわすなんて!」と絶望からわなわなと顔を震わせるエマに対し、ルークは冷静に聞く。


「エマ、来た道は完全に塞がれてるよな?」


「え、えぇ。逃げ道なんてないですよ! 私たち、ここで殺されるんだ!!」


「待て待て。つまり、アイツを倒せばトラップが解除される可能性もあるんじゃないか?」


「え……? な、何考えてるんですか! いくらルークさんでも魔級は倒せませんよ! 大体、推薦状だって上級だったでしょう!」


「あぁ、そうだな。だけど」


 言いつつルークは、泥沼大鬼に向かってゆっくり歩き始める。


「爺ちゃんの採点はいつも厳しめだったことを……俺は知ってるんだ」


「はぁ!?」


 頓狂な声を上げるエマを後に、ルークは大鬼へ向かって駆け出した。

 大鬼もルークを視認したようで、巨大な体をゆっくりと動かし棍棒を構える。


 鈍重そうな見た目ではあるが、魔級の魔物である。

 何か秘めた能力があるかもしれない、と細心の注意を払いつつ、ルークは拳に魔力を込めた。


流星気メテオ・オーラ!!」


 魔力を流星気に変換し、超強化された拳を振りかぶりつつ、ルークは飛び上がった。

 そしてそのまま、大鬼のどてっ腹に一発ぶち込む。


「うおおおッ!!」


 大鬼は、いきなりの攻撃に棍棒でガードするも、少しよろめいてしまう。

 しかし、あくまでも『少しよろめいてしまう』程度だった。


 今までルークの流星気は、ほとんどの場合かなりのダメージを魔物に与えていたはずだった。

 それが、大鬼は今や体勢を立て直そうとしている。


 今まで戦ってきた上級魔物と、泥沼大鬼という魔級魔物。

 その大きな実力差を、ルークは今の一撃で十分すぎるほど感じ取っていた。


「……マズいな、これは」


 地上に降り立ったルークを追撃するため、大鬼は拳を振り下ろす。

 それを正面から受け止めるルークだったが、大鬼の強大な膂力に、思わず片膝をつく。


「ぐっ、クソ!」


 ルークは棍棒を受け止め続けるので精一杯だった。

 逆転の方法を潰される前に早く考えなければならない。

 何かないか、何か、何か……。


閃光撃ライトニング・シュート!」


 突如聞こえてきたエマの声と共に、大鬼の攻撃が少し緩む。

 その隙に、ルークは棍棒を跳ねのけて素早く退避した。

 見ると、エマが光を放つ杖を構えている。

 恐らくスキルを放って助けてくれたのだろう。


「ルークさん! 魔級相手に一人で戦うなんて言わないでください! 私だって、囮役ぐらいにはなれます!」


「エマ……」


 震えながらも声を張り上げるエマに、ルークは助けられた。

 今まではずっと一人で戦ってきた。

 そんな訳はないのに、一人で戦うことこそが、戦士としての正しいあり方だと思っていた。


 しかし、仲間がいるなら一緒に戦えばいい。

 ルークはエマをちらっと振り返ると、また大鬼の方を向いて拳を構えた。


「頼む。一緒に戦ってくれ、エマ!!」

「はい!!」


 ルークとエマによる、泥沼大鬼・協力討伐作戦が幕を開ける。

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