【ASMR】彼女に内緒で、お母さんと……
東夷
第1話 彼女のお母さん
啓一が望月家を訪れる。
♪ ピンポーン。
(インターホンの音)
「は~い」
♪ タッタッタッ。
(祥子の足音)
※スリッパが望ましい。
「あら~、いらっしゃい。一人で来るなんて珍しいわね。優香? ごめんなさいね、ちょっと出掛けてるみたいなの」
啓一が帰ろうとする。
「待って。せっかく来たんだから、お茶していかない? それとも、こんなおばさんとじゃ嫌かしら?」
啓一は全力で首を振る。
「うふふ、そんな優香のお姉さんみたいだなんて! お世辞でもうれしいわ。さあ、外は冷えちゃうから中で暖まっていって」
――――リビング。
♪ キューッ。
(電気ケトルが沸く音)
「ミルクか、砂糖いる?」
いらないと答えた啓一。
「あら~、キミは大人ね。優香なんてミルクと砂糖がないと『苦~い』って一口、口につけただけで震えちゃうんだから」
♪ コポコポコポ。
(ドリップコーヒーにお湯を注ぐ音)
コーヒーが溜まるまで暇があり、祥子は啓一の行動を訝しんだ。
「もしかして優香と喧嘩でもしちゃった? ごめんね、二人の様子を見てたらすぐ分かっちゃうの。余計なお世話よね……」
祥子が立ち上がろうとすると啓一が重い口を開いて説明する。
「たまたま隣の席の女の子が教科書を忘れて、机を並べて授業を受けていたら、優香が怒って口を聞いてくれなくなったのね~。うんうん、その子が分からないところを質問してきて、丁寧に教えてあげていいたら誤解されちゃったのか~」
「はぁ~、ホント、優香ったら早とちりし過ぎるんだから」
祥子はため息をつく。
※単なるため息ではなく艶めかしい感じで。
「メッセージを送っても既読もつかない。もう学校で話し掛けようとしても無視されてしまう? う~ん、もうあの子たら、どうしようもない子ねぇ。帰ってきたら、ちゃんとキミと話し合うように言っておくわ」
「それにしてもキミは偉いわね~。自分が悪くないのにわざわざ家まで来てくれて、優香と話し合いたいだなんて。おばさん、若い頃を思い出しちゃった。えっ? まだまだ若い? もうっ、そんなこと言われるとおばさん、本気にしちゃうぞ♡ ふふっ、な~んてね。キミと優香から比べたら……私なんて一回りと……ふふ、歳は言わぬが花よね♡」
「そうだ、元気になるおまじないがあるの。ちょっと手を貸してくれる?」
啓一の手を両手で挟むようにして触れた祥子。
「優香もよく失敗して泣いてしまうことがたくさんあったけど、こうやって手を握ってあげたの。私がちゃんとついてるから、次は上手くできるってね。私にはこんなことくらいしかできないけど、キミみたいな優しい子ならきっと優香と上手くやれると思うの。だから自信を持ってね」
祥子は折り畳みはしごに乗り、キッチン上の収納からお菓子を取ろうとしていた。
「ちょっと待っててね。たしか……この辺に美味しいお菓子が……こうやって高いところに置いておかないと、優香がすぐ食べちゃうの。あの子って、ホント甘い物に目がないから」
「う~ん、う~ん」
手を伸ばして奥を漁る祥子。
「あっ、あっ、ああっ!」
♪ ドッテーン。
(祥子が倒れる音)
だがはしごの上でバランスを崩してしまう。啓一は倒れそうな祥子を庇って、彼女の下敷きになってしまった。
優香よりも大人の魅力に溢れた胸元に埋まる啓一の顔。
「大丈夫!? ごめんなさい、私みたいに重いのが乗っかってしまって……。えっ? ぜんぜん大丈夫だから?」
祥子は啓一から離れたが、下敷きになった啓一を心配していた。啓一は祥子を心配させまいと虚勢を張る。
「ホントにどこも痛くない?」
祥子は啓一の身体に触れ、怪我がないかチェックしてゆく。祥子の距離がやたら近い。
「頭は打っていない? 顔も大丈夫? 足は大丈夫そうね。肩も……」
声には出さなかったが啓一は祥子に手首の根元に触れられ、顔を苦痛に歪めた。
「大変! 手首を痛めてしまってるじゃない。そんな私なんかを庇って怪我するなんて……」
祥子は啓一をソファーに座らせ、処置している。啓一の手を取りながら……。
「骨は折れてないみたいだけど、捻挫しているかもしれないわ。いまから病院へ……。病院へは行くほどのことじゃない?」
啓一は祥子に迷惑を掛けたくないあまり、病院へ行くことを拒否する。
「優香から聞いたんだけど、キミって一人暮らしよね? 食事はどうするの? お風呂は? 勉強は?」
啓一は祥子から問われ、言葉に詰まる。
「キミさえ良ければ……私が身の回りのお世話を……実は私、優香が生まれる前までは看護師していたの。道理で包帯を巻くのが上手い? ふふ、そうかも」
啓一はそれは申し訳ないと断ろうとするが、遠慮で手を振ったときに痛みが出た。
「ほら、無理しちゃだ~め。ホントは優香にお願いするのが一番なんだけど、あの子……お料理どころか家事全般ができないから……」
啓一は祥子の推しに負けて、「お願いします」と頭を下げる。
「ううん、遠慮なんてしないで。それもこれもキミが私を庇ってくれたことだから。私にできることなら、なんでも言ってね」
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