羞恥地獄は人類共通の拷問

ちびまるフォイ

共感性羞恥の傷み

「こちらへどうぞ」


閻魔秘書に通されたのは、

初めて見たはずなのに見覚えのある閻魔庁だった。


「閻魔様、お連れしました」

「うむ」


「へえ、ここが閻魔庁ね。ここで俺をさばくんだろう」


「うむ」


「ろくなことしてこなかったからな。地獄行きは知ってる。

 で、どの地獄に案内してくれるんだ?」


「貴様、まるで反省も後悔もないようだな」


「興味あるのはこの先にある地獄のことだけさ。

 釜茹で? 針山? それともフルコースかな?」


「貴様は生前に特殊な訓練を積んでいて傷みには強いそうだな」


「ああ、どんなに拷問されてもけして口を割らない。

 ちまたじゃ鉄仮面の男だなんて言われていたな」


「外へのダメージが聞かないのであれば、

 貴様はこの地獄をここで味わせることになる」


「なんだって?」


「共感性羞恥地獄だ。秘書、スクリーンオープン!」


「電気消します」


秘書は閻魔様の指示により、閻魔庁の電気を消してスクリーンを下ろす。

プロジェクターが映像を投映する。


「なんだ? 何が始まるっていうんだ?」


「黙ってみていろ」


スクリーンの映像が始まる。

と同時に閻魔様がマイクを握り無声映画の解説の顔つきとなる。


「それはまだ中学生の頃。

 当時流行っていた漫画のキャラでは無口キャラが好きだった」


「おい何語ってる」

「しっ。静かに。閻魔様のお話し中です」


「クラスじゃ冴えないタイプの自分だったので、

 なんとか好きな子にアピールしたくてもできなかった。

 

 でも暗に自分に気づいてもらいたくて始めたのが、

 そのクール系無口キャラのトレースだった」


スクリーンには音声に合わせた映像が映される。


「先生に何を話しかけられても無視。

 友達に何を話しかけれても無視。

 

 どこか物憂げな表情と、世界を達観しているような振る舞い。

 それをあえて好きな子の近くでアピールし続けたんだ」


「ぐっ、なんだ……この胸の傷みは……!!」


「共感性羞恥です。自分の経験でもないのに、

 変に感情移入してしまって恥ずかしくなるアレです」


「徐々に友達も遠ざかっていって、

 先生からは呼び出されたりもした。

 急に失語症にでもなったんじゃないかって。

 周りから人がいなくなるとますます止める人はいなくなる」


「やめろーー!! それ以上続けるなぁ!! 心が壊れる!」


「美容室で漫画のキャラの切り抜きコピーを突きつけて

 ドヤ顔で"この髪型で"なんて言ったりして、

 私服もキャラに合わせ、そして無言とクールを貫いた」


「あああああ!! いっそ殺してくれぇぇ!!」


「そして、無視を続けた結果、見事に留年した」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


ダメ押しの一撃で男は閻魔庁の床を転げ回った。

留年したときの理由を聞かれた際のいたたまれなさを考えると、

傷みを伴った恥ずかしさが襲いかかってくる。


「どうだ。これが共感性羞恥地獄。まだほんのお遊びだ」


「や……やめてくれ……。

 どんな傷みや精神攻撃にも屈しなかったが

 これだけはダメだ。人類最悪の攻撃だ」


「だが貴様の生前の悪事を考えればまだ甘い。

 次のエピソードを、秘書」


「はい」


「うああああ! やめてくれーー!!」


再びスクリーンに次の映像が投影される。

今度はレンタルショップが写っていた。


「次はなんだ……?

 レンタルDVDでエッチなコーナーに入るところを

 友達に見られたとかそういう内容か」


「そうではない」


映像には男と女のカップルが投映された。

まだ付き合いたての、お互いが遠慮し合うような

どこかきはずさしさと初初しさがぎこちなく見て取れる。


「まだ彼女にもなる前の頃……。

 自分に気があるのかな、と思っている女子と

 はじめてツーショットで出かけることがあった」


「それもうデートじゃん!!」


すでに閻魔受刑者はいち視聴者として前のめりになっている。

共感性羞恥とは見たくないはずなのに、人類にはとても抗いがたき吸引力がある。

古事記にもそう書いてある。


「イケてるデートプランなんか陰キャの自分には思いつかないし

 かといって、いきなり映画というのも王道すぎる。

 あえてノープランにし、彼女とその場で決めるのがいいと思った」


「くそ! 最初のデートにやりがちな時間を持て余すパターンじゃないか!」


「お静かに。閻魔様のお言葉を拝聴してください」



「ショッピングモールをぶらついたり、コンビニに入ったり。

 それでも時間が余ったからレンタルDVDのお店に入った。

 あーこの映画知ってる、とか簡単に話したりして……」


「ぐっ……いい雰囲気じゃないか……!」


それはそれでダメージがあるのは

男があまりいい恋愛をしていなかったからなのは言うまでもない。


「彼女の手前、ちょっとワルかっこいい感じを出したくて

 グロめの映画や、ちょっとホラーな映画を手にとっては

 "あんまり怖くなったね"とか"グロが弱めだった"とか

 そっち方面強いんだぜアピールをしていたんだ」


「ぐあああ!! 急に羞恥をぶっこむんじゃねぇぇ!」


男は血を吐いた。

つい数秒前まで甘酸っぱい純愛だっただけにダメージは強烈。


「で、お互いにおすすめの映画を交換しあおう

 なんて話になって彼女はありがちな純愛映画を。

 

 そして俺は見たこともないくせに

 パッケージが怖そうなエログロホラーを手に取った。

 アングラなオレカッコイイ感を出したかった。

 もうあとには引けない雰囲気だった」


「ひぎゃああ!! 心臓が! やぶれる!!」


「彼女も付き合いたてで好感度を下げたくないのか

 困った顔はしていたけど遠慮して言葉を呑んだ。

 当時はそれすら気づかずに得意げにレジに持っていった。

 会計も自分で払えることがカッコイイと思ったんだ」


「ぐぅぅぅ……!! なにか! なにか刃物はないか!

 今ここで! 俺は自分のノドを裂きたい!!!」


「レジの店員はカートに入ったDVDを処理した。

 私は得意げにマジックテープの財布を出して、

 彼女の前で会計をするというアピールタイムを待っていた。

 そして、レンタルカードを受け取った店員は言ったんだ」


映像にはレジの店員が映る。


「すみません。こちらの映画年齢制限があり、

 ご本人様確認なのですが、カード持ち主の"ヨシ子"様でお間違えないですか?」



「ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ーーッ!!!」



それ以上は言わずもがなだった。


背伸びした子供が親のレンタルカードを借りる。

そんなことは誰しもがあることだった。


ただあまりに残酷なシチュエーションが羞恥心をゆさぶる。


スクリーンには予想外の事態にレジ前で慌てる男と、

並び始める行列と、目からハイライトが消えていく彼女。


グロい映画よりもよっぽどグロい映像が淡々と流された。


「電気つけます」


閻魔秘書が電気をつけてスクリーンをしまった。

最初はあんなに威勢がよかった男もすっかり老け込んでいた。


「もうやめてくれ……俺が悪かった……これ以上続けないでくれ……」


「ふふふ、今日はこれくらいにしてやろう。

 だが明日は耐えられるかな?」


「こ、これがまだ続くのか……!? 今日だけじゃないのか!?」


「それはお前しだいだ」


「やめてくれ!! もう限界だ!!」


「閻魔様、次のエピソードはいかがしますか。

 修学旅行で押し入れに1日閉じこもったエピソードはいかがでしょう」


「や、やめろ! あの話はワシの中でもまだ整理ついてないんだ!!」


顔を真赤にした閻魔様を見て、

これまでのエピソードがやたら真に迫っていた理由を知った。


ふたたび男は羞恥心に心を苛まれ、四肢がちぎれて飛んでいった。南無三。

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