家庭科室の白い布
第9話 家庭科の七不思議
月曜日のお昼休みの終わり頃のこと。
わたし――神在月零は遅刻してきた晴夜くんに話しかけた。
「おはよう晴夜くん」
「おはよ――いや昼はおはようじゃないよね」
「じゃあ、こんにちは? ねえ、昨日は早平くんと2人で遊んだって聞いたよ。どうだった?」
「楽しかった」
それはよかった。
でも、もう少し感想があればなぁ。
「花子さんが花ちゃんワールドで僕らを振り回してくれたんで、めちゃくちゃ疲れました。って言ったらどう?」
「ええっ、花ちゃんが!? というか、どうやって花ちゃんに会ったの?」
花ちゃんワールドに行った理由はなんとなくわかるよ。
この町、娯楽施設がまったくと言っていいほどないもん。
わたしも友だちと遊ぶときは、花ちゃんワールドに行くと楽しそうだなぁと思う。
花ちゃんとたくさん遊べるし、遊園地で楽しい思い出を作れるからね。
「一応言っておくと、何も変なことしてないから。花子さん、意外と校内をうろついているみたいだよ」
晴夜くんは何を言い訳してるんだろう。
……あ、そっか。
花子さんを呼び出すには女子トイレに入らなきゃいけないのが普通だから、そんなサイテーなことはしていませんってアピールをしたのね。
晴夜くんが変態みたいなことをするとは思ってないから大丈夫だよ。
「ゼロは良い子だからね。もし僕が変態でもそう言うと思うよ」
「え……、晴夜くん変態なの……?」
「もしって仮定したの聞こえなかった?」
ううん、聞こえたよ。
そのあとに続く言葉の威力が強すぎたの。
「そっか。次の授業はなんだっけ」
晴夜くんは軽くうなずくと、話を変えた。
「被服室でマイバッグ作り。午後は2時間続けて家庭科だよ」
「りょーかい。じゃあ移動しようか」
晴夜くんは筆箱に教科書とワーク、それから机の横にかけていた裁縫道具を取ると、わたしに笑いかけた。
「うん」
わたしは立ち上がって机に用意していた道具を持った。
2人で並んで歩きながら話を続ける。
「マイバッグが完成したら、コースターを作っていいんだってよ」
「え、そうなの?」
「晴夜くん、前の時間お休みだったから知らないよね」
「うん、初めて聞いた。コースターかぁ……。ふうん」
隣でつぶやく晴夜くんを横目に、わたしはグッと小さく拳を握る。
マイバッグ早く終わらせて、コースター作って晴夜くんにあげるんだ……!
「僕は裁縫苦手だから、たぶんバッグを作るのに時間いっぱいかかると思うんだよね。けっこう休んでるから、みんなより進んでないし」
「大丈夫、締め切りに間に合えばいいんだから」
先生はまだ時間あるって言ってたよ。
「うん。そうだね」
❀
被服室のいたるところからミシンの音がする。
そんな中、わたしはコースターに刺繍していた。
晴夜くんにあげるものだから、晴夜くんが好きそうなデザインを心がけている。
シルエットは正方形。
まるいお手本もあったけど、角張っている方が男の子向けだと思って。
晴夜くんの持ち物は黒や明度の低い青が多くて、ああいうのが好みなんだろうと思ったから、布は紺色にした。
晴夜くんの名前にちなんで、白や黄色、水色で小さな点をいくつか縫って星を表現する。
それから右上に小さく三日月を。
布の下の方に三角が縦に連なるようにして黒い糸で木を縫って描く。
すると夜の森に見えてきた。
「よーし、いい感じ!」
あとは仕上げをして――完成!
晴れた夜のコースター!
我ながら上出来だよ。
「わあ、レイちゃん刺繍上手だね」
「ひゃっ、ビックリした!」
わたしの後ろからひょっこり顔を見せたのはカンナちゃん。
わたしが作ったコースターを見てにこにこしてる。
「それ相滝にあげるんでしょ」
「な、なんでわかるの?」
「だって晴夜って感じだもん」
そっか……ちゃんとそう見えるんだね。
それならよかった。
晴夜くん、喜んでくれるかな。
「絶対喜ぶよ。わーっ、ゼロが作ったの!? 僕にくれるの!? やったー! って言うよ、きっと」
ふふっ、想像したらワクワクしてきた。
「あげる前に先生に見せるんだよ。ちゃんと評価してもらってね」
「あ、そうだった。行ってくる」
わたしは裁縫道具を整理して、先生にコースターを見せに行く。
何度か声をかけて、やっと気づいてもらえた。
やっぱりわたし存在感ないんだなぁ。
先生は作品を見るとすぐにA評価をつけた。
上手って褒めてもらえて、とっても嬉しい。
席に戻ると、そこで待っていたカンナちゃんに聞いた。
「カンナちゃんはもう終わったの?」
「そう。カンナお暇になっちゃったの。お裁縫は得意だからね。先生は他の子に教えてっておっしゃるけど、みんなサクサク進んでて」
「そっかあ。わたしは晴夜くんのところを見に行こうかな。困ってたら教えるの」
「いってらっしゃい」
わたしは晴夜くんの様子を見に行く。
晴夜くんはミシンに手こずっているみたいだった。
針の速度を一番遅くして怪我しないように慎重に、まっすぐ縫えるように微調整している。
その右隣で最後の作業であるボタンの縫い付けをしていた噂打樹くんが、晴夜くんを見て苦笑している。
噂打くんは快活な人気者で、短髪が爽やかな印象の男の子。
晴夜くんとは早平くんの次に親しい男子生徒だ。
「相滝、もっと大胆に行こうぜ。怪我しない程度にさぁ」
「噂大好きくん黙って。今集中してるの」
「噂大好きじゃないって言ってるよな?」
あらら……。噂打くん、また晴夜くんから噂大好きくんって言われてる。
1年生のころからずっとだよ。
「…………はぁ。これ大丈夫かな」
晴夜くんは1辺縫い終わるとミシンを止めて、縫い目を確認している。
わたしはそのタイミングで話しかけた。
「晴夜くん、調子どう?」
「あ、ゼロ。全っ然よくないよ。手伝ってくれない?」
「もちろん」
晴夜くんに助けを求められたら、拒否なんて選択肢はないよ。
わたしは言葉で教えたり、晴夜くんの手に自分の手を重ねて一緒に縫ったりした。
晴夜くんの耳が赤かったような気がしたけれど、晴夜くんに気のせいだと言われてしまった。
そうして手取り足取り手伝っているうちに、晴夜くんのバッグが完成した。
「できたーっ! ゼロ、ありがとう!」
「どういたしまして。今日中に完成して良かった」
今日が提出期限というわけではないけど、晴夜くんはいつ学校をお休みするかわからないから。
これから先の家庭科を全部お休みする可能性もあるしね。
「先生に見せておいでよ」
「うん」
晴夜くんは首を縦に振ると、他の人を避けながら先生のところへ向かった。
わたしはホッと息をついて、なんとなく窓に目を向ける。
置いてあったのは洗濯物干し。
かかっている雑巾や白い布が、家庭科室に吹き込む風を受けてゆらゆらと揺れていた。
❀
家庭科の授業後のこと。
荷物をまとめていると、わたしのところへやってきたカンナちゃんがこんな話をした。
「レイちゃん知ってる? 『家庭科室の白い布』っていう噂話」
カンナちゃんはわたしの返事を聞かずに、おどろおどろしく語り始めた。
南校舎2階の被服室には、小さな洗濯物干しがあります。
そこには白い布が四六時中かかっていますが、ときどき姿を消していることがあります。
消えた布に気づいてしまったとき、あなたは人知れず布に連れ去られてしまう。
誰もいないところで絞め殺されてしまうのです。
被服室の洗濯物干しは見ないようにしましょう。
絞め殺されてしまうって怖いね……。
理由がハッキリした怖さがある。
白い布って真四角で真っ白い布かな?
それともタオルみたいに長いもの?
白くて綺麗なように見せかけてボロいとか?
「レイちゃん、白い布さんが可哀そうだよ?」
そ、そうだよね。
姿は見えないけど、ごめんなさいしておきます。
それにしても、どうして家庭科室なんだろう。
「リズムがいいからかも? 被服室の白い布、家庭科室の白い布……。やっぱりわかんない。噂を流した人の好みだね」
そんな理由なんだ……。
カンナちゃんが考えた理由に、わたしは苦笑する。
「早く教室に戻ろう。噂話したら怖くなってきちゃった」
カンナちゃんは、わたしより先に被服室を出た。
わたしも荷物を抱えて被服室を出た……けれど、なんとなく気になって振り返った。
「……?」
わたしは首を傾げる。
洗濯物干しが少し変わったような気がする。
でも雑巾が干してあるのは変わらない。
何が変わったんだろう。
「――あ」
その瞬間、何かが身体と口に巻き付いてグイッと強く引かれた。
わたしの手から教科書や裁縫道具が離れる。
悲鳴をあげることもできないまま、暗闇の中へ引きずり込まれたのでした。
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