第7話 花ちゃん、大暴走!
静かな空間に、花ちゃんの冷たい声がした。
ゾワッと寒気がして、心臓の鼓動が速くなった。
わたしは花ちゃんを見て、すぐに訂正しようと思った。
「は、花ちゃん……、違うよ。雛姫さんは、花ちゃんワールドが居心地良くて言ってるんだよ。死にたいんじゃないと思う」
「う、うん……あたし、死にたいわけじゃ……」
わたしの言葉に、雛姫さんはコクコク繰り返しうなずいた。
けれど、花ちゃんの冷たい声はもとに戻らなかった。
「わかってる? ここは花ちゃんワールドなの。霊的エネルギーが大きいの。普通の人間は、ここにずっといたら死んじゃうよ?」
そう言う花ちゃんの目は、お化け屋敷のお化けよりも怖い。
首をかしげて無表情でわたしたちを見つめる様子は、この世のものとは思えない、背筋が凍ってしまいそうな恐ろしさを感じる。
ううん。そもそも、この世のものじゃない――花ちゃんは、お化けなんだ。
忘れていたことが蘇る。
とっても可愛くて無邪気だったから、わたしは人間の子どもに接するように花ちゃんと接したけれど、この子はトイレの花子さんだ。
――帰ってこなかった子は、どこへ行ってしまったんだろうね。
カンナちゃんとした噂話の、最後の言葉が思い出された。
帰ってこなかった子は…………花子さんに殺されてしまったの?
だから、帰ってこなかったの……?
もしそれが事実だったら――。
「でも、それでもここにいたいって言うなら……」
花ちゃんの声で、現実に戻ってきた。
花ちゃんは、両手を組み合わせて握りしめていた。
まるで、神様にお願いするときみたいに。
「夕ちゃん。花ちゃんと一緒に、ずうっとここで暮らそうよ。そうだ、ゼロちゃんと銀髪くん(仮)も一緒に!」
花ちゃんは、にこっと笑った。
でも、目が笑っていない。
わたしと雛姫さんは、ヒュッと息をのんだ。
「だから、今ここで死んでね」
花ちゃんがそう言った瞬間、背後で風切り音がした。
「「!?」」
わたしと雛姫さんは、ハッとして振り返る。
壁に突き立っていたのは、緑色の植物の……ツル?
それを上へと目で追っていく。
たどり着いたその先に、大きな大きな花の化け物がいた。
「あれ……ツルハナナス?」
たしか、晴夜くんが言ってた。
可愛らしい白い花がついている植物だ。
また、ツルが飛んできた。
「「キャー!!」」
わたしたちは2人揃って悲鳴を上げて、逃げ出した。
後ろで、お皿が割れる音がする。
たぶん、わたしが食べていたホットケーキが落ちた音だ。
カフェの外に出ると、晴夜くんが壁にもたれかかっていた。
「どうしたの、ゼロ? なんで慌ててるの?」
晴夜くんはわたしたちを見て首をかしげて、緑色のツルを見る。今度は、眉をひそめた。
「なんだこれ? ツルみたいだな……」
その視線を上へ向けて、驚愕した。
「は!?」
晴夜くんにも、あの大きな花の化け物が見えたんだろう。
「ねえ、銀髪くん(仮)も花ちゃんと一緒に暮らそう? 死のうよ。花ちゃんとおそろいだよ」
花ちゃんはいつの間にか、ツルハナナスの化け物の上に乗っていて、晴夜くんにも同じことを言う。
「死んで一緒に暮らそ? そしたら、新しいあだ名考えたげるよ」
「やだ! ゼロと、えっと――とにかくそこの女子、走って逃げるよ!」
晴夜くんは首を横に振ると、わたしと雛姫さんに言った。
わたしたちは、全速力で花ちゃんから逃げる。
恐怖のあまり、足がうまく動かない。
わたしは、つまずいて転んでしまった。
「痛っ……」
すぐに立ち上がろうとしたけれど、足をくじいたのか痛みが走った。
ツルハナナスが、グングン近づいてくる。
「あの馬鹿っ」
ダッと晴夜くんが走ってきた。
そして、わたしを横抱きに抱えあげると、そのまま走り出す。
「どうして逃げるの? 花ちゃんを、ひとりにしないで!」
花ちゃんの感情の高ぶりとともに、化け物の動きが激しくなっていく。
ツルをあちこちに飛ばして、アトラクションをバキバキと壊す。破片があちこちに飛んでいって、わたしたちの方にも飛んでくる。わたしたちには運良く当たらずに、逃げ続けることができた。
アトラクションで遊んでいた人たちは、遊園地の端っこの方で肩を寄せあって震えている。
「ああもうっ、何がしたいんだよ!」
晴夜くんはイラついたように声を荒らげると、わたしを雛姫さんに押しつけた。
「ちょっとよろしく!」
「え、ええっ?」
困惑する雛姫さんの声が、頭上からする。
晴夜くんはツルハナナスの化け物の前に立って、両腕を広げた。
「聞いて、花子さん!」
「なあに? 死んでくれるの?」
花ちゃんは、うれしそうにほほ笑む。
その瞳に、今までの輝きはない。
「花子さんと今日限りでサヨナラしないよ! これからも会いに来るから、もうやめて!」
「……君は、ウソつきじゃない?」
「ウソなんて、つかないよ!」
「……。わかった」
花ちゃんは晴夜くんを冷たい目でにらんだ。
でも、信じてくれたみたい。
花ちゃんが化け物の白い花をなでると、ツルハナナスの化け物がただの可愛い花になった。
花ちゃんは地面に降りて、その花を拾って握りつぶした。
「え、なんでつぶすの……?」
「このお花、もともと枯れてたの。かわいそうだったから、花ちゃんがここにつれてきてあげたの」
引きつった顔の雛姫さんに、花ちゃんは無表情で言う。
「……ひとりは怖いよね」
静かな声で晴夜くんが言った。
花ちゃんは、さっきと変わらない冷たさで晴夜くんを見る。
「でも周りを巻き込んだら駄目。どんなに怖くても、ひとりでこらえなきゃ」
「……」
花ちゃんは黙り込んだ。
そんなになかったはずなのに、時間がずいぶんと長く感じられた。
ゆっくりと、口を開く。
「花ちゃんね……ずっと、ひとりぼっちだったの。寂しかった」
泣きそうな顔で、わたしたちを見る。
やっと表情が変わって、安心した。
「みんな、花ちゃんとお友だちになってくれる?」
わたしたちは、顔を見合わせた。
うなずきあうと、花ちゃんに笑いかける。
「もちろん!」
「しょうがないわね」
「ゼロがなるなら、僕も」
「わあ……! フフッ、ありがとぉ!」
花ちゃんは、顔いっぱいに笑顔をうかべる。
「ところで、花子さん」
「なあに?」
晴夜くんが、花ちゃんに手を差し出した。
「僕の福沢諭吉と野口英世を2人、返して?」
「ええ……。もー、しょうがないなあ。ネコちゃん、お金好きなんだね」
「好きじゃないけど、ないと困るんだよ」
ネコちゃんって、晴夜くんの新しいあだ名かな?
もしかして、ネコみたいだから? それとも、カバンにネコのキーホルダーがついてるから?
晴夜くんのキーホルダーは、わたしが小学生の頃にプレゼントしたもの。
だいぶ汚れちゃってるけど、大切にしてくれているんだよね。
……なんてわたしが考えている間に、花ちゃんは小さな手をパンパン鳴らしていた。
空中にあらわれたお金を、花ちゃんがつかむ。
「あ、僕の!」
晴夜くんは、うれしそうに手を伸ばす。
けれど、花ちゃんはそれを避けた。
「……!?」
笑顔だった晴夜くんが、ガーンとショックを受ける。
「それ、僕の努力の結晶だよ!?」
「高い高いして」
「え?」
「高い高いして。そしたら返したげる」
わあ、すごく子どもらしいお願い……。
晴夜くんなんて、驚くを通り越して「はぁ?」と呆れちゃっている。
「しょーがないな……。ほら、おいで」
花ちゃんは手にお金を持ったまま、晴夜くんの前に立った。
「たかいたかーい」
「うわぁい」
なんだか、とってもほほえましい。
わたしは、自然と笑顔になる。
となりにいる雛姫さんも、クスリと笑っていた。
「たかいたかーい――キッツ……」
晴夜くんは花ちゃんを下ろして、頭をなでた。
「おしまい。頭なでるから我慢して」
「ええ〜。わかったぁ」
「それじゃ、お金ちょーだい」
「はあい。どーぞ」
「どうも」
小学生と中学生のお金のやり取り……ほほえましさの欠片もない。
「今日はすっごく楽しかったよ! みんな、元の世界に帰してあげるね!」
花ちゃんが、満足そうに言う。
さっき化け物に乗ってわたしたちを追いかけたことは、楽しかったことに入っているのかな?
「ゼロちゃん、夕ちゃん、ネコちゃん、ありがとう! これからも、お友だちだよ! またね!」
花ちゃんが花の杖を振った。
すると、花ちゃんワールドに来たときと同じように、温かな光に包み込まれた。
――目が覚めると、トイレ前の廊下で寝転んでいた。
「あっ、レイちゃん、起きた?」
わたしに膝枕をしていたのは、カンナちゃんだ。
「あれ、カンナちゃん?」
わたしは、ゆっくり起き上がる。
周りを見ると、晴夜くんと雛姫さんがぐったりしている。
わたしは、2人に声をかけた。
「晴夜くん、雛姫さん、起きて」
「ん……。あれ……」
晴夜くんが起きた。
身体を起こすと、周りをキョロキョロ。
カバンから時計を取り出して、時間を確認する。
「あ、時間……」
晴夜くんは、サァ……と青ざめた。
そういえば、今は何時だろう。
「6時半。学校が終わって、2時間経ってるよ」
ええっ!?
ハッとして、窓の外を見る。
うわ……暗くなってる……。
「ねえ、晴夜くん。暗いし、一緒に帰ろう――」
って、もういないし。
ということは、わたしは1人で帰らなきゃいけない……。
そうだ、雛姫さんはどうしよう。
起きないと、帰れないよね。
「大丈夫だよ。カンナが見とくから、レイちゃんは帰っていいよ」
「本当に? ありがとう、カンナちゃん」
わたしがそばにいても、雛姫さんは存在感0のわたしが見えないかもしれないから、カンナちゃんがいてくれたら助かるよ。
「じゃあ、わたし帰るね」
カバンを持って、立ち上がる。
「バイバイ。気をつけてね」
「うん。また明日」
わたしは、靴箱へ向かった。
そして、帰り道にいるかもしれない晴夜くんに追いつくために、急ぎ足で帰ったのでした。
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