第33話 ゴールデンウィークと幼馴染

 ゴールデンウィークに突入した、晴れの日のこと。

 わたしは、晴夜くんからのメッセージを未読スルーしていた。

 昨晩のメッセージがこう。

 

『明日遊ばない?予定ないか教えて。』


 そして、朝のメッセージがこう。


『スマホ見てる?』

『予定空いてるの今日しかない。』

『遊べるかどうか聞きたい。』


 今来たのがこう。


『倒れてない?』

『せめて既読だけでもつけて。』


 ポップアップのメッセージを読んで、ため息をついた。

 ――美華ちゃんから、晴夜くんと関わらないでほしいと言われてしまった。

 わたしは美華ちゃんの頼みを無視して、晴夜くんの近くにいることができる。

 でもそうしたら、美華ちゃんに嘘をついたことになる。

 晴夜くんのことが好きな美華ちゃん。

 好きな人が他の女の子と一緒にいたら、嫌な気持ちになるに決まっている。

 恋愛感情がよくわからないわたしでも、さすがに分かるよ。


 だけど……美華ちゃんの恋を素直に応援できないんだ。

 美華ちゃんが好きな人は、わたしの幼馴染。

 それがショック――なのかもしれない。

 晴夜くんにどんな顔をして会えばいいのか、わからないよ。


 美華ちゃんが悲しむから、美華ちゃんを傷つけてしまうから――なんて綺麗な理由で、晴夜くんからのメッセージを未読スルーしているのではないんだ。


「どうしたらいいんだろう……」


 頭を抱えていると、通知音が鳴った。

 ロック画面にメッセージが表示される。

 

『家行くよ。』

「え!?」


 待って待って! そんなの聞いてない!

 と、とにかく既読をつけよう!

 トークアプリを開こうと、スマホのロック画面で暗証番号を入れている間に、ピンポーンとチャイムが鳴った。


「え、うそ」


 もう来たの? いやいや、そんなすぐ着く!?

 宅配便とか……?

 心臓の強い鼓動を感じながら、そうっと玄関を開けた。

 そこにいたのは宅配便――ではなく、ジトっとした赤い目でこちらを見ている晴夜くんだった。

 メガネはスマホと逆の手に持っている。

 も、もしかして、メッセージを送る前からここに来てた……!?


「何か言うことは?」


 顔を合わせて早々、トーク画面を見せながら言われた。

 

「無視してごめんなさい……」

「はい。なんで未読スルーしたの?」

「……なんでもないの」


 美華ちゃんのことは話したくない。

 わたしがうつむいて目をそらすと、晴夜くんは「ふうん」と興味無さげに言った。


「話す気ないんだ。昨日の夜からずーっと返事待ってたのにさぁ。嫌われたのかと思ったんだけどー?」

「えっ。き、嫌いになんてならないよ!?」


 どうしてそんなこと言うの!

 ……って、わたしのせいだ……。


「嫌いにならない……ねぇ。その言葉、覚えといてよ。そうだな……ホットケーキを作ってくれたら許そうか」

「ホットケーキ? えっと…………材料はあるけど、それでいいの?」

「それがいいの!」

「わかった……。それなら、どうぞ上がって」

「おじゃましまーす!」


 ま、まさかホットケーキを求められるとは……。

 それで許してもらえるのなら、喜んで作るけれど……晴夜くんは本当にそれでいいのかな。


「んー? ……実は泣かせたいくらい怒ってるんだなぁ、これが」

「え」


 顔を引きつらせるわたしを横目で見て、晴夜くんはそれ以上何も言わずに、リビングに飾られているわたしが幼い頃の写真を見つけて、「わあ、ゼロかわい〜」なんて言い始めちゃった。

 ……うちに来るたびに言ってるよね?


「ほんとのことは何回言ってもいいじゃん」

「もう……。あのね、ホットケーキならお店で食べるほうがおいしいと思うんだけど、わたしのでいいの?」

「ゼロのがいいんだよ」

「ふうん……」


 よくわかんないけど……。

 お昼ご飯がまだだし、ついでにお昼にしちゃおう。


「晴夜くんはお昼食べたの?」


 台所で料理の準備をしながら聞く。

 

「ううん。朝から外出てたから」


 あ、そうなんだ。

 でも、今日は予定がないって、トークアプリで言っていたよね。


「なんだ、読んでるんじゃん。未読まがいの既読スルーだね」


 うっ……。


「あははっ。触れないでほしいときの顔しちゃって。今日は外で本読んでたんだ」

「読書にぴったりな場所でもあったの?」

「うん! うちの庭に大きな木があるんだ。晴れた日は木陰ができて、この季節にはちょうどいい涼しさなんだよ」

「いいねぇ」


 会話をしながら、ホットケーキの生地を作り始めた。

 ボウルに卵を割って牛乳を流し込む。

 しっかり混ぜたら、ホットケーキミックスを入れて、また混ぜる。

 視線を感じて顔を上げると、晴夜くんがわたしの手元を見つめていた。


「……やっぱり何か手伝えることあったら」

「ううん、大丈夫。晴夜くんが手を出すと大惨事になっちゃうし」


 料理のセンスが壊滅的だもん。

 基本やればできるのに、料理だけは駄目なんだよね。

 

「自分の力量は分かってる……。だからその、手伝うのは……使い終わった調理器具を洗うとか!」


 でもこれは、わたしが晴夜くんのメッセージをスルーしたことが始まりだから、晴夜くんはゆっくりしていて。


「……わかった」


 晴夜くんはうなずくと、またわたしが小さい頃の写真を見た。

 ピロリンと通知音が鳴って、次はスマホを見る。


「悪霊退散くん……?」

「どうかしたの?」

「面白い動画見つけたって。ハムスター……見てみようかな」


 晴夜くんは画面を見ながら「ははっ、可愛い」と笑ってる。

 わたしはその様子を見てほほ笑んだ。

 晴夜くんが楽しそうで嬉しい。

 

 フライパンに生地を流し込んで、ホットケーキを焼く。

 できあがったホットケーキをお皿に乗せて、バターをのっけてハチミツをかけて――。

 

「――はい、どうぞ!」

「わー! おいしそう!」


 完成したホットケーキを晴夜くんがいるテーブルへ持っていった。

 晴夜くんはスマホをしまう。


「いただきます!」

「たーんとお食べ」


 と言いながら、わたしも自分に作ったホットケーキを一口パクリと口に入れた。

 うん、今回もバッチリ!


「おいしい?」

「うん、おいしい!」


 わたしの質問に晴夜くんは満面の笑みで答えてくれる。

 ふふ、嬉しいなあ。

 

 ――美華ちゃんの言葉が頭にこびりついていなければ、もっと喜べたかもしれないのに。

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