第19話 エミリア 回想3 カクヨム版
普段は常に明るく、友達も多くて幼馴染の絶世の美女が恋人で、ハンサムなカークスさん。
冒険者の実力を低く見られている以外は全てに恵まれている彼。
だけど、そんなカークスさんはお酒に酔えず、毎晩飲み歩いている風を装って、クレアさんにも秘密にして剣の鍛錬に励み、本当は凄く強いのに実力を出せず、時々寂しい笑顔を浮かべては、その瞳に怯えの色を見せる。
本当は繊細で弱くて優しいだけのカークスさん。
私の初恋は失恋で幕を閉じたけど、そのおかげで何か吹っ切れた私は、せめてカークスさんからその不安と怯えを無くしてあげたいと、少しづつ彼との距離を詰めていった。
「そう言えば、怪我をされたときのクエストって……」
「その時クレアさんはどうしていたんですか……」
「なんでカークスさんはそうしようと思ったんですか?」
毎日カークスさんの鍛錬が終わった後、私はさりげなく問題のクエストの状況を聞き出して言った。
初めは適当に言葉を濁したり、笑顔で誤魔化したりしていたカークスさんだったけど、少しづつその時の状況を話してくれるようになった。
今思えば、話す相手は私じゃなくても良かったんだと思う。
既に心が折れかかっていた彼が、無意識に口にした助けを求める声だったように思う。
♢♢♢
「……じゃあ……わざとって言うんですか……」
カークスさんの告白を聞いた瞬間、私はそれ以上の言葉が出ず、絶句したままカークスさんを見つめた。
カークスさんは、
「結局……直前で怖くなったんだと思う。少しだけ無意識に避けてしまって……」
だからこうして今もここで生きていると、自嘲の笑みを浮かべたカークスさん。
だけどそれは原因じゃなくて結果だ。
私はカークスさんがそうしようとした理由が知りたかった。
「僕には幼い頃からいつもクレアが傍にいて……」
彼は、子供の頃から今日までの事をぽつりぽつりと話し出した。
子供の頃は何の屈託もなくクレアさんと遊んでいたカークスさん。
だけど、大きくなるにつれて、何をやっても上手にこなすクレアさんと、逆に何をやっても上手く出来ない自分に言いようのない気持ち―――多分嫉妬だろう―――を抱き始めたカークスさん。
そんなカークスさんの気持ちを知らず、純粋な好意で接してくるクレアさんに困惑しつつも、気の弱いカークスさんはクレアさんを受け入れていたそうだ。
そしてもうすぐ十四才を迎えるある日、クレアさんのお父さんに偶然会ったカークスさんは、クレアももうすぐ結婚の事を考える年齢になったから、今後はあまり付き合わないで欲しいという事を遠回しに言われたらしい。
ショックを受けつつも、呪縛から解放されたような気持ちになったカークスさんは、クレアさんのいる町を出て、冒険者になろうと決意した。
だけど黙って出て行くわけもいかず、クレアさんにその話をしたところ、クレアさんは自分も一緒に付いて行くと言い出したそうだ。
まさかそうなるとは思わず、町に残るよう必死にクレアさんを説得したカークスさんだったけど、結局はクレアさんに押し切られて、町を逃げ出すような形になってしまったらしい。
その後は、冒険者の才能もない事が分かった自分と、魔導士の才能を開花させてメキメキと成長するクレアさんに、少しずつ絶望を感じ始めたカークスさん。
自分が何をしても、見捨てることなく手を差し伸べてくれるクレアさんの優しさに、徐々に心をすり減らしていったと呟いた。
「早くお金を溜めて冒険者を辞めて、お店を開きたいって言うのも彼女の優しさだって分かってるんだけどね」
そんな事は自分は望んでいないけど、純粋な愛情を向けてくれるクレアさんを失望させてしまう事が、いつの間にか怖くなったというカークスさん。
冒険者になって半年後、王都に来た頃にはクレアさんの期待に沿えない事が怖くて、クエストではろくに身体が動かなくなっていて、自分と一緒にいたら、折角のクレアさんの才能を伸ばすことが出来ないんじゃないかと常に悩んで、怯えていたとカークスさんは言った。
そんなカークスさんは、クレアさんに愛想を尽かせて貰おうと、いつの間にか以前よりだらしない自分を演じるようになる。
普段からお酒に溺れたふりをして、家事もわざとサボって、クエストも真面目にしない。
気が弱くて優しい彼が取った卑怯な作戦。
いつかクレアさんが自分を見限ってくれる。
たぶんそれは、潰れそうになる彼が、日々生きる為に僅かな希望を持つための自衛行動だったのかも知れない。
普通ならとっくに見限っていいはずのカークスさんを、そんな事に気が付かないクレアさんは今でも純粋に彼を支え続けている。そんな無償の愛に胡坐を掻いてのうのうと生きていける程、カークスさんは強くも鈍感でもなかった。
そして、今でもカークスさんの中にわずかに残った、クレアさんに並び立ちたいという気持ちが、こうして毎日の鍛錬を続けている理由だった。
だけど、そんなカークスさんにも限界が来ていたのだろう。
それがクエスト中に事故を装って死のうとした本当の理由。
カークスさんは何となく自分と似ている。
どんなに頑張っても剣術が上達しなくなり、皆に追い越されて。
私はそれでもあきらめずに何とかやってこれたけど。
もし私にクレアさんみたいな幼馴染がいたらと考えてしまう。
凄く才能があるのに私の為にその才能を伸ばすこともしないで、純粋に私の事だけ考えて、ひたすら私の為に動いてくれるそんな幼馴染。
カークスさんの気持ちは凄く分かったけど、それでも私は納得できない事があった。
「それでも……私は違うと思います。そんなわざと嫌われるような真似をしないで、一度ちゃんと……何度でもクレアさんと話し合ってみるべきです」
私の意見は多分そんなに間違っていないと思う。
そう口にした私に、カークスさんはまた悲しい笑みを浮かべた。
「うん。僕もずっと前から知ってるんだ。ちゃんと話せばたぶんクレアは分かってくれるって」
「じゃあ、なんで!」
「……分かってくれても、今度は彼女が……たぶんクレアは僕を離してくれないから」
「そんなの分かったって言えないんじゃ……」
「ううん、彼女は僕が言ったことを全部聞いてくれると思う。物理的には離れてくれるんだろう。ただ絶対に何処かで僕を見ている気がする。僕から離れないと言うのはそういう事なんだ」
「そんな事……だからって……わざと嫌われるなんて」
「それに、もうだいぶ前に言ったこともあるんだ」
「じゃあ……また」
「……だから……僕は卑怯で弱い奴なんだ。彼女が僕に愛想をつかしてくれれば彼女も救われるだろうなんて、本当は自分が逃げ出したいだけなのに、そんな手を使う弱くて汚い人間だから……」
間違ってる。
カークスさんもクレアさんも。
そう分かっていても、私の正論はカークスさんには届かない。
子供の頃からずっとクレアさんを見て来たカークスさんがそう言う事を言うからには、私には知りえない何かがあるのだろう。あの時の私はそれ以上何も言えなくなってしまった。
だけど、これだけは分かってしまった。
いずれカークスさんはまた衝動的に自傷行為に走る。
今は小康状態だけど、たぶんまた……
こんな事を相談できる人もいない。冒険者はカラッとした性格の人が多いが、常に命を懸けて毎日を必死で生きているから、他人のこういう事にはドライ、冷淡だ。
「それでも二人とも間違ってます!」
私は同じ言葉を繰り返す事しか出来ない自分の無力さにただ茫然とした。
本当だったら私がクレアさんに向かい合って、話をすべきだったのかも知れない。
だけど、恋人同士の間に突然他人の私が入り込むことは出来なかったし、もし仮にそうしても、私の言葉はクレアさんは届かなかったと思う。
「もうそんな事、絶対しないって誓ってください!」
私が言えたことはただそれだけ。
だけど「うん、わかった」って笑ってくれたカークスさんの、寂しそうな笑みは変わらなかった。
結果だけ見れば、この時私が余計な行動をとらなかった事は正解だった。
もし私が余計な事をしていたら、結果的にカークスさんは自死をするか、良くても心が壊れていたと思う。
あんなことでも起きなければ、あの時のクレアさんは絶対カークスさんを離さなかったって、今ではそう分かっているから。
♢♢♢
そんな私の焦燥と無力感をよそに、時間は容赦なく流れていく。
冬が終わり、日差しが暖かい春がやってきた。
幸いカークスさんは落ち付いた状態が続いていて、私は内心焦りながらも、今まで通り毎日公園でカークスさんの鍛錬にお邪魔して、お話をして、今日も無事に過ぎたと胸を撫で降ろしてホームに帰る。
そんなある日の朝、たまたまギルドでクレアさんに出会った。
私は一人でいるクレアさんが目に入った瞬間、普段から溜まっていたクレアさんに対する苛立ちが抑えきれなくなって、自分でも気が付かない内にクレアさんの前に立っていた。
そして、カークスさんが自死を考えるほど悩んでいるのに、呑気そうにしているクレアさんに向かって、つい余計な事を口走ってしまった。
「クレアさんおはようございまぁ~す。今日はカークスさんはいないんですかぁ?」
「はっ?何?……あなたたしか……」
「『フライング☆ベター』のエミリアですぅ。昨日の夜、カークスさんに『レッドクリスタル』って言う素敵なお店に連れて行って貰ったので、お礼が言いたかったんですけど~」
「あ゙あ゙っ?」
「カークスさんに、昨晩は楽しかったです。また二人だけで飲みいきましょ♡って伝えて貰ってもいいですかぁ?」
その瞬間、クレアさんの拳が飛んできた。
私はまだ未熟とは言え、一応中堅パーティーの中衛を務めている剣士だ。
魔導士のパンチなんて躱す事も止める事も訳はない。
でも、衝動的に嘘を吐いて、カークスさんに迷惑を掛けてしまう罰だと思って、私はその拳を甘んじて受け入れた。
その晩、公園でカークスさんにその事を話して謝ったら、カークスさんは笑って許してくれた。
「君の名前を聞いた瞬間すぐに分かったよ。僕の為にそんなことまで言わせてごめんね」
「違うんです。私ついカッとなっちゃって」
「そっか……でもやっぱり僕の……僕たちの為にそこまでさせてしまった事には変わりないから」
私の頬が腫れている事を心配しながら、そう言ってくれたカークスさん。
私はやっぱりこの人がいなくなるなんて考えたくなかったし、二人のやり方を認めるわけにはいかなかった。
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