第3話 ドラゴン偏愛少女

 ゼルフの家を旅立ってから、約一週間弱。


「そろそろ食料が尽きてきそうだけど……これ本当にもうすぐ街に着くのか?」


 ルークは随分軽くなった雑のうを背負いつつ、不安気に言葉を漏らした。

 ゼルフの家はどうやらかなりの辺境にあったらしく、そこから歩いても歩いても平野が続くばかりだった。


 ゼルフからは『食料が無くなる頃には街に着くだろう』と言われていたものの、いざ無くなりそうになると距離の目安よりも不安の方が先に来てしまう。


「まぁ、とりあえず歩くしかないか」


 後先考えてもしょうがない、とひたすら街がある方向を目指してルークは歩いていく。


 やがて、昼休憩を終えて再び歩き始めた矢先、ルークは遠方に生い茂る木々を視認した。


「あれは……森か?」


 今まではだだっ広い草原が続くばかりだったので、やっと景色が変わるものが来た、とルークは少し嬉しくなった。

 そのまま体感で一時間と少しほど歩き続けると、森の入り口に到着する。


「確か……なるほど、この辺りね」


 念のため森の場所を確認しておこうと、地図を取り出すルーク。

 地図によると、森はルークが目指していた街・メイラスの西側を覆うように存在しているらしい。

 つまり、森を抜ければすぐ街に着くということになる。


「もう少しみたいだし、頑張って歩くか! 今日中には到着できるだろ」


 残りの距離が見えてきたことで再び気力が戻ったルークは、軽い足取りで森に入った。


 森の中は、木々のざわめきがとても心地いい。

 道の大部分が木々に覆われて影になっているので、爽やかな涼しさを感じていた。


 反面、魔物と出くわすかもしれないとも思っていたが、ルークの目の前にはあまり現れることはなかった。


「お、スライム」


 そして、たまに魔物を見つけても特にこちらを襲ってくるようなことはない。

 どうやら、この森にいる魔物とルークの強さには、相当な開きがあるらしい。

 力量の差を魔物たちも直感的にわかっているのだろう。


 しかし、それはあくまでも『ルークと魔物たち』の関係である。


「キャアアアッ!?」


 突如聞こえてきた悲鳴に、ルークは弾かれたように顔を上げた。

 恐らく、どこかで人間が魔物に襲われている。

 ルークは悲鳴のした方へ向かって走り出した。


 茂みをかきわけつつ風のように走っていくと、やがて開けた場所に出る。

 そこには。


「グオオオオッ!!」


「ひっ!?」


 巨大な熊のような魔物と、それに怯える少女の姿があった。

 魔物は熊のような体に、背中から二本の巨大な結晶が生えている。

 そして両腕には鎖のような腕輪……どうやら魔物は、上級の『プリズム・ベアー』らしい。


 対して少女は、足がすくんで動けないのか、地面に倒れている。

 プリズム・ベアーはそんな少女に今にも襲い掛かろうとしていた。

 悩んでいる暇はない。


流星気メテオ・オーラ!!」


 ルークは身体を強化すると、プリズム・ベア―に向かって勢いよく飛び蹴りを放った。


「グアッ!?」


 胴体に蹴りがめり込んだことで、ベアーは瞬く間に吹き飛ばされ、木々を数本へし折りながら突っ込むと沈黙した。

 サラサラと形が崩れていくのを見るに、恐らく一撃で倒したのだろう。


 魔物は基本的に、倒されると粒子となって消滅する。

 そして核となる『魔石』のみがこの世界に残されるのだ。

 魔石は魔力を帯びているため、魔道具に使用することができる。

 そのことから、冒険者は基本的に魔石を売って生活の足しにしていた。


「おい、大丈夫か!」


 ルークは少女に駆け寄り、助け起こす。

 少女は冷や汗をびっしょりかいて辛そうな様子だったが、特に目立った外傷はなかった。


 肩までかかる赤い髪に、パンツスタイルの軽装が特徴の少女だった。手には長い杖を持っているので、恐らくそれでスキルを使用するのだろう。


「あ、ありがとうございます。まさかこんなところで上級の魔物と出くわすとは思ってなくて……」


 ルークに体を支えられながらゆっくり立ち上がった少女は、ルークに向き直ると頭を下げた。


「いやいや、間に合ってよかった」


「よければ今度、また改めてお礼を……はうあっ!?」


 しかし突然、少女は何かに驚いて身を硬直させた。

 また魔物が現れたか、とルークは素早く周囲を見回すが、どうやらそんなことはないらしい。

 では何故……と少女を再び見ると、突然。


「わっ!?」


 少女はルークをがっちりと掴んだ……いや、抱きしめた。

 生まれてから初めて異性と接し、そしていきなり抱きつかれたことで、ルークは赤面しながらも困惑する。


「ど、どうしたんだよ!?」


「すーーーーっ、はぁーーーーっ」


「ななな何やってんの!?」


 いきなりルークの体を吸い始めた少女は、しばらくそうやってルークにぴったりと引っ付いていたものの、やがてゆっくりと離れる。

 「へ、変な奴を助けてしまった……」とルークが思っていると、少女は誤解を解くように弁解し始めた。


「す、すみません。あなたから強いドラゴンの匂いがしたもので……つい」


「ど、ドラゴンの匂い?」


「はい。私、小さいころからドラゴンが好きで。最近まで、世界中を回って色々なドラゴンを見てきたんです。それでドラゴン特有の匂いというのが何となくわかるように……すみませんもう一回吸ってもいいですか!?」


「いや、ちょっと!?」


 止める暇もなく、もう一度抱きつかれるルーク。

 力づくで引きはがすのも何か気が引けるので、ルークはしばらくされるがままになっていた。


 しかし、初めて出会った女性がこうも変わった人間だとは。

 というか変態だったとは。


「はぁーーーーっ……ありがとうございます、落ち着きました」


「お、おう」


「でも、何であなたからドラゴンの匂いが? それに、さっき使ってたスキルは確か流星気ですよね。私も一度だけ見たことがあります。あれは流星竜専用スキルのはずでは?」


「あ、あー。えっと、何故か俺は小さい頃からこのスキルが使えたんだよ。ホント、何でかはわからないけど」


 ジロジロ見つめながら聞かれたので、しどろもどろになりつつ説明するルーク。

 それを少し怪しげに見ていた少女ではあったが。


「ふーん、まぁいいです。そういえば申し遅れてましたね。私はエマ・ライズノーツ。改めて、助けて頂いてありがとうございました」


「いやいや、気にするほどじゃない。俺はルーク。ルーク・ストレイルだ」


 ルークは少女……改めエマに、本名を名乗る。

 『ストレイル』というのはゼルフから受け継いだ性である。


「……ストレイル? どこかで聞いたような姓ですが」 


「そうなのか? 同姓で有名な人でもいるんだろうか」


「うーん、うーん……思い出せないですね。それはそれとして、もう一回吸わせてもらってもいいですか!?」


「この流れで!? また!?」


 三度目の『ルーク吸い』を始めたエマに対して若干恐怖を抱きながら、ルークは今後のことを考える。


「とりあえず、俺はこのまま街に向かうけど、エマはどうするんだ?」


「街ってメイラスですよね? 私、メイラスに泊ってるんです。旅の途中で路銀が少なくなっちゃって。何なら、案内しましょうか?」


「おぉ、助かるよ! よろしく」


「いえいえ。それに私も、流星竜のスキルを使える人間なんて見たことないですし、少しあなたを観察したい気持ちがあるので」


「観察て。俺は研究対象か」


「そんなところですかねー」


「否定しないんかい!」


 やがてルークから離れたエマは「こっちです」と森の出口に向かって案内を始めた。

 そこから歩くこと三十分弱、ついに木々に阻まれていた視界は開ける。

 そこでルークが目にしたものは。


「うおおおおっ! これが街かー!!」


 ルークの眼下に広がるのは、建物がズラッと続く巨大な街だった。

 どうやら森から少し下ったところに街があるらしく、森の出口から一望できるようになっている。

 

「あれがメイラスです。この王国の中で四番目に大きな街だそうですよ」


「すっげー……俺、街を見たの初めてだからさ、こんなに大きいとは思ってなかったよ」


 事実、ルークはずっとゼルフと二人暮らしをしていたので、街を見たことはなかった。

 あの人工的に整えられた場所に、多くの人々が住んでいる。

 その事実が、ルークを興奮させていた。


「ではとりあえずここから降りましょうか。ルークさんも泊まる場所が必要でしょう? 案内しますよ」


「ありがとう、エマ。恩に着るよ」


 二人は軽く談笑しながら街へと下りていく。

 この数分後、ルークは街中で再びエマに抱きつかれて恥ずかしい思いをするのだが、未だ知る由もなかった。


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