第15話 カクヨム版

 ♢♢♢ ある日 ある夜 ある場所で ♢♢♢


 いったい私はいつどこで何を間違えたのだろう。


 初めて彼と出会った時?

 初めて彼が好きって思った時?

 二人で町を出ようって決めた時?

 一緒に冒険者になった時?

 恋人になった時?


 今になって何度考えてみても答えは出ない。


 だったら全部間違いで、どれもこれも彼の人生には必要のない出来事だったんだろう。


 そんな事を何度考えても意味はないのに、そんな事を何度も考えてしまう。


 もうすべてが手遅れで……だったらどこで間違ったのだろう?


 過去を振り返っているだけじゃ意味はないって分かっているけど……


 私はそんな事を今でも何度も考えてしまう。




 ♢♢♢ 午後一時 クレア達のホーム ♢♢♢


 一昨日、昨日と続けて見ていた怖い夢は見なかった。


 ただ、深い眠りから意識が浮き上がった瞬間に感じた、鉛のように重い身体がやけに不快だった。


 ああ、ここはホームの私の部屋。

 薄っすらと開けた目に映る光景を眺めてぼんやりとそんな事を考えていた。


 そうよね……ここは私とカークスのホームだから……


 そう思った私の頭に、突然流れ込んでくる昨夜の出来事。


 カークスがいないからと、昨日もここでケントに抱かれて、後ろ手に縛られ、目隠しをされて、興奮が止まらなくて、何度も達して、恥ずかしい言葉を口にして、そして……


 最後に思い出したのは、顔をグシャグシャに濡らして微笑みながら、私を見つめていたカークス。


 カークス?……カークス、カークス!

 カークス!カークス!カークス!カークス!カークス!カークス!カークス!カークス!カークス!カークス!カークス!カークス!カークス!カークス!カークス!


 ははっ、嘘だよ。

 私の見間違いに決まってる。


 バンッ!と部屋のドアを開けて飛び出した私は、自分が全裸だってことにも気づいていなかった。ううん、例え気付いててもそんな事はどうでもいい。


 そんなことある訳ないじゃない。

 たぶん私のカークスへの愛が、一番気持ちいい瞬間にそんな幻覚を見せたんだよ。


 ははっ…だから、いつもの様にカークスをキスで優しく起こして、ギュッと抱きしめて貰わなくちゃ。


 慌ててカークスの部屋のドアを開いた私の目に映ったのは、ベッドに腰かけて優しい笑みを浮べるカークス。


 開け放たれた窓から吹き込んだ春の爽やかな風がカーテンを揺らし、私の大好きなカークスの金の髪を優しく揺らしている。


「カークス、おはよう!今日もいい天気だね。早く着替えてクエストに行こ?」


 毎朝繰り返すいつものセリフ。

 私はカークスにキスをして、抱きしめて貰ってから朝食の準備をしなきゃいけない。


 だけどカークスは、何故か私を見つめて微笑んだまま。


 ああ、カークスのその笑顔が私は大好き。

 私を見つめて微笑んでくれた時の、その笑顔が子供の頃からずっと世界で一番好き。


 カークスのその笑顔が懐かしくて嬉しくて、私もつい顔がニヤケてしまう。


 そう、懐かしくて……大好きだった。


 懐かしくて?

 なんで懐かしいんだろう?


 カークスのその笑みを最後に見たのはいつだっけ?……


 えっと、十日前?ううん……ひと月前?


 恋人になった時?

 一緒に冒険者になった時?

 二人で町を出ようって決めた時?

 初めて彼が好きって思った時?

 初めて彼と出会った時?


 分からない…分からない、分からない分からない分からない分からないっ!


 その瞬間、頭の中で何かがパチンとはじけて、目の前のカークスが微笑んだまま消えた。


「カークス?……あれ?」


 改めて見渡すカークスの部屋は、荷物が一つもなくガランとしていて、窓も閉じられていた。


「あれ?……カークス?どこ?……いまここにいたのに……どこに隠れたの?」


 シーツを捲り、ベッドの下を覗き込み、クローゼットを開けて見たけど、カークスの姿はどこにも見当たらない。


「……もう、朝からかくれんぼだなんて」


 朝食の準備もしなきゃいけないのに、いきなり朝からそんな遊びを始めたカークスに、私は少し怒りながらも彼を探し始めた。


「カークス!出てきなさい!」


 自分の部屋のドアを開けて見渡すけど、カークスはいない。


 慌てて一階に降りた私。


 ダイニング、キッチン、シャワー室、トイレ、納戸、地下倉庫、庭を見て回ってカークスを探し続ける。


「まったく、どこに隠れてるのよ……」





 ♢♢♢ 午後四時 クレア達のホーム ♢♢♢


 今だ全裸のままのクレアは、何の疑いもなくもう一度二階から順番にカークスを探すが、クローゼットや床下を覗いても、カークスの姿は見えなかった。


 もう一度、もう一度。もう一度。もう一度。


 いつの間にか時間は午後四時を過ぎていたが、それでもホームの中を隅々まで三回も四回も見て回るクレア。


 だが、六回目でもカークスを見つけられなかったクレアは、やっと事態を呑み込んだように呟いた。


「そっか、また飲みに出かけたんだ」と。


 だったら、王都の店を全部回ってカークスを探して連れて帰ればいい。

 

 そう考えたクレアは急いで服を着てホームを飛び出すと、カークスを探しに向かおうとした。


 だが、ホームの門を出たクレアの視界に、一人の女性がこっちをジッと見ているのが目に入った。


 その女性は『フライイング☆ベター』のエミリア。


 エミリアは、まるでクレアを待っていたかのようにつかつかと歩み寄って来ると、クレアをきつく睨み付けながら言った。


「ちょっと話があります。ついて来てください」



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