第2話 なんでもお世話するわね

――――啓一の部屋。


♪ チュンチュン、チュチュチュン。

(ベランダから聞こえる小鳥のさえずり)


「おはよう~」


 啓一はまだ起きない。


「優香はどうキミのこと、起こしてるのかなぁ? 身体に触れて起こしてる? それともくすぐったりしてるのかな?」


♪ ふう~、ふう~。

(祥子が啓一の耳元で息を吹きかける音)


「どう? まだ起きないのかしら? もしかして、優香はキミにお目覚めのキスとしてるのかなぁ? ふふっ、私の知らないところで二人は進んでいるのね」


 祥子は時計を見て、まだ出発するまで余裕があることを確認する。


「じゃあ、私はお腹をぽんぽんしてあげながら、起きるまで横で見守ってあげるわね」


♪ サーッ。

(捲れた布団を直す音)


「優香ったら、こんなに優しそうな寝顔の子なのに、ちょっとしたことで起こっちゃんだもんね。キミはぜんぜん悪くないのに。キミみたいな子を放っておくと、悪い虫がついちゃうかもしれないのにね、ふふっ。早く二人が仲直りしますようにっと」


 啓一がゆっくりと目を覚ますが、目の前に優香ではなく祥子がいて驚く。


「おはよう~。キミがなかなか起きないから、起きるまで待っていたの~。私がなんで家にいるのかって? あれ~? 優香から聞いていなかった? 合い鍵借りたってこと……」


 啓一は念のため、スマホを確認するが優香からの連絡はなかった。


「ごめんなさい……勝手にキミの部屋に入ってきちゃって……優香から聞いていると思ってたから」


 祥子は啓一に深く頭を傾け、謝罪するが啓一は大きく首を振っている。


「ん? 優香の起こし方と違って、私に起こされると清々しくて、起きたことが幸せな気分になるの? ホントに? 優香はキミをどんな起こし方で起こしているのかしら? 気になっちゃうわ」


 優香から布団を無理やり捲られ、身体を揺さぶられて起こされると啓一から聞く。


「うふふ、へえ~あの子、そんな起こし方をしているのね。困った子ね、男の子は優しく起こしてあげないと1日のやる気がでないのに。私からあの子に……というよりもその前に……。ホント、あの子はせっかくキミと話す機会ができたっていうのに向き合おうとしないなんて……。また叱っておくから、気にしないでね」


「え~、なになに? 本気で来るなんて思ってなかった? うふふ、私はちゃんと約束は守るわよ。家のこと? 大丈夫、キミはそんなこと心配しないで私に任せてくれたら、いいの」


 祥子は啓一の手に目をやる。


「どう、手の具合は……昨日より腫れはかなり退いてきているみたいだけど」


 不安そうに祥子が訊ねる。


「うん、うん。痛みはまだあるのね。だったら無理しないでね。湿布と包帯を換えちゃいましょうか。ほら、ベッドの縁に座って座って」


 祥子は手際よく啓一の処置を終えた。


「上手く包帯が巻ける人に憧れる? うふふ、キミは男の子なのに変なこと言うのね。ん? そうじゃなくて私が天使みたい? も、もう持ち上げすぎだってば。そういうことは優香と二人っきりのときに言ってあげれば、あの子も喜ぶと思うわ~。えっ? 言ってるけど、キモいって返されちゃう? う~ん、あの子ったら、照れてるのよ。だって、私はキミにそんなこと言われると嬉しくなっちゃうから。えっとこれは優香には内緒だからね♡」



――――キッチン。


♪ トントン。

(まな板で包丁が動く音)


 啓一が着替え終え、キッチンへゆくと祥子が朝ご飯を作っていた。


「エプロン姿が素敵? うふふ、おばさんをそんな煽ててもダメよ。勘違いしちゃうじゃない。えええ~っ、優香よりも色っぽくて優しいから、なんて……」


 祥子はお玉を持ったまま顔に手を当て、恥ずかしがった。


「もう、大人を揶揄からかっちゃだーめ」


 笑顔で叱られた啓一は自分の母と比較して、祥子を誉めた。


「キミのお母さんとぜんぜん違うから? あらあら、そんなこと言っちゃだめだから。キミのお母さんはキミを育てるために一生懸命愛情を注いでくれたと思うの~。だ・か・ら、キミのお母さんのことを悪く言っちゃ、おばさんがめっ! しちゃうんだからね♡」


 祥子は人差し指を立てて、啓一にウィンクする。啓一は祥子の仕草にドキッとしたことが恥ずかしくなって俯いてしまう。


「ごめんなさい、年甲斐もなくこんなことしちゃ……ダメよね? へ? そうじゃない? 恥ずかしくなったのは私がかわいかったから? いやもうホント、キミは……。本気?」


 祥子は啓一が揶揄っていると思っていたが啓一が頷いたことで、どんどん恥ずかしくなっていた。


「ちょっと待って」


♪ すーはー、すーはー。

(祥子の深呼吸)


 祥子は啓一に聞き取れるか聞き取れないかぐらいの囁き声で自分に言い聞かせるように呟く。


「相手は高校生……しかも優香の彼氏だから」



 しばらくして落ち着きを取り戻した二人。テーブルについた啓一は祥子の作った朝ご飯を食べようとするが、まだ手に違和感が残っていた。


 啓一の箸を取る手が震えていたので、祥子は訊ねた。


「手は大丈夫? 一人で食べられる?」


 啓一は一人で食べられるとばかりに頷くが……。


「ふふっ。ほ~ら、口の周りにマヨネーズがついちゃってる。遠慮しないで、おばさんに甘えていいのよ」


 祥子は口元のマヨネーズをウェットティッシュで丁寧に拭く。


「はい、ふきふき。優香もちっちゃい頃はこんな風に口の周りに食べ滓をつけていたのよ~。あの子おっちょこちょいだから、たまに今でもつけているときはあるけどね。うふふ、キミも知っているの?」


 祥子は箸を手に取った。


「あ~ん」


 啓一は顔を赤くする。


「ん~? いつも優香に食べさせてもらっていないの? そっか、それは残念ね~。じゃあ、私が食べさせてあげるわね」


「はい、あ~ん。んふふ、やっぱり男の子ね。いい食べっぷり。しかも美味しそうに食べてくれて……本当に美味しい? うん、ありがとう、うれしいわ」



 朝食を食べ終えて……。


「はい、お弁当も忘れずにね。いつもパンとか、コンビニ弁当ばかりじゃ栄養が偏っちゃうよ。優香から聞いていたキミの好きな物を入れておいたから。お口に合うといいんだけど」


「えっ? キミな好きな物ばかりだと、それはそれで栄養が偏っちゃう? うふふ……そうかもしれないけど、やっぱり学校に行って頑張ってるんだから、お昼くらい好きな物を食べた方がやる気がでないかしら?」


 啓一は確かにと頷いた。


「うん、そうそう。食べ終わったら、そのまま持って帰ってきて。また洗って明日も作ってあげるからね、キミのお弁当」


 啓一は申し訳ないと思い、せめてお金だけでもと財布を漁る。


「ううん、いいのいいの。私がキミを怪我さしちゃったんだもん。これくらい当然よ。だからキミはなんにも気にしないで勉強頑張ってきて」


「えっと、勉強は頑張るけど、優香といるより私といる方がいい? こ、困ったわ~」

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