第20話 エミリア 回想4 カクヨム版
翌日。
私はまたクレアさんに喧嘩を売っていた。
「カークスさん、メロンよりスイカの方が好き♡って言ってましたよ。まだ五回しか味見をして貰って無いですけ―――」
こんな事をして何かが変わる訳でもないことは分っていた。
それでも何か出来るんじゃないかって、何か変えなきゃいけないって、またカークスさんに迷惑を掛けちゃうって分かっていても、たぶんまた許してくれるカークスさんに甘えて、私はそんな恥ずかしい事を口にしていた。
♢♢♢
「ごめんなさいっ!」
その晩、私が今朝の事を謝ると、やっぱりカークスさんは笑って許してくれた。
私が謝ったのはカークスさんが許してくれるって分かってて行動してしまったこと。
そんな私の気持ちを知らないカークスさんは、両頬が腫れている私を心配してくれた後、いつもの様に雑談を始めた。
「剣を壊しちゃったんですか?」
カークスさんは一昨日のクエスト中に剣を壊してしまって、今修理中だと笑って話し始めた。
「……もしかして、それもワザと……ですか?」
「あっ…いや……うん、もしかしたら……そうかも知れない」
それを聞いた瞬間、私の手が勝手に伸びて、カークスさんの頭をギュッと抱きしめていた。
「ちょ!エミリアさん!なにを!?」
「なんで……もうそんなことしないって」
「……」
「もう絶対そんなことしないって約束したじゃない!」
「……ごめん」
また限界が近いのかもしれない。
私もそんな彼を見ているのはもう限界だった。
「ねぇ、カークスさん。王都を出ませんか?」
「王都を出る?」
「はい。王都を出て、知らない場所や見た事の無い景色を色々見て回るんです」
「知らない場所……」
「ええ、きっと楽しいですよ」
積極的か消極的かの違いはあるけど、結局私もカークスさんと同じ結論を口にしてしまう。
いや、黙って姿を消す分、私の提案の方がタチが悪いって思うけど、カークスさんが何て答えるのかを分かっていながら、そう提案する事しか出来なかった。
「……ごめん、やっぱりそれはできない」
「何でっ!こんな事を繰り返していたらクレアさんはもっと悲しみますよ」
違う。本当はクレアさんじゃなくて私が、なのに。
たぶんもう理屈じゃないことは分っていたけど、このままクレアさんといたら結局カークスさんは……
でも、カークスさんはまだここにいる。
私の胸にカークスさんの体温が伝わってくる。
だから、手遅れにならない様に私も何とか力になりたい。私にできることは何だろう。
そして翌日。
私が公園に行くと、カークスさんは先に来ていて一人鍛錬をしていた。けど、いつもとは違う点が一つあった。彼が今日使っているのはいつもの木刀じゃなくて、本物の剣だった。
「カークスさんこんばんは!」
「やあ……こんばんはエミリアさん」
いつものように挨拶を交わした後、私が剣の事を聞くと、カークスさんはその剣を鞘にしまってから、私にその剣を暫く預かってほしい。と言ってきた。
「この剣を私が?」
てっきり壊した剣の代わりだと思っていたから、不思議に思った私が尋ねると、カークスさんは剣が直るまでクエストをお休みしていると言った。
彼が暫くクエストに行かない事は少し安心。だけど、この剣があるのに何故クエストに行かないのか聞いてみた。
すると、カークスさんはいつもの様に寂しい笑みを浮かべながら、その剣をジッと見つめて言った。
「僕には、もうこの剣は使えないから」
そう呟いたカークスさんの、その瞳に浮んだ悲しい色を見てしまった私。
「分かりましたっ!その代わりいつかお礼してくださいねっ!」
理由は聞かない。
ただ、そんな空気を変えたくて、私は無理に明るい声を出してカークスさんからその剣を受け取った。
♢♢♢
それから数日後。
鍛錬が終わった後、私はカークスさんとの雑談の中で、クエストのお休み中、昼間は何をしているのかを何気なく聞いてみると、カークスさんは王都の近くで鍛錬していて、クレアさんは一人でクエストに行っているらしい。
「クレアさん一人でクエストですか?」
私はカークスさんがクエストをお休みしているから、てっきりクレアさんもお休みしてるものだとばっかり思っていた。
だって、毎日クエストに行くなら冒険者ギルドで顔をあわせる事もあるはずなのに、私はここ暫くクレアさんの姿を見ていなかったのだから。
♢♢♢
二日後、私はパーティーの休息日を利用して、早朝からカークスさん達のホームが見える物陰に隠れていた。
いったいクレアさんは毎日どこに行っているのか。
こんな事をするのは気が引けたけど、少しでもカークスさんの役に立てればと、そんな気持ちで物陰から見張っていると、暫くしてクレアさんが一人でホームから出てきた。
魔法衣を着て魔法杖を持ち、バックパックを背負った姿はどうみてもクエストに行くようにしか見えない。
やっぱり気にし過ぎだったかな。
そう思ったけど、一応クレアさんに気付かれないように少し離れて後を付けると、クレアさんは冒険者ギルドには向かわず、そのまま王都の外に出て行った。
昨日のうちにクエストを受けていたのかな。
そう思いつつ後を付けて行くと、クレアさんは王都を出てすぐに街道から細い脇道に逸れると、小さな森の中に入って行った。
私も後を追ってその森に入ると、少し開けた場所に立っているクレアさんの姿を見つけた。
だけど、その場所に居たのはクレアさんだけでなく、一人の冒険者がクレアさんと挨拶を交わしているのが目に入った。
長い黒髪を後ろで束ねた背の高い男。
確か最近王都に来た、ケントとかいう冒険者だ。私もちょくちょくギルドで姿を見かけるし、以前機嫌の悪いクレアさんに絡んだって話も耳にしていた。
カークスさんにはソロでクエストに行ってると言いつつ、いったいこんな所で何を。
軽い気持ちで後を付けて見たら、予想以上の物を見てしまった私は、嫌な予感を感じながらも、たぶんあの男が受けたクエストに二人で行くんだろう。と、その予感を無視して、歩き出した二人の後を付けた。
それから三十分後。
ヘルン山脈方面に向かって並んで歩いていく二人。
何かを話しながらお互い笑ったりする様子は、一見仲の良さそうな普通の二人組の冒険者。
だけど、二人の関係がそれだけじゃない事は、少し見ていただけでも分かってしまった。
微笑みを浮かべて男と見つめ合い、時には軽く男の肩を叩いて甘えるように怒った様子を見せたり、飛び跳ねたり、無邪気に笑う様子は、まるで恋人に対するそれのようだった。
普段、カークスさん以外の男は歯牙にもかけないクレアさんが、目の前で他の男と仲良さそうにしている光景が信じられない。
だからカークスさんにはソロって言っていたんだ。
私がそんな衝撃を受けつつも、その後も後を追っていると、二人はユーラス渓谷に向かう細い脇道に入って行った。
ユーラス渓谷へ?
私も行った事は無いけど、確か何もない場所で、魔物が出たって話も聞いたことが無い。
脇道に消えていった二人の姿を見送りながら、私はゴクリと喉を鳴らして立ち止まった。
たぶん、クエストじゃない……
知らなくていい事だってある。だけどカークスさんの事を考えると。
私は二人が見えなくなるまで充分距離を取った後、ユーラス渓谷へ向かう細い道に足を踏み入れた。
そして……結果から言うと、私が想像した以上の最悪の光景が、ユーラス渓谷で繰り広げられていた。
裸で抱き合い、激しい口づけを交わす二人。
男を求め、自分から激しく腰を振るクレアさん。
離れた場所で様子を伺っていた私にも聞こえて来る大きな嬌声と卑猥な言葉。
キスどころか、男の人と交際もした事の無い私にだって、あの二人が何をしているのかは直ぐに分かってしまった。
目の前の光景が信じられず、暫く呆然としていた私だったけど、そのうち激しい怒りを覚えていつの間にか拳を握り締めていた。
カークスさんがあんなに苦しんでいるのに……
どれくらいそうして二人の痴態を眺めていただろうか。
ふと、誰かの視線を感じた私は慌てて息を潜めた。
クレアさんじゃない。その冷静な視線はあの男の物だと気がした私は、慌ててその場を後にした。
♢♢♢
その夜、いつもの公園でいつものようにカークスさんと顔をあわせた私だったけど、今日見た事をカークスさんに伝えるべきか一日中悩んでいた。
知らなくていい事だってある。
不安定なカークスさんがこの事を知ったらどうなるか分からない。
それでも、こればっかりは黙っていてもカークスさんの為にはならないと、私は恐る恐る今日見た事をカークスさんに話してしまった。
クエストに行っているはずなのに、ギルドで見かけなかった事を不思議に思った私がクレアさんの後を付けてしまったこと。
彼女がケントとかいう冒険者と二人きりでユーラス渓谷に向かったこと。
そして、そこで抱き合っている二人を目撃してしまったこと。
何をしていたかまでは流石に言えなかったけど、その状況からしてカークスさんにも分かったはずだ。
「余計な事をしてごめんなさい」
私が最後にそう言うと、俯いたまま黙って聞いていたカークスさんは、いつもの様に寂しい笑顔を私に向けた。
「……エミリアさん、君にも余計な心配かけてしまってごめんね」
そう呟いたカークスさんは、暫く沈黙した後、「たぶんそうじゃないかと思っていた」とこれまた私が驚くような事を言いだした。
昼間の公園は他の人の迷惑になるからと、毎日クレアさんが出かけた後、カークスさんは一人で王都の外で剣の鍛錬をしている。
そして先日、私が今日二人を見たあの森で鍛錬をしていた所、あの二人がクエストから一緒に帰ってくるのを見てしまい、慌てて隠れたカークスさんの前でキスをした二人は、それぞれ分かれて王都に帰って行ったそうだ。
「僕が先に話していれば、エミリアさんに嫌な役目をやらせずに済んだのに。ごめん……」
「私こそ、勝手な真似をしちゃってごめんなさい」
クレアさんが圧倒的に悪いのは分かってるけど、この状況を見て見ぬ振りをしているカークスさんも間違ってる。
そう思ってしまったけど、カークスさんがクレアさんに抱いている感情を考えると、結局私はそれを言い出せなかった。
「悪いんだけど、この事はエミリアさんの胸にしまっておいてくれないかな。近いうちに終わると思うから」
何が終わるのかは聞かなかった。
ただ、もうカークスさんとクレアさんは元に戻れないだろうと、そう感じた私は、カークスさんに頷くしかなかった。
そしてそれから数日後、カークスさんとクレアさんの事は、私の心配をよそに、あっけなく結末を迎えた。
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