第22話 お疲れな晴夜くん
花ちゃんとシロさんと別れて、わたしは早平くんと学校を出た。
「今日は助けてくれて、本当にありがとう」
「お礼を言われるほどのことじゃない。帰ってしっかり寝ろよ」
「うん。そうする」
早平くんは優しいな。
誰かのために頑張れるところ、早平くんの長所だと思うよ。
「……別に、普通だろ」
「ううん。早平くんはすごいよ」
わたしが言うと、早平くんは小さな声で「……さんきゅ」と言った。
暗くて顔はよく見えないけれど、嫌そうではなかった。
「暗いから気をつけて帰れよ。また明日」
「ありがとね。バイバイ」
早平くんと手を振り合って、それぞれ逆方向へ歩き始めた。
しばらく歩き続けて、横断歩道で信号に引っかかった。
わたしはカバンからスマホを取り出す。
メッセージが来ていないか、確認しようと思って。
スマホのロック画面に、新着メッセージが表示されている。
トークアプリを開いた。
メッセージはお母さんからだ。
『今日も遅くなりそう。ご飯食べて、お風呂に入って、しっかり睡眠とってね。』
そっか。今日も遅くなるんだ。
いつものことだけど、やっぱり寂しいな……。
でも、わたしがわがままを言うとお母さんを困らせてしまうから、我慢しなくちゃ。
『はーい。お仕事頑張ってね』
そう返信して、スマホをしまおうとしたら通知が鳴った。
晴夜くんからだ。
気になったけれど、信号が青になったので、スマホは一旦ポケットに。
少し歩いて、また信号待ち。
晴夜くんからのメッセージ、確認しよう。
『今どこ?』
『家の近くの信号を待ってるよ』
返信すると、すぐに既読がついた。
まばたきをする間に返事が届く。
『わかった。行く。』
え? 今からここに?
わざわざ?
晴夜くん、暇なのかな……?
『待ってるね』
すれ違うと悪いし、ここから動かないほうがいいかな?
やっぱり信号は渡っておこうかな?
「おーい、ゼロー」
えっ、もう来たの!?
でも声は後ろからしたような……。
振り返ってみると、わたしが来た道を手を振りながら歩いてくる晴夜くんがいた。
制服じゃなくて、青いパーカー。
靴がいつものと違って、ベランダで履くようなサンダルだ。
「晴夜くん! 家にいたんじゃないの?」
「散歩してたんだ」
「暗いのに?」
日が落ちるころに外出するなんて、翠さんは心配しそうだけど……。
とっても愛情深いお母さんなんだよね。
わたしが首をかしげると、晴夜くんは苦笑した。
「父さんに怒られて、家にいられなかったんだ。こういうときは何も言われないよ」
「そうなんだ」
いったい何をしたんだろう……。
晴夜くんのお父さんは、おおらかで優しい人だ。
たまに、本当にたまに、怖いときがあるみたいだけど……。
家にいられなくなるくらい怒らせちゃったんだよね。
それって大丈夫なの?
「大丈夫。気にしないで」
晴夜くんは両手を振って、にっこり笑う。
……あ、晴夜くん、メガネしてない。
「ねえ、メガネは?」
「え? あっ」
聞くと、晴夜くんは顔に手をやる。
メガネをかけていないことに気がついて、バッとフードをかぶった。
周りに人がいないか確認している。
誰もいないと知ると、ホッと息を吐いた。
「……靴、いつものじゃないんだね」
「これは気分! ただの散歩だし、靴くらいなんでもいいじゃん。あと、メガネも、たまたま忘れただけだよ」
本当に?
そう問いかけたくなったけど、できなかった。
普段の晴夜くんなら、絶対こんなことはない。
メガネをかけ忘れるなんてありえない。
何か、ひどく動揺することがあったんじゃ……。
「本当に大丈夫?」
「平気。ごめん。心配かけて。……帰ろうか」
晴夜くんは信号が変わると、歩き出した。
わたしはとなりを歩く。
ふと晴夜くんの足を見て、気になって聞いた。
「足、どうかしたの? 痛い?」
右足に体重をかけて、左足を引きずり気味に歩いている。
もしかして怪我してる……?
散歩中に転んだとか、捻ったとか?
でも晴夜くんはそんなヘマしないよね。
晴夜くんは目を丸くして、わたしを凝視した。
ふいっと顔を背ける。
「転んだ」
「えぇっ、大丈夫!? 手当てしよう!」
うちにおいで。
家はとなりだし、帰りやすいでしょ?
っていうか、本当に転んだんだ……。
めずらしい。
「いいよ。そのうち治るもん」
「ほっとくのは駄目」
「そんなひどい怪我じゃない」
「それでも駄目なの」
晴夜くんは大丈夫だと言うけど、歩くのつらそうだし、結構痛いんじゃない?
「……君ってほんと、おせっかいだね」
晴夜くんは小さく息をこぼした。
❀
「ねえ、本当に転んだだけ?」
自宅のリビングにて。
わたしは晴夜くんの怪我を見て、そう聞いた。
晴夜くんにはズボンの裾を上げてもらって、怪我したという足を見せてもらった。
「結構腫れてる。これ、くじいたのね。それに、ふくらはぎも擦れて赤くなってるよ」
「いやあ、僕、ドジだなぁ」
「あのねぇ……」
ドジだなぁ、じゃないの。
笑ってるけど、ひどい怪我じゃないって言ったの嘘だよね?
自分で見てわからなかったわけないでしょ?
「……ごめん」
「どうして転んだの?」
手当てをしながら聞く。
「それは……」
晴夜くんは口を閉じた。
言いたくないのかな、と思った。
でも晴夜くん、小さなため息をつくと、こう言った。
「逃げようとして、足滑らせた。それで、ひねって家具にぶつけた」
何から逃げようと?
「あー……ヘビ。ヘビだよ。うち、ボロいから出やすいんだよね」
「ふうん。大変だったね」
あんまり深堀りしてほしくなさそうだから、これ以上は聞かないでおこう。
声に張りがなくて、疲れているみたいだしね。
――そうだ!
「プレゼントあげる」
「えっ、急だね。特別な日でもなんでもないよ?」
「何もない日にだって、あげていいでしょ? ほらっ、ご覧ください!」
わたしがカバンから取り出して見せたのは、家庭科の授業で作ったコースター。
渡すタイミングが見つからなくて、困ってたんだよね。
「すご……! わかった、これ僕の名前がモチーフでしょ」
「ぴんぽーん!」
目をキラキラ輝かせる晴夜くんを見て、キュンっと胸がときめいた。
こんなに喜んでくれるなんて、嬉しいな。
「ありがとう! 大切に使うよ」
「どういたしまして」
晴夜くんはコースターをじーっと見つめて、「すごー」とか「僕の好みわかってるね」とか言って、にこにこ笑ってる。
そんな彼を見ていると、わたしも嬉しくなっちゃう。
「無理やり家に連れてきちゃったけど、晴夜くん帰る?」
「あー、そうだね」
晴夜くんはスマホを開くと、「げっ」と顔を青くした。
どうしたのかな?
「姉ちゃんから。父さんまだ怒ってるって……」
「帰れそう?」
「……おとなしく怒鳴られることにするよ。あーあ」
怒鳴られる……って、そんなに怒らせたの?
本当に何したのよ……。
「いやー、別に? 意見が対立しただけだよ?」
「何の言い合い?」
「粒あん派かこしあん派か」
「はあ?」
「なんてね。冗談でーす」
そりゃあ冗談でしょうね。
なんて軽く話しながら、リビングから玄関へ。
「じゃあ、手当てとコースターありがとう、ゼロ。またね」
「どういたしまして。走ったりしないでね? バイバイ」
晴夜くんは靴を履くと、笑顔でわたしに手を振った。
――ドアを閉めるとき、一瞬表情が曇ったことを、わたしは見逃さなかった。
「待って!」
慌ててスニーカーに足を突っ込んで、ドアを押し開ける。
そこに、晴夜くんはいなかった。
道路へ続く道を見ても、姿は見えない。
わけがわからなくなって、わたしは家に戻った。
「何も……疑わないんだ」
ドアが閉まり切る直前、そんな言葉が聞こえた気がした。
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