理科室の人体模型
第23話 人体模型の噂話
ザー……と、雨が地面を叩く音がする。
ゴールデンウィークが近づいてきた、ある日の掃除時間。
わたしは晴夜くんと理科室掃除をしていた。
「ねー、ゼロー? ちりとりがないんだけど、どこかで見なかった?」
「それならさっき、
「オッケー。見てくる」
わたしは晴夜くんの後ろ姿を見ながら、ふふっと小さく笑う。
今日は晴夜くんが一日中いれる日で、わたしは朝から上機嫌。
白い布ことシロさんと知り合いになった日に手当てした晴夜くんの足はすっかり治ったようで、体育も参加できているし、痛みもなくなったみたい。
よかったよかった。
さあて、わたしは理科室の窓を閉めに行こうかな。
なんて独り言を呟きながら、学校の外に面している窓へ向かう。
そのとき、背中に針がチクリと刺さるような痛みを感じた気がして足を止めた。
誰かに、背後から見つめられている気分。
もしかして、晴夜くん?
存在感ゼロのわたしを見ていられるのは、今だと彼くらいだもの。
なんのつもりかわからないけれど、話しかけてくれたらいいのに。
不思議に思いながら、わたしは振り返る。
「……? 誰もいない」
ううん、正確に言うと、人の形をしたものは、いるにはいるんだ。
理科室の後ろにある、木でできた、開け閉めする戸の素材だけがガラスでできた大きな棚。
その中に、右目をなくした人体模型が置かれている。
じっと見続けていると、目玉がギョロリと動いて目が合ってしまいそうに思える。
あの人体模型は、ひばり学園の七不思議の1つだ。
こんな噂話なの。
理科室の人体模型という噂話を、知っていますか?
北校舎2階の理科室にある人体模型は、天気のすぐれない日の
出会ってしまうと、目玉を奪われるのだとか……。
雨の日は、1人で校内を歩かないようにしましょう。
なーんちゃって。
人体模型だよ? 動くわけないじゃない。
ただの噂話に過ぎないに決まっている。
――そう思いたいけど……。
わたしは、今までの出来事を思い出してみる。
まず、花ちゃん。
カンナちゃんから噂を聞いて、わたしがトイレの花子さんを呼び出すことになった。
まさか本当に出るとは思いもしなくって。
呼び出しておしまい――かと思いきや、花ちゃんワールドへ連れていかれ、あれやこれや……と、色々あった。
お次は、シロさん。
お裁縫の授業のあと、噂通りに連れていかれてしまった。
祓い屋の早平翔くんとトイレの花子さん――花ちゃんのおかげで無事に帰ってこられたんだ。
2回連続で、七不思議の被害にあっている。
これは、油断しちゃいけないのでは……?
わたしは、ブルッと身震いをした。
「ゼロ、ちりとりもらってきたよ」
「あ、ありがとう」
晴夜くんが戻ってきた。
不安な気持ちのまま笑おうとしたわたしを見て、首をかしげる。
「どうかした? 体調悪い?」
「ううん……。人体模型が気になったの。ちょっと怖いなって」
「ああ、それでそんな顔。人体模型の噂話、不気味だよねー」
そうなの。
何も起こらないといいんだけど……。
「ダイジョーブだと思うよ。たかが噂じゃん」
「それはそうだけど」
「気にしない気にしない!」
わ、わかった。
晴夜くんが明るく言ってくれると、なんだか平気な気がしてきたよ。
うん、大丈夫だよね!
❀
下校時刻を迎えて、わたしは晴夜くんと2人で靴箱まで下りた。
上靴を脱ぐ前に、あることに気がついて声を上げた。
「あっ!」
「どーしたの?」
「体操服忘れちゃった。取りに行ってくるね。先に帰っててもいいから」
口早に伝えると、階段を駆け上がった。
先に帰っていいと言ったけれど、本当は晴夜くんと帰りたいから。
教室の鍵は開いていた。
体操服を取ると、再び急ぎ足で階段を下りていく。
晴夜くんが待っていると思うから。
昔から、帰っていいと言っても待っててくれるんだ。
タン タン タン タン
わたしの足音が反響する。
ペタ ペタ ペタ ペタ
わたしの足音に重なって、別の音が聞こえた。
なんだろう、この音……?
まるで、廊下を裸足で歩いているみたい。
「……早く行こう」
歩く速度を上げると、ワンテンポ遅れて何かの音がする。
タンタンタン
ペタペタペタ
タンタンタン、タッタッタッ
ペタペタペタ、ペタッペタッペタッ
怖い。背中がゾクゾクして、足が震える。
誰かに、あとをつけられている。
大丈夫。あとちょっと。
あとちょっとだから。
「平気、怖くない……」
きっと、誰かのイタズラ。
わたしを驚かそうとしているだけ。
そうに決まっている。
「――なあ……」
おどろおどろしい低い声に、わたしの足は止まった。
動かせない。
走ろうとしているのに、足に鎖がつながれているみたい。
「なんで逃げるんだよぉ……」
震えながら、後ろを振り返った。
「ヒッ……!?」
腰が抜ける。
地面にへたり込んだ。
そこにいたのは、掃除のときに見た片目がない人体模型。
身体の半分が赤い筋肉で、半分が白い肌。
こんな細い身体にどうやって収まっているのかわからない、色とりどりの内臓が丸見えだ。
「お前の目、綺麗だなあ……」
筋肉が剥き出しの腕が伸びてくる。
わたしの目に向かって。
「い、イヤ……」
「それ、頂戴」
わたしは恐ろしくて、ギュッと目をつむった。
――バキッ
「消えろ」
――ガンッ
「ギャアァァァーーーー!!」
鈍い音と、人体模型の叫び声がした。
今の声……。
「晴夜くん……」
目を開けると、靴箱にいるはずの晴夜くんがここにいた。
人体模型は跡形もなく消え去っている。
「やっぱり、悪いのに引っかかってた」
「……」
晴夜くんを見て、すごく、ものすごく安心した。
人体模型に殺されるかもしれないって、本気で思ったんだ。
こうして助けてくれたのはいつもどおりの晴夜くんで、怖かったことが嘘みたいで。
ボロボロと涙が溢れてくる。
「えっ!? ちょっと、泣かないで……よしよし」
「うっ、うぅっ、晴夜くん〜」
晴夜くんは、わたしの頭をを撫でながら「困ったな」と呟いている。
「怖くない、怖くない」
そう言って、晴夜くんは優しくほほ笑んだ。
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