第45話 期末テスト その1
「ねえゼロ。数学教えてほしい……」
放課後、晴夜くんが言った。
しおしお……と今にもしぼんでしまいそうな落ち込み具合だ。
「もちろん。ところで……元気ないね」
「うん……。2週間後は期末テストでしょ? 数学で平均点以上取れなかったら、父さんに怒られるかもしれないんだ」
あ、あらら……数学は昔から苦手だもんね。
いつも何点くらいだったっけ?
「40点から50点かな。60点以上取れたことない」
「うーん……」
平均点はだいたい60点台だから、20点くらい上げるんだね。
晴夜くんは数学に対する苦手意識が強すぎるせいで、理解できるはずの問題も分からなくなってる――と、わたしは考えている。
ひとつひとつ確実に理解していけば、成績はかなり良くなるはずだよ。
問題は数学に一生懸命になりすぎて、他の教科の成績が落ちてしまう可能性があること……。
「とりあえず数学はわたしと一緒にやろう。他の教科は自分で頑張るの?」
「い、いや……国語と英語、あと社会は大丈夫だと断言できるんだけどね……。保健や音楽みたいな実技科目もやらなくちゃいけないでしょ? 正直厳しいかな……」
そうだね。時間配分難しいし……。
だけど、暗記だから晴夜くんは大丈夫だと思うな。
得意でしょ?
「得意ではある……。うん、すきま時間に覚える」
「それがいいよ。――あ、そうだ! せっかくだし、カンナちゃんと早平くんも誘って勉強会しようよ」
「わあ、いいね!」
早速カンナちゃんに話そう!
と、カンナちゃんの席の方を見る。
あれ? いない……。
首をかしげていると、耳元でささやき声がした。
「わたし、カンナちゃん。今レイちゃんの後ろにいるの」
「わあっ!? び、ビックリした!」
メリーさんみたいで怖いよ!
い、いやいや、じゃなくて……。
「カンナちゃん、何か話すことがあった? 気づかなくてごめんね」
「ううん。2人の話が聞こえたから来たんだよ。カンナもお勉強会参加していいの?」
「もっちろん!」
「相滝と喧嘩ばっかりするよ?」
け、喧嘩ばっかり……それは否定できないなぁ……。
でも、なんだかんだ仲良しだと思ってるよ。
本当に心の底から相手が嫌いだったら関わりたくもないでしょ?
だけど晴夜くんとカンナちゃんはよく話すよね。
「他のクラスメイトより話すのは認めるけど、それって仲良しなの? だいたい、カンナさんのこと別に好きじゃないよ」
「相滝とカンナがお互い友だちだと思ってるなら、『仲良し』で良いんじゃない? でもカンナは思ってない。嫌いだもん」
2人とも、ツンとそっぽを向いた。
……もっとお互いを思いやるつもりはない?
呆れて笑顔も浮かべられないでいるところに、早平くんが教室のドアからひょっこり顔を出した。
「あれ、みんな揃ってるな」
どうしたの?
でも、ちょうどよかった。
早平くんを勉強会に誘おうと思っていたところなんだよ。
「俺もテスト勉強の相談しに来たんだ」
そうなんだ!
じゃあ、勉強会参加してくれる?
「まあ、俺がいていいなら参加してもいいけど――――あ、嫌ってわけじゃなくてだな……」
「悪霊退散くんのツンデレだ。あははっ、素直に参加するって言えばいいのに!」
「な、なんだよ。わざとじゃねーし……」
わたしたち、ちゃんと知ってるよ。
早平くんは照れ屋さんなんだよね。
「照れてない」
「ふふっ、からかうのはその辺にして、カンナにちゅうもーく。今日からできる人は右手を挙げましょう〜」
カンナちゃんが言うと、全員手を挙げた。
「決まり! どこでやる? カンナの家はダメなの。パパが在宅ワークだから」
「俺の家も厳しい。友だち呼んだら、爺ちゃんが舞い上がって無理する」
「わたしも、今日はお母さんが珍しくお休みの日なの。だから難しいかな……。他の日なら大丈夫なんだけど。晴夜くんのお家は?」
晴夜くんも駄目なら、学校の自習室か図書館か……。だけど、自習室も図書館も会話厳禁だよ。教え合いには向いてない。
カフェのような飲食店のスペースを借りて勉強するのは、店員さんやお客さんに迷惑だろうな。
「勉強会に向いてるとは思うんだよね……。今日は父さん仕事でいないはずだし、姉ちゃんは部活だし。晴くんは……考えるだけ時間の無駄か。ただ、いろいろと事情が……。ううん、まずは母さんに聞いてみるよ」
晴夜くんはスマホを取り出して、画面をタプタプ。
答えを聞いたのか、スマホをしまった。
「許可出た。今日だけだけど、いいかな?」
「ありがとう晴夜くん!」
「どういたしまして。早速行こう」
わたしたちは荷物をまとめた。
そして十数分後、晴夜くんのお家にお邪魔した。
晴夜くんのお母さん――
お上品な白い着物が、翠さんの美しさとマッチしている。
「晴夜おかえり。零ちゃん、翔くん、カンナちゃん、いらっしゃい。久しぶりね。去年の授業参観以来かしら? 晴夜が友だちをお家に招く日が来るなんて、とっても嬉しいわ。どうぞ上がって。晴夜、お部屋はどこを使うの? 使ってないお部屋ならいくらでもあるわよ。毎日お掃除もしているから安心してね。そうだ、お饅頭みんなでお食べなさい」
「母さん、僕にも話す時間ちょうだい……。質問の答えだけど、日が当たる奥の部屋を使うよ。ほら、大きめのテーブルを置いてるところ。饅頭は…………まだいいかな。勉強が一段落したら考えるよ」
「お茶は? 緑茶に烏龍茶、紅茶、麦茶――色々あるわよ」
「大丈夫。お茶ならみんな水筒持ってるし、飲み物なくなったら僕が取りに行くから。母さんは好きなことしててね」
「あら、そう? それじゃ、お勉強頑張ってね」
「ありがと」
晴夜くんについて行って、部屋に入った。
早平くんが怪訝そうな顔をしている。
「母さんにも猫被ってるのか」
「ちょ、悪霊退散くん、カンナさんいるのにやめてよ……」
「ああ、気にしないで。相滝が猫被りなことくらい、とっくに知ってる。超天才子役と謳われる木瀬彩だというのもね」
カンナちゃんは死神なわけだし、隠しごとをお見通しでもおかしくないよね。
……というのは、晴夜くんも早平くんも知らないはず。
2人とも、ポカーンと口を開けてしまった。
「…………最っ悪」
「あららぁ。ごめんなさいね〜」
左手でこめかみを押さえる晴夜くん。
肺をしぼったようなため息をついた。
そんな彼の様子を、カンナちゃんは楽しんでいるみたい。
「じゃあもういいね。メガネ部屋に置いてくる」
晴夜くんはメガネを外して部屋を出ていった。
少しして戻ってきたけれど、不機嫌そうな表情をしている。
カンナちゃんが彼を見上げて固まった。
「……赤い目なんて気持ち悪いよね」
「目が赤いからって何とも思わない。あたしの目だって桃色よ? レイちゃんは紫色だし、早平くんは琥珀色……。あんたの言う〝普通〟が黒や茶なら、あたしたち全員普通じゃないわよ。そうじゃなくて、頑なにメガネを外さなかった相滝が自ら素顔を見せたことに驚いたの。やっぱり外さない! って、また掛けてくると思ってた」
「ふうーん。僕だって外すと言ったら外すよ」
晴夜くんは苦笑して座布団に座る。
そしてカバンから数学の教科書とノートを取り出して、テーブルに広げた。
「よーし、勉強勉強!」
「カンナも始めよーっと」
「俺も」
「わたしも」
英語の教科書とノートを用意して、いざ勉強! というところで、晴夜くんのヘルプが飛んできた。
「ねーゼロー、わかんなーい」
「はいはーい。どこが分からないか分かる?」
「この計算はどうやったらこうなるの?」
「それはね――」
こうしてわたしたちは、期末テストへ向けた勉強を始めたのでした。
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