第14話 カクヨム版
♢♢♢ 午後八時半 クレア達のホームの前 ♢♢♢
いったい、いつから僕―――カークスはこんな卑怯な人間になったのだろう。
あの娘にも何度も言われたし、言われなくても僕自身がよく分かっていた。
思い返してみても心当たりになるような心境の変化や、特別な出来事は思い出せない。
だったらやっぱり僕と言う人間は、生まれた時からこんなに卑怯で逃げてばかりの弱い人間だったって事になる。
今更考えても意味の無い事を、ホームの前で立ち尽くしたまま暫く考えてみたが、やっぱり答えは出ないし、もしそれが分かっても「ああそうだったのか」で終わりそうな気もする。
明るい月に照らされて、夜に浮ぶ僕と彼女のホーム。
見慣れたホームの、彼女の部屋のランプの淡い光りが、浮かび上がる影を揺らしている。
その幻想的な光景に少し見入っていた僕は、王都に来てからの二年半を、彼女と一緒に暮らした記憶を思い返してみたけど、いっぱいあったはずの思い出が何故だか一つも思い出せない。
「まあいいか……」
無理矢理そう呟いた僕はホームの扉の前に立ってから、もう一度だけ考えてみる。
それは僕の心に残った最後の未練のような気もする。
この扉を開けてしまったら全てが終わる。
でも、もう結果は出てしまっていて、後戻りはできない。
あの男の言いたいことを聞かなきゃ前に進めない気がする。
意を決した僕は、ホームの扉をそっと開けて、もう二度と昇る事の無いであろう階段を、一段づつゆっくりと踏みしめながら彼女の部屋の前に立った。
♢♢♢ 午後八時半 クレアの部屋 ♢♢♢
僅かに開いているドアの隙間からランプの暖かな光が漏れてくる。
そして、その光と一緒に漏れてくるのは彼女の大きな嬌声。
いや、厳密に言うと、彼女のその声はホームの扉を開いた瞬間から僕の耳に届いていたし、なんだったら、ホームの外で彼女の部屋を見上げていた時にも聞こえていた気さえする。
僕が最初思っていた結果とは少し違うけど、こんなに早く全てが終わるなんて僕にとっても良かったし、彼がいる分、彼女にとっては少しは良い結末になったかな。なんて、また卑怯な事を考えた後、僕は深呼吸してから、この残酷で卑怯で弱い僕とそっくりなフィナーレを迎えるべく、彼女の部屋のドアの隙間を少しづつ開いた。
開いたドアの向こうにはベッドの上で絡み合う二人の人物。
その二人の激しい動きが、ランプに浮かんだ影を、彼女の部屋を幻想的に揺らめかせている。
ベッドの上に裸で仰向けになっているのは冒険者のケント。
黒髪を後ろで束ねた背の高いイケメンで、冒険者としての実力もかなり高いって聞いている。
そして、そのケントの上に跨って必死に腰を振っているのは、僕の幼馴染でもあり、恋人でもあるクレア。
目隠しをされているためルビーのような綺麗な瞳は見えないけど、見慣れたセミロングの綺麗な銀髪が、激しい動きに乱れてランプの灯りに煌めいている。
ホームのドアを開けた瞬間からずっと聞こえてる彼女の声。
僕の聞いたことの無い彼女の艶やかな声と共に、彼女の張りのある美しい胸が激しく揺れ、細い腰は円を描くようにくねくねと動き、しっとりと汗をかいている白磁の様に透き通った肌は熱の為か薄っすらと赤く色づいていた。
部屋の入口に立ったままその光景を暫く見ていた僕は、いったい今どんな顔をしているだろう。
彼女と過ごした時間の中、いい思い出も、悪い思い出も、たくさんあった。
だけど、そんな数えきれないほどの思い出を一つとして思い出せずに、僕は彼女の部屋に一歩足を踏み入れた。
やっぱり僕は、逃げてばっかりの卑怯で弱い人間だ。
けど、それも今日で終わらせなきゃいけない。
僕がベッドの横まで近づくと、多分最初から僕に気付いていた彼は、今更気付いたように驚いた表情を浮かべてから、ベッド脇の椅子に視線を向けて、僕に座るように促してきた。
僕が促されるまま椅子に腰かけるのを見た彼は、この場にそぐわない爽やかな笑みを僕に向けてから、息も絶え絶えに痙攣し続ける彼女を仰向けにした。
仰向けにされた彼女の顔と、ベッド脇に座った僕の顔の距離は五十センチもないだろう。
目隠しされていて僕が見えない彼女は、僕の方に向かって美しい顎を反り、必死に呼吸をしようと喘いでいる。
「はああぁぁーーー!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
彼女がやっと呼吸を取り戻すと、彼は彼女の両足首を掴んで高く持ち上げて大きく開く。
そんな彼女を間近で見下ろしながら、僕は彼女の美しさに改めて気が付いた。
そしてその瞬間、もう忘れていたはずの、心が締め付けられるような痛みが僕を襲う。
だけどもう終わり、もうこれで最後だ。
僕が彼に視線を向けると、彼は軽く頷き、この醜いフィナーレに向けてとうとう行動を開始した。
僕の目の前で、普段の彼女からは考えられないような卑猥な言葉を口にして、自ら腰を何度も突き上げる彼女。
「クレア、愛してるよ」
「はぁっ―――はっ!……ケント…愛してるっ……んっ!」
彼に促されて彼女が口にした”愛してる”という愛の言葉。
その言葉が本心から出たのか、快楽に流されて口にしたのか、そんな事は問題じゃなかった。
今この場でその言葉を口にしたという事実だけが全てだった。
その瞬間、分かっていても僕の顔が歪んでいく。
彼の腰が一層早く振られて彼女を激しく揺らす。フィナーレはもうすぐだ。
この醜くて卑怯な結末に、僕はせめて最後だけは逃げないように、彼女の顔を焼き付けようとジッと彼女を見つめ続けた。
そしてその瞬間―――彼は彼女の目隠しをパラリと外し、そしてひと際深く腰を突き出してブルブルッと何度も震える。
僕の目の前、僕の視界には、蕩けた瞳を薄く開き、口を大きく開けて細い首を伸ばし、顎を突き上げた彼女の顔が映った。
そして、僕が見つめる中、焦点の合わない瞳を薄く開いていた彼女の瞳が徐々に大きく開き、僕と目が合った瞬間、美しいルビーのような瞳を大きく見開いて動きを止めた。
「―――あ?……ぁ――――――」
その時の彼女の顔は、今まで僕が見てきたどの彼女より綺麗で、儚く、美しかった。
―――ああ、やっぱり僕は彼女には届かない。
全てが終わった脱力感と今まで感じた事の無い開放感。
それを感じた瞬間、小さな頃からずっと一緒だった彼女との思い出が堰を切ったように僕の胸に流れ込んできた。
僕のこれまでの人生の思い出の全てに彼女がいて、一緒に泣き、笑い、喧嘩して。
そんな数えきれない思い出の中、グチャグチャに歪む僕の視界の中で、幼馴染で、唯一のパーティーメンバーで、恋人だったクレアは、大きく息を吐いた後、ガックリと崩れ落ちた。
いつの間にか流れていた僕の涙がポタポタと落ちて、クレアの頬を濡らしていく。
僕は、僕の涙で濡れたクレアに、いつも口にしていたあの言葉を最後に贈った。
「クレア…ごめんなさい……」
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