第4話 メイラス

「ここです、私が泊ってる宿。安いし綺麗で良いとこなんですよ」


 街に入ったルークは、早速エマに宿を案内してもらっていた。 

 ルークの目の前に建つ宿は、周囲の建物と比べると少し小さめなものの、確かに手入れが行き届いており小洒落た雰囲気を出している。


 早速二人は中へと入り、受付を済ませた。

 とりあえずルークは、ゼルフから与えられた路銀で一週間分の宿代を払っておく。

 そのまま宿の主に案内され、ちょうど空いていたエマの部屋の隣室に通された。


「おぉ……!」


 とりあえずベッドの横に雑のうを置き、部屋の窓を開けると、街の通りがとてもよく見えた。

 開放的な景色に、思わずルークは感嘆の声を漏らす。


「ね? いいところでしょう。地下に食堂もあるんですよ」


 振り返ると、エマがドアの脇に立っていた。


「あぁ……ありがとう。あと、ついでにもう一つ教えてもらいたいんだけど」


「なんでしょう?」


「ギルドってどこにあるかわかるかな? 俺、冒険者になりたくて」


 家を旅立つ前、ルークはゼルフにとある書類を渡されていた。


『ルーク、これは儂からの冒険者推薦状だ。これをギルドに見せれば、恐らくお前は上級の冒険者になれる。普通、冒険者は下級からスタートするが……お前は既に上級以上の力を持っている。上級から始めても大丈夫だろう』


 そう言われながら、雑のうに書類を捻じ込まれたのだ。


「ギルドですか? 案内しますよ。実はさっき、私も依頼の途中だったので報酬を貰いにいかないといけないんですよね」


 どうやら、先ほどエマは森で下級魔物の討伐を行っていたらしい。そこで運悪くプリズム・ベアーに襲われ、そしてルークに助けられたのだ、と説明した。


「では行きましょうか!」


「頼む」


 エマの案内の下、ルークは宿を出て冒険者ギルドへと向かった。


 ― ― ― ― ―


 「着きました! ここがギルドです」


 人通りの多い道をせっせと歩くと、二人はギルドへとたどり着く。

 先ほどの宿の数倍は大きい建物で、周囲と比較してもかなり目立っている。


「メイラスのギルドは、王都のギルドと比べてもそん色ないらしいですよ。多くの依頼を受け付けてるので繁盛してるらしいです」


 エマはルークに説明しながらドアを開ける。

 ギルドの中は広々とした空間で、どうやら一階は酒場と併設されているらしい。

 武装した冒険者たちが、ガサツな笑い声を上げながら酒を酌み交わしていたり、その横では地図を広げて何やら相談しているパーティもいる。


 エマに聞くところによると、二階より上では冒険者用装備を売っている店も入っているのだとか。

 初めて見るものばかりだったので、ルークは興奮しつつも受け付けに歩いていく。


「メイラス・ギルドへようこそ。何か御用でしょうか?」


 にこやかに応対する受付嬢に対し、ルークは懐から推薦状を取り出した。


「ゼルフ・ストレイルからの推薦状を持ってきました。俺、冒険者になりたいんです」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 受付嬢はそう言うと、カウンターから出て奥へと歩いていった。


 待つこと五分弱。

 受付嬢は一人の杖をついた老人を連れて戻ってくる。


「お待たせいたしました。こちら、弊ギルド所長のゾウス・フィンデガーです」


「君がルーク君かね? ほっほ、よろしく」 


 温厚な笑みと共に片手を差し出すゾウスに対し、ルークは手を取り挨拶する。


「初めまして。ルーク・ストレイルと言います」


「ゼルフからの推薦状、読んだよ。まさかあのゼルフにまだ子供がいたとはな。君を上級冒険者として登録しよう」


「本当ですか? ありがとうございます!」


「な、な……!」


 隣で口をパクパクさせながら驚いているエマに気付いたルークは、疑問を投げかける。


「どうしたんだよ、エマ」


「い、いえ、飛び級で冒険者になる人を初めて見たので……ルークさんって、すごい人だったんですね」


「俺はそんなすごくないよ。どっちかというと、すごいのは推薦状を書ける爺ちゃんさ」


 ルークの返答に、ゾウスは頷く。


「ルーク君は、ゼルフが冒険者だった頃を知っているのかね?」


「いえ、詳しくは。かなり強いというのは聞いていますが」


「そうか。ゼルフは十五年ちょっと前まで冒険者をやっていてね。冒険者のランクの中でも『天級』、上から二番目のランクだったんだ。この街の危機も、何度彼に救ってもらったかわからん」


「そんなに……通りで修行が厳しかったわけだ」


「て、天級!? 天級って世界中に百人ほどしかいないっていう、あの!?」


 続けざまに驚いているエマをちょっとおかしく思いながら、ルークは祖父の顔を思い出す。

 一日たりとも休まず稽古をつけてくれたゼルフ。

 ゼルフの厳しさは、彼自身の実力から来ていたものだとやっと納得がいった。


 冒険者や魔物には、それぞれ六つの強さの階級がある。

 駆け出し冒険者やザコ魔物の『下級』。

 冒険者なら中堅として活躍する『中級』。

 一般的にはベテランとして扱われ、魔物もかなりの強さを持つ『上級』。


 ベテランを超えた一握りの才能を持つ者のみが上がれる『魔級』。

 人でも魔物でも一度現れれば、歴史書にも名前を刻む可能性がある『天級』。

 長大なこの世界の歴史の中で、数えるほどしか現れなかった最上級の強さを有する『星級』。


 これが、この世界の強さの基本的な序列だった。

 ちなみに、ルークが操るスキルと同じものを持つ流星竜は、最低でも魔級以上の強さを持っているらしい。


「とにかく、君は今日から上級冒険者だ。精を出して依頼に励んでくれ」


「ありがとうございます……!」


「では、儂は執務室に戻るよ」


 ヨボヨボと執務室に戻っていくゾウスを見送りながら、ルークは今後どうしていくべきか思案する。


 とりあえず、ルークの最終目標は『世界中を巡り、様々な経験を積むこと』である。

 その過程で強さや幸福を得ることもあるだろう。


 しかし、世界中を巡るにはまだ、ルークには圧倒的に金が不足していた。

 そのため、しばらくはこの街で金を稼ぐことにした。


 とりあえず流れを確認するために、試しに一つ依頼を受けてみよう。

 そう考えたルークは、再度受付嬢に尋ねる。


「上級用の手軽なクエストって何かありますか? さっきプリズム・ベアーを倒したんですけど、それと同程度ぐらいの難易度がいいです」


「……でしたら、こちらの『スライム・ファイター討伐』などはいかがでしょう? ルークさんほどの実力なら簡単だとは思いますが」


「お、じゃあそれ頂きます」


 ルークは依頼書を発行してもらい、早速依頼を開始した。

 その時、傍らに立っていたエマがおずおずとルークに声をかける。


「あの、ルークさん」


「うん?」


「もしよければ、私もついていっていいですか?」


「え、いいけど……どうして?」


「私、ルークさんのスキルがかなり気になってるんです。あのドラゴンの匂いのする奴。もっと近場で拝みたいなと思って」


「お、おう。わかった」


 『やたら理由が変態的だな』という気持ちは心の中に閉まっておいたルークは、エマと一緒にギルドを出た。


 昨日まで草原をのんびり歩いていたのが、今日は森に入ってエマを助け、さらに街に着いて宿を確保、ギルドで冒険者にもなった。

 目まぐるしく動く一日にルークは少し疲れを感じながらも、それでもかなりの充実感を覚えていた。


 まだ日が沈むまでは時間がある、依頼をこなして今日という一日を気持ちよく終えよう。


「それじゃあスライム討伐、行くか!」


「お供しますー!」


 軽い足取りでルークとエマは街中を駆けていく。

 ルークにとって初めての冒険者稼業が、始まるのだった。

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