第2話 15になったある日

 ゼルフを師匠としてから、ルークの魔力操作・スキルの練度はめきめきと上達していった。

 ルークはゼルフのことをただの冒険者だと思っていたが、どうやら言葉の端々から察するに、冒険者の界隈では中々有名な人物だったらしい。


 そしてそれは、修行の厳しさにも表れていた。

 ゼルフの徹底的なスパルタ教育の下で、ルークはたゆまぬ鍛錬を続けた。


「おい、また魔力が乱れとるぞ。もっと体に沿うように無駄なく循環させんか」


 ゼルフに活を入れられたルークは、姿勢を正してより集中し、魔力を自分の体表に纏わせる。


 ゼルフに教えを請うてから、既に四年……つまりルークは十一歳になっていた。

 体つきも段々と良くなり、それに伴って身体能力も上がったルークだったが、同時に魔力操作も七歳の頃とは比べ物にならないほど上達していた。


 それもこれも、師匠であるゼルフが正しい方向性の努力を叩き込んでくれたおかげである。

 

流星気メテオ・オーラ!」


 体表の透明な魔力を、青いオーラへと変換させる。

 それはまるで、薄い炎のようにルークの体を包んでいた。

 青いオーラを纏ったルークは、大木に素早く蹴りを入れる。


「はぁッ!」


 すると、まるで小枝のように大木は真っ二つに折れてしまった。


 ルークが纏っているオーラ、『流星気』は流星炎メテオ・ブレイズと同じく、流星竜が扱う基礎的なスキルの一つらしい。

 体に纏うことで、身体能力を向上させるというシンプルな能力だ。


「身体能力の上昇もかなり出来るようになったな。中級の魔物程度なら、今のお前はわけなく倒せるだろう」


 ルークにタオルを差し出しながら、ゼルフはそう言った。


「ありがとう爺ちゃん。……もっと練習したら、他のスキルも色々と使えるようになるかな?」


「あぁ、儂が教えよう。とは言っても、お前はまず流星気と流星炎を完璧に使いこなせるようにした方が良いがな。沢山の技を覚えて器用貧乏になるより、デカい強みを一つか二つだけ持っている奴の方が、大抵は強いもんだ」


 汗を拭いつつ、ルークはゼルフの言葉を素直に聞き入れる。

 ゼルフの教えは感覚的と言うより、何事も特定のロジックに則っていた。

 そのため、ゼルフのみならず他人に対しても再現性が高い。

 四年間修業を続けてきたルークは、それがわかっていた。


「わかった。とりあえず徹底的に基礎を練習すべきってことね」


「その通りだ。何事も基礎が重要。迷った時も伸び悩んだ時も、まず基礎に立ち戻れ」


 何を言っても基礎、とにかく基礎。

 ゼルフの教えは、ルークにとって深く根ざすものとなった。


 そして、修行の日々はあっという間に過ぎ去り……十一歳からさらに四年と少しの時が経つ。


 ― ― ― ― ―


 目の前にいる巨大な蛇の魔物を、ルークは睨み据えていた。

 蛇の魔物、名称は『クイーン・サーペント』。

 山の中にいる魔物で最も強い、上級の魔物である。


 最近、この魔物が動物たちを乱獲しているせいで、狩りの成果が幾分少なくなっていた。


「シャァーッ!!」


 クイーン・サーペントは体勢を低くすると、一気にルークへ向かって襲い掛かった。

 しかしその突進攻撃を、ルークは軽々と避ける。

 さらにサーペントは素早い動きでルークを取り囲む、が。


流星炎メテオ・ブレイズ!!」


 ルークはサーペントに向かって青い炎を放射した。


「ギャアアアアッ!?」


 あまりにも高火力なその炎に、もだえ苦しむサーペント。

 その隙を、ルークは見逃さない。


流星気メテオ・オーラ!!」


 のたうち回るサーペントに向かって飛び掛かり、オーラで強化された拳を振り下ろす。

 すると、サーペントは短い断末魔を上げた後、ゆっくりと倒れた。


 地面に降り立ったルークが一息ついていると、後ろからゼルフが近寄って来た。


「やはり、今のお前は上級までなら軽々倒せるようだな。おめでとう、ルーク。儂から教えることはもう何もない」


「爺ちゃん……」


 ねぎらうように声をかけるゼルフに対し、ルークは感慨深げにゼルフの顔を見つめていた。


 ルークは十五歳になった。

 七歳の時から約八年間、絶えず鍛錬を続けてきたルークだったが、ついに今日、ゼルフから免許皆伝の許しを貰ったのだ。


「儂から教えることは何もない……とは言ったが、これからは自分で強くなる方法を見つけなさい。一定のレベルに達したものは、そこから自力で強くなっていかねばならない。大丈夫、ルークならきっと出来ると信じておるよ」


「自力で……わかった、ありがとう爺ちゃん」


「うむ。伸び悩んだ時は」


「基礎に立ち戻れ、でしょ?」


「ちゃんとわかってるようだな。よろしい」


 山から下りながら、そんな会話をルークはゼルフと交わす。

 そしてその間、ルークはちょっとした感傷を覚えていた。

 何故ならば。


「爺ちゃん……俺、そろそろここから一人立ちするよ」


「そう言うと思ったよ。若造がこんな田舎で人生を食い潰すようなことがあっては、儂も悲しいからな」


「うん。俺はもっと色んな世界を見てみたい。沢山の人と出会って、沢山の景色を見て、自分の生き方を決めたいんだ」


「わかっとる。お前が読んでた本は全て、人の内面ではなく外の世界を記す書物だったからな。それがお前の願いなら、儂もそれを応援するよ」


「うん、うん……ありがとう、爺ちゃん」


 ゼルフが先だって歩いているので、ゼルフからルークの顔は見えない。

 ルークは生まれて初めて、感傷から来る涙を流していた。


 今までの生活を振り返るたび、一生分の忘れられない温もりをゼルフから与えられてていたことに気付く。

 ゼルフは師匠でもあるが、やはりそれ以前にルークにとっての親だったのだ。

 

「……爺ちゃんに会えて、俺は本当に幸せだったよ」


「ん? 何か言ったか」


「いや、何でも。いつ旅立とうかなーって言っただけだよ」


 振り向いたゼルフに気付かれないよう涙を素早く拭って、ルークは笑顔を取り戻した。


 ― ― ― ― ―


「よし、荷物は全部持ったか?」


 一週間後。

 ルークは街へ旅立つため、大きな雑のうを背負っていた。

 中には着替えや食料、路銀や地図などが入っている。


「うん。そんなに一々聞かれなくたって全部入れてるよ」


「お前はたまにそそっかしいところがあるからな。確認しておかないと気が済まない」


「へいへい」


 家の前で、ルークはぐるっと周囲を見渡す。

 家の横には畑、その裏には大きな山。

 そして反対側にはどこまでも続く草原。


 これからルークは、この草原を歩き続けなければならなかった。


「うむ、それじゃあ行ってこい。達者でな」


「割とあっさりしてるな。それじゃあ行ってきます、爺ちゃん」


 手を振るゼルフに軽く振り返してから、ルークは草原を歩き始める。

 少しずつ、少しずつではあるがゼルフとの距離が離れていく。

 そして草原の向こうには、輝かしい未来が待っている気がしていた。

 

 しかし、しばらく前だけを向いて歩いていたルークだったが、ふと立ち止まる。

 振り返ると、ゼルフはまだ家の前に立っていた。


「……ここでスパッと前を向けたらいいんだけどな」


 瞬間、ルークはもう一度ゼルフに向かって走り出す。

 驚いた表情のゼルフに、ルークは駆け寄って抱きついた。


「ど、どうしたんだルーク?」


「爺ちゃん……爺ちゃん!! 俺、爺ちゃんに拾ってもらえてよかった!! 爺ちゃんの子供でよかった!! 爺ちゃんとの生活、すっげえ楽しかった!!」


 抱きついた瞬間に溢れ出した涙を拭うこともせず、ルークはゼルフをきつく抱きしめる。

 ゼルフは少し困惑していたものの、やがてゆっくりと抱きしめ返した。


「あぁ。儂もお前との生活、楽しかったぞ。お前との思い出は、儂の宝物だ」


「爺ちゃん……! 俺、街に出て行っても爺ちゃんのことは絶対忘れないから!! たまには帰ってくるから!! だから、本当に、本当に……!!」


 最早言葉が纏まらず、ただ涙を流すルークの背中を、ゼルフは優しくさすり続けた。


 その日、ルークは予定より一時間遅れでゼルフとの別れを終えた。

 ここからルークの人生、第二のステージが始まる。 

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2024年11月30日 07:11

流星竜の転生者〜世界最強ドラゴンのスキルを使える俺、冒険者として強さの果てを目指す〜 箱庭織紙 @RURU_PXP

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