第5話 初めての依頼

「それにしても、本当に何も装備しないでよかったんですか?」


 スライム・ファイターを探すため森の中を歩きながら、エマはルークに尋ねる。


「あぁ。プリズム・ベアーを倒した時だって何も装備してなかったろ? あれぐらいの敵なら鎧や武器がなくても大丈夫な気がする。それに俺は、徒手空拳で身軽に戦う方が性に合ってるんだ」


「そんなもんですか……」


「まぁ、武器の方はいずれ何か探すかもしれないけどな。防具は当分いいや」


 草木をかき分けつつ、ルークたちは依頼書に書いてあったスライム・ファイターの目撃場所まで歩いていく。


 ゼルフの下でクイーン・サーペントを倒した時から薄々感じてはいたが、どうやらルークはこの世界ではかなり戦える方らしい。

 ベテランに与えられる称号である上級を、ゼルフの推薦状で一発獲得出来たところからもそれは明らかだろう。


 そんなルークを後ろから追いかけながら、エマは感心したように言う。


「推薦状といい、ルークさんってかなり実力のある人だったんですね。上級の魔物を一撃で倒したり、竜の魔力が体に流れてることからただ者ではないとは思ってましたが」


「はは、小さいころから爺ちゃんに鍛えられてたしな。天級の冒険者に鍛えられたら、流石に誰でも強くなるさ」


「そう……なんですかね? でも、天級の修行に付いていく根気があるだけでも、私はすごいと思いますよ」


 他愛もない会話を交わしつつ、やがてルークたちはスライム・ファイターの目撃場所へとたどり着いた。

 そこは、森の中でも開けた場所で、中央には小さな泉があった。

 暖かい陽光が差し込み、小鳥たちがさえずっている。

 見渡した限りでは、スライムのような魔物はいなかった。


「この辺りを探せば、件のスライムと会えるかな?」


「どうでしょう。既に移動している可能性もあるかも。一応周りを詳しく探ってみて、いなかったら別の場所を探しに行きますか」


 二人は手分けして、周囲の茂みを覗き込んでみたり、木々を登って探してみるが、スライムらしき影はどこにも見当たらない。


「目撃場所がここって言うから、てっきりここが住処なのかと思ったけど違うみたいだな。違う場所探してみるか」


「そうですね……えっ!?」


 エマと向き合って話していたルークは、突如彼女の顔が驚愕したのを見て眉をひそめる。


「どうしたんだよ、エマ」


「ルークさん、う、後ろ!」


 言われて振り返ると、そこには。


「な、なんだこりゃ」


 湖がルークたちの背丈の数倍にも隆起し、人の形を形成していた。

 そしてその人形の顔は、ルークたちを凝視している。


「ど、どうやらこの湖全体がスライムだったみたいですね。これは一旦に、逃げた方がいいんじゃ」


「いやいや、見つかったんなら好都合だよ。ここでブッ倒そう」


 直後、巨大なスライム……スライム・ファイターは右手を振るってルークたちが立っている場所へと叩きつけた。

 間一髪でルークはエマを抱え、少し離れた所へジャンプして回避する。


「あっちもやる気満々みたいだ。エマ、俺が戦うから木の陰にでも隠れててくれ」


「は、はいっ!」


 エマが後方に下がるのを見送った後、ルークは全身に流星気メテオ・オーラを発動させる。


「さぁ、来いよスライム!」


「……!!」


 スライムは無言で両腕を振るうと、ルークを両手で圧し潰そうとした。

 しかしそれをルークは軽々と受け止める。

 だが。


「うぷっ!?」


 今までは腕として固まっていたスライムは、ルークが受け止めた直後に流体となり、ルークを完全にスライムで包んでしまった。


「ル、ルークさん!」


 焦った声でエマが呼びかけるも、ルークは落ち着いて魔力を練る。

 そして、練った魔力を一斉に炎へと変換させた。


「……ッ!?」


 スライムはあまりの熱量に両腕をルークから放す。

 しかし、腕の半分ほどはルークの流星炎メテオ・ブレイズによって蒸発させられていた。


 流体のままではルークに蒸発されてしまう。

 そう判断したのか、スライムは一気に形を変え、全身が一本の巨大なハンマーとなり固まった。

 恐らく固まった状態は外側を魔力で覆っているため、ある程度の強度があるのだろう。

 ハンマーとなったスライムは、勢いよくルークの頭上へ落ちてくるが。


「うおおおッ!!」


 ルークは流星気で強化した腕で、ハンマーの面を思い切り殴る。

 すると、ハンマーの魔力コーティングが破れ、中から大量のスライムが一斉に噴き出してきた。


「今だ、流星炎!!」


 強力な流星炎はスライムの中心部まで一気に届き、内側からスライムのほぼ全てを焼き尽くしてしまった。


「すごい……!」


 エマが驚嘆の声を上げた後、スライム・ファイターの核はゆっくりとルークの近くまで転がってくる。

 大きさとしては小ぶりなスイカほどだろうか。

 このスライムの核……魔石を持ちかえれば、依頼が完了になり報酬が手に入るようだった。


「ふー、一丁上がりかな」


 よっこらせ、と魔石を懐に持つルークへ、エマは駆け寄る。


「すごい、すごいですよルークさん! 上級の魔物をこんなにあっさり。もしかしてもう、上級じゃなくて魔級レベルはあるんじゃないですか?」


「いや、どうだろうな。爺ちゃんから推薦されたのが上級なら、上級が今の俺には一番相応しいってことだろうし」


「そうですかね? こんなに依頼があっさり終わるなんて思ってなかったです……じゃあ、街に戻ります?」


「そうだな……いや、待って」


 魔石を小脇に抱えて帰ろうとしたルークだったが、その直前にとあるものを見つける。

 今しがたスライムが入っていた泉だったが、その中心に奇妙な円形の線が入っていた。


「あれ、何だろう」


 指差してエマに聞くとどうやら気づいたらしく、元・泉の傍まで近寄って覗き込んだ。


「何でしょう。地面に切れ込みが入ってる……? あれってまるで」


「まるで?」


「お風呂の栓みたいじゃないですか?」


 トンチキな返答にルークは少し苦笑しつつも、しかし言われてみれば確かに、という感じの切れ込みである。


「確かめてみるか。エマ、悪いけどちょっとこれ持っててくれ」


 エマに魔石を預けると、ルークは元・泉の中心部まで歩いていく。

 円形の線は、人ひとりが中に入れるほどの大きさだった。

 その外側から、ルークが強く地面を蹴ってみると。


「おわっ!」


 ボコっと、円が外れるように地面が崩れた。


「大丈夫ですか、ルークさん?」


「いや、大丈夫。だけど、これは……階段か?」


 中を覗き込んでみると、どうやらさらに地下に続く階段が設置されているようだった。

 エマも魔石を鞄にしまうと、そろそろとルークの近くまで歩いていき、中を覗く。


「これって、もしかして新しいダンジョンじゃないですか!?」


「ダンジョン? ってあの、世界中に自然発生する建造物の?」


「ええ。ここは街から近いですけど、スライムの住処の真下が入り口だったので、今まで気づかれなかったのだと思います。とにかく、これは一度帰ってギルドに報告しないと」


 「新ダンジョン発見の報奨金が出るはずですよ!」とウキウキしているエマの横で、ルークは何も言わず階段を降りようとする。

 しかし、当然それはエマに止められた。


「な、何やってるんですかルークさん!? そんな難易度もわからないダンジョンに入ったら危ないですよ! いったん帰りましょう?」


「あぁ……わかってる。わかってるんだけど、一度俺の実力がどこまで通用するか試しておきたいんだ」


「な、何を言って……」


「俺は今よりも、もっと強くなりたい。だから楽々勝てる相手じゃなくて、倒せる奴の限界値を知っておきたいんだよ。出来るだけ早く」


 今のルークは、上級の魔物程度なら勝てる強さを持っている。

 その強さは、ルークにわずかではあったが『自信』を与えていた。


 だから、ルークが次に試したかったのは、どこまで己の強さが通用するか。

 そして、次に目指す強さの目標はどのくらいか、ということだった。


「エマはここで引き返して、ギルドに連絡してくれ。大丈夫、ヤバくなったら逃げるからさ」


「……いえ、私も行きます」


「え?」


「ルークさんだけを危険な目に遭わせられません。私は足手まといかもしれませんが、逃げる時間くらいは稼げるはずです。一緒に行きましょう」


 並々ならぬ決意を持ってルークを見つめるエマの瞳に気圧され、ルークは押され気味に頷いてしまった。


「じゃあ、行くか」


 二人は、暗い地下迷宮に向かって足を踏み出した。

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