第4話 花子さんとお化け屋敷

 あっという間に真っ暗闇だ。

 そんな中でも、花ちゃんの姿はよく見える。

 暗闇に浮かび上がるように身体が光っているんだ。


「ここにある懐中電灯を1つ取ってね」


 花ちゃんが、壁にかけられている懐中電灯を指差す。

 晴夜くんは、一番近くにあったものを手に取った。

 カチッと電源をONにする。

 真っ暗闇だった視界が、ぼうっと明るくなった。

 ここは、どうやら受付のようだ。

 カウンターがあって、待合席も4席ずつ6列ある。

 誰も座っていない。寂しくて不気味な雰囲気を感じる。

 この暗さにも目が慣れてきて、どこに何があるのか、なんとなくわかるくらいになった。

 そのせいで、余計に恐怖が増す。


「ねえ、怖い……」


 ギュッと、晴夜くんのブレザーの袖を握った。


「お化け屋敷なんだから、当たり前だよ」


 晴夜くんは、いつも通りの口調で、懐中電灯のライトであちこちを照らす。

 なんだか、一気に挙動不審になったような……。

 さっきまで、そんなに周りを見てなかったよね?


「……あのさ、服つかんでなきゃ駄目なの?」


 晴夜くんが、わたしに顔を向けた。

 困った顔だ。


「だっ、ダメなの!」


 わたし、オカルトは大好きだけど、怖いのは苦手なんだから!


「……絶対に離れないでね」

「? 晴夜くん……」


 急にどうしたの? と、言おうとした。


「シッ」


 晴夜くんが、わたしの口に人差し指を当てる。

 それで、わたしは言葉を飲み込んでしまった。


「何かいる」


 何も見えないけど?

 首をかしげていると、晴夜くんがわたしに懐中電灯を押し付けた。


「持ってて」


 それから、両手でわたしの目をふさぐ。


「えっ、何?」

「グロイのいる。見ないほうがいいよ」


 グロイの!?

 わたし、グロ耐性ないから、晴夜くんが気づいてくれて良かった。

 でも、やっぱり気になっちゃう。


「……どんなの?」

「血だらけのネコ。黒ネコかな? 廊下に倒れてる」

「絶対、手離さないでね? お願いだよ?」

「ダイジョーブ、離さないから。前照らして」


 うーん。晴夜くんの大丈夫は、あんまり信用ならないんだけど……。

 でも、さすがに、この状況で嘘はつかないよね?

 なんて考えながら、言われたとおり前を照らした……と思う。

 目をふさがれていて、ライトがどうなっているかわからないんだよね。


「それでオッケー。進もうか。ここに止まってても、お化け屋敷は抜けられないよ」

「う、うん。そうだよね」


 わたしは、目をふさがれたままうなずく。

 前は照らせているみたいだし、大丈夫。


「ゼロ、足出して」

「うん」


 よ、よし。わたしからは、お化けは見えないし、きっと平気だ。

 わたしは晴夜くんに言われたとおり、一歩踏み出す。


「花ちゃんも行く〜!」


 花ちゃんの楽しそうな声が聞こえた。

 元気だなぁ。お化けだもんね。お化け屋敷は怖くないだろうな。


「ゼロ、ゆっくりね」


 わたしは、晴夜くんの指示通りに進む。

 晴夜くん、いつまで目をふさぐつもりだろう。


「そう、そのまま……そうそう、いい感じ」


 ふふ。晴夜くん、お兄ちゃんみたい。

 お化け屋敷にいるのに、どうしてか今は怖くない。


「グロイの通り過ぎたよ。手、離していい?」

「うん。ありがとね」


 晴夜くんの手が離れると、視界が広がった。

 ここは、階段の前?

 手に持っている懐中電灯で道の先を照らす。

 階段が気になって、少し近づいた。

 階段には、ところどころ蝕まれた木の板が大量に転がっている。

 そのせいで、階段を登れなくなっていた。

 でも、無理すれば登れそうな気もしなくもない。


「ここ、なんの階段かな? ねえねえ、晴夜くん」


 わたしは、晴夜くんを振り返る。

 そこにいたのは、晴夜くんじゃない。

 なんと、人体模型だ。

 左目がはまっているべき穴から、目玉がドロッとこぼれ落ちる。


「キャーッ!?」


 何あれ何あれ何あれ!?

 悲鳴をあげながら、猛ダッシュで逃げ出した。


「ちょっ、ゼロ!」


 左手をグイッと強く引かれる。

 横の通路に引っ張り込まれた。

 そこには、晴夜くんと花ちゃんがいた。

 2人とも、心配そうな顔をしている。


「ヘーキ?」

「う、うん……。怖いのが、いただけ……」

「ごめんね、ゼロちゃん。みんな、驚かせるのが大好きだから……。『怪我はさせないでね』って約束してるから、安心してね!」


 うん、それはわかったよ。

 それより2人とも、いつの間にこっちの道に行ってたの?


「ごめん。ゼロが、階段に興味を示してるから、好きなのかなって。邪魔しちゃ悪いと思った」


 好きなわけないでしょ!? 階段が気になっただけだよ。


「そーなんだ? ごめんね」

「ううん。大丈夫」


 わたしは、晴夜くんに懐中電灯を渡した。


「もっかい、先に歩いてほしいな……。お願い!」

「うん。わかった」

「ありがとう!」


 晴夜くんが怖いの苦手じゃなくて、よかった。

 2人とも苦手だったら、進めなかったかもしれないもん。


「ゼロちゃん、銀髪くん(仮)、まだぜーんぜん進めてないよぉ。もっと頑張って! ほら、レッツゴー!」


 花ちゃんが、にっこにこの笑顔で言う。

 晴夜くんの左手を取ると、「早く早く!」と言いながら、引っ張っていく。


「あっ、待って!」


 わたしは、遠ざかる晴夜くんの右手をつかんだ。

 すると、晴夜くんがわたしを振り返る。


「あのねぇ……。心臓に悪い」

「え? どうして?」

「お化け屋敷なんだからさあ……」


 あ、そっか。お化けとわたしの見分けが、つかないんだね。


「……そういうことにしておくよ」

「ちがうってこと?」

「合ってますぅ」


 そんな会話をしながら、わたしたちは進んでいく。

 晴夜くんは「心臓に悪い」と言っておきながら、わたしの手を握り返していた。手を離さずに、歩き続ける。

 お化け屋敷なのに話しすぎるからかな。

 お化けはまったく出てこない。

 でも、遠目に見られている感じはする。

 バクバクと音を立てる心臓の鼓動を感じながら、周りを見渡す。


「クスクス」


 笑い声?

 思わず足を止めた。

 晴夜くんも懐中電灯であたりを照らしている。


「何もいないな……」

「でも、笑い声がしたよね?」

「うん。……って、お化け屋敷だから普通か」

「そうなの?」

「だって、お客を怖がらせるのが目的だもの」


 晴夜くんは、怖さを吹き飛ばすように笑う。

 そのおかげが、恐ろしさが少しだけマシになった。

 と、そのとき、カチッ、カチカチ……と、懐中電灯のライトが消えてしまった。


「あれ?」

「な、なんで……? 花ちゃん、これ……」

「電池が切れたのかな?」


 晴夜くん、こんなときにいつも通りでいなくてもいいよ。

 懐中電灯の電池をはめ込むところを探さないで。

 こんなチグハグな雰囲気、頭がこんがらがっちゃう。


「おかしいなぁ。電池ないよー」


 この暗さの中で、見つけられるわけないよね?

 どうしちゃったの、晴夜くん。


「うん。ないよぉ」


 花ちゃんは、満面の笑みで言いのけた。

 も、もしかして、花ちゃんのたくらみ?


「花子さん、駄目だよ。懐中電灯のライトが切れることも演出の一部だなんて。転んじゃったら、危ないでしょ?」

「だって、ライトがあるとおもしろくないんだもん! ここからが、本当のお化け屋敷だよぉ!」


 花ちゃんは両手を広げて、どこかゾワッとする笑みを見せた。

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