第46話 期末テスト その2
2週間後、わたしたちは期末考査当日を迎えた。
1時間目から数学だなんて、厳しいなぁ……。
しっかり勉強してきたつもりだけど、大丈夫か不安だよ……!
「はあぁ……」
ああ、晴夜くんの生気が消え失せてる……。
「あーいたきっ、朝から死んでるけど大丈夫かー?」
「噂大好きくん……」
にこやかに話しかけた
「噂大好きじゃ……って、こんな話してる場合じゃない! 初っ端から数学だけどいけるか? いつも赤点ギリッギリで先生に心配されてるけど……。ちなみに俺はけっこうヤバい」
「こ、今回はちゃんと勉強したし公式も覚えてるし今朝起きてすぐ教科書見たし絶対大丈夫絶対大丈夫きっと多分だいじょぶ……」
「そっか。お互い頑張ろうな! じゃ、俺は勉強するぜ」
噂打くんは席に戻っていった。
晴夜くん、不安なんだろうなぁ……。
でもせめて息継ぎはしようね。
晴夜くんが不安なときこそ、
「晴夜くん大丈夫だよ! あんなに勉強頑張ってたもん! 自信持って!」
晴夜くんはわたしを見上げて、少し驚いた顔をした。
そこへカンナちゃんがやってきた。
「おはよう、レイちゃん、相滝。大丈夫かな〜って思いながら来たけど、案の定不安そうね。頑張ってたからきっと上手くいくよ。相滝のこと嫌いなカンナでさえ褒めちゃうもん」
ほらほら、カンナちゃんもこう言ってくれてるし!
「でも、でも……もし解けなかったら……」
うーん、どうしてそんなに不安に思うのかなぁ。
お父さんに怒られちゃうと言っていたけれど、そんなに青ざめるほど……?
……そういえば小さい頃、晴夜くんのお父さんに会ったとき、初めて会うのに怖かった。
すごく穏やかな人で…………ただ、わたしを見る目だけが冷たく感じたんだ。
もしかして――――ううん、自分の子に冷たい目を向ける人なんかじゃない……よね。
だって、
でも、もしかすると……。
「晴夜くん、怖い?」
「何が……?」
「……お父さん」
「………………」
そう……だよね。
急に「お父さんのこと怖い?」なんて聞かれたら、そりゃあ黙っちゃうよ。良くないこと聞いちゃったな。
変な空気になったそのとき、聞き慣れた声が聞こえた。
「よう相滝、元気か?」
早平くん、おはよう。
気まずい雰囲気になっちゃったから、来てくれて助かったよ……。
「おはよ……悪霊退散くん」
「なんだ、どんよりしてんな」
「うん……ちょっとね」
「俺めちゃくちゃ苦手な社会頑張るから、お前も数学頑張れよ。……頑張った分、テストうまくいったらいいな」
「うん……ありがと」
晴夜くんは俯きがちに返事をすると数学の教科書を開いて、「君たちとはこれ以上会話しないよ」と言いたげな雰囲気を出してしまった。
すごく心配だけど、わたしたちも最後の復習をすることにした。
テスト後、下校時に晴夜くんが言った。
「なんか……駄目だった気がする」
「え!? き、気のせいだよ!」
あんなに一生懸命勉強したでしょ?
その努力はきっと目に見える形で返ってくるよ。
「今はとにかく、明日に備えて最後の勉強しない?」
「うん……」
力なく声を出す晴夜くん、らしくないよ……。
この2週間、そばで見てきたから知ってる。
晴夜くんがすごく頑張っていたこと。
だからきっと――絶対に大丈夫。
❀
とうとう成績が返ってくる日。
ひばり学園の定期考査はクラス順位と学年順位が分かるんだ。
わたしたちはお昼休みに集まって、結果を伝え合うことにした。
「じゃあ、まずは俺から。クラス順位は9番で、学年順位は16番。うん、良くも悪くもないってところだな。でも、前回よりは確実に上がった」
「カンナも。クラスは10番で、学年は17番。早平くんの真後ろだね。お勉強が得意じゃないカンナにしては、よくできたほうかな」
2人とも頑張った甲斐があったみたい!
勉強会のときも集中してやってたし、色々質問してくれたし、努力が実を結んでわたしも嬉しいよ。
次はわたしが結果発表するね。
「わたしはどっちも1番だったよ。全教科満点!」
唯一と言ってもいい、わたしの誇れるところ。
「レイちゃんすごーい!」
「すっげえ……!」
そ、そんなに褒められると照れちゃうな……。
奨学金のために頑張ってるけど、それはそれとして学ぶことは嫌いじゃないから、人よりも楽しく勉強できるのかもしれない。
「晴夜くんはどうだった?」
「僕は5番と10番!」
「問題の数学は……?」
「71点だった! 他の科目も問題なく平均点超えたよ」
どやっ! と成績表を見せてくれた。
他の教科は……国語96点、社会90点、理科74点、英語83点……。
すごいすごいっ! どれも高得点だね!
過去最高の出来じゃない!?
「ゼロのおかげだよ。ありがとう!」
「ううんっ、晴夜くんの努力の結晶だよ!」
「相滝、頑張ったな」
「今回ばかりは褒めてあげる。よく頑張ったね」
「えへへっ。ありがとっ」
晴夜くんは笑顔を見せたあと、早平くんとカンナちゃんが2人で盛り上がる横で、ほっと息を吐いた。
今までになく安心しきった表情をしている。
「……晴夜くん、よかったね」
「うん」
2人には言っていないんだっけ? お父さんのこと。
「うん。今日は帰ったら、早めに成績を見せないと……」
「大丈夫。晴夜くん、すごく頑張ったもん。褒めてくれるよ」
「……うん」
小さくうなずいた晴夜くんの表情は、少し硬かった。
❀
帰宅後、僕――晴夜は音を立てないように玄関を開けた。
急いで部屋に入って、成績表だけ出した。
平均点は超えてる。悪い点じゃない。
ああ、でも……息がしづらい。
どうしよう。苦しい。
「――晴夜」
「!」
ハッと振り返ると、部屋の入り口に父さんがいた。
僕と同じ銀髪、
小さい頃から、大きくて威圧感のある父さんが苦手だ。
「ノ、ノックくらいしてほしいなぁ。えへへ、ビックリしちゃったよ〜」
「声はかけたんだが……。ところで、成績はどうだった?」
ビク、と身体が揺れる。
「……はい、これ」
手に持っていた成績表を差し出した。
手が震えている。
怖がらなくていい、大丈夫だ。きっと……。
父さんは僕から紙を受け取って、無言で見つめた。
眼球が右から左に動く。
書いてあるのは、点数と平均点、そして順位。
父さんが出した条件はクリアしている。
あとは父さんの機嫌が良いことを祈るしかない。
どれくらい時が過ぎただろう。
少なくとも10分は待った気がするけれど……時計は帰ってきた時間からそう経っていない。
「……よく頑張ったな」
父さんはそう言うと、手を伸ばしてきた。
ヒュッと喉から空気が漏れ出て、反射的に頭を抱える。
「あ、えっと、違う。ごめんなさい」
「……少し、睡眠を取ったほうがいいんじゃないか? テスト勉強で遅くまで起きていただろう。晩ご飯の時間になったら起こすよ」
「……はい」
父さんが部屋を出ていくと、力が抜けて座り込んだ。
机に成績表が置いてある。
それを手にとって、じっと見た。
……夜遅くまで勉強してたの、知ってるんだ。
まあ、母さんから聞いたんだろうとは、おおかた予想がつく。
様子を見に来たのは母さんだけだったから。
「父親面するなよ……」
紙を握りつぶす。
こんなもの、なんの役にも立たない。
勉強したって知識が増えるだけ。
嫌な記憶を忘れる方法なんて教科書に載ってない。
息苦しくてたまらない朝は確実にやってくる。
「晴夜。おかえり」
今度は誰だよ。
1人にしてよ。
「今夜、うちらと外食に行かない? お姉ちゃん、晴夜と晴希と3人で食べに行きたいな」
「……外食、得意じゃない」
「うん、知ってる。でも正直、この家の酸素、薄いじゃない? 酸欠で倒れるよりは……どう?」
僕はゆっくり振り返る。
立ち上がって、成績表をゴミ箱に捨てて、そこに立つ姉と弟を見た。
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