第9話 カクヨム版

 ♢♢♢ 午後九時 フルート村の空き家 ♢♢♢


「辛かったね……」


 膝を抱えて泣いていた私の耳元で突然そんな囁きが聞こえたと同時に、ケントが後ろから私を抱きしめて来た。


「えっ!……ちょっと……ケントっ、どうしたの!?」


 突然のケントの行動に驚きのあまり声を上げると、ケントは私を抱きしめる両腕に少し力を込めた。


 どうしたもこうしたも無いのはすぐ分かった。


 今夜ケントとここに泊まることが決まった時から、私が一番警戒していた事態が起こったんだ。


 せっかく今まで頑張って、こうならない雰囲気を作ってきたのに、最後で失敗してしまったと後悔するが、今はこの状況を何とかするしかない。


「ケント……苦しいから本当に離して……本気で怒るわよ」


 私はケントを刺激しない様に落ち着いて声を掛けたが、ケントは両足で私を挟み込むように抱き抱えたまま更にギュッと力を込めて来た。


「ホントに止めてっ。私あなたの事信頼して―――」

「クレア、ごめん。でも、君の話を聞いてたら……やっぱり君を諦められないって思った」


 だけど、私にはカークスがいる。

 カークスの愚痴をいっぱい言ったけど、それでも私はカークスを愛している。

 だから諦められないって言われたって、ケントを受け入れることは出来ない。


「っ!……そんな……知ってるでしょ、私はカークス―――」


 だけど、私がカークスの名前を口にした瞬間、ケントは私の顔を乱暴に掴んで振り向かせて……私の口を塞いで来た。


「ちょ!んん!―――んっ―――んんっ!―――ぷはっ!何するのっ!大声出すわよっ!」


 私は唇をぎゅっと硬く結んで、ケントの腕から逃げ出そうと腕を突っ張って必死に藻掻いたが、この大雨じゃ幾ら大声を出しても誰にも届くこともないだろう。


「クレア、大好きなんだ。愛してる」

「やっ!そんなこと!ふざけ…んっ!―――」


 ケントもそんな事は充分分かっているのか、一旦唇を離した彼は私の抗議を無視して耳元でそんな事を囁くと、再び唇を重ねてきた。


「クレア、君たちには悪いと思ってる。でも今夜だけ……」

「やっ!……そんなこと無理よっ……んんっ!―――んーーーー!」


 再びケントの唇が重なって来ると、彼の舌が私の唇を強引に開いた。


「んんんんっ―――!ぷはっ!やめ―――んっ―――」


「クレア、愛してる。今だけ、今夜だけは僕の事を見て欲しいんだ」


「んっ―――あっ…んぷっ……じゅるっ……んちゅっ…ちゅっ…じゅるるっ!レロッ……んんっ!!ぷはっっ!だめっ……んぁ」


 必死に閉じていたはずの私の口から力が抜けて、ケントの舌が私の腔内に侵入してきた。


「だめ…もうやめて…やっ!――ちゅっ…んぷっ……」


 ケントの舌は必死に逃げ回る私の舌を執拗に追い回して凌辱してくる。


 カークスとはした事の無い、私にとって初めての淫靡なキスに、徐々に身体の力が抜けてしまう。


「今夜だけは僕だけのことを考えて欲しい」

「そんなこと……出来ない……んっ―――んぷっ」


 私をギュッと抱きしめていたケントの右手がゆっくりと動いて、身体に巻いたシーツの上から私の胸を優しく揉み出した。

 慌てて彼の腕を掴んで止めようとしたけど、私の腕力じゃケントの動きを止められない。


「んぷっ……んっ―――ぷはっ!やめ、んん゙っ!―――」


 必死に上げた抗議の声も、顔を掴まれて繰り返されるキスで何度も塞がれてしまう。


 胸を揉んでいたケントの右手は、私の抵抗なんて無いかのように、身体をなぞるようにシーツの上を滑って、徐々に下に降りてくる。


 そして、シーツの裾から侵入してきた彼の手は、直接素肌をなぞりながらゆっくり上へと上がってきた。


「いやっ!もうこれ以上は―――」


 シーツを割りながら滑るように這い上がるケントの右手が、必死に膝を閉じて抵抗する私の太ももをランプの灯りに浮かび上がらせる。


「クレア……可愛いよ」


 突然耳元でそう囁いたケントが、今までと違って優しくキスをしてきて、ゆっくりと、けど執拗に私の舌を愛撫する。


「ん……は……ぁ……じゅるっ……んちゅっ…あっ!」


 優しく淫靡なキスにほんの一瞬眩暈がしたその瞬間、硬く閉じていた膝を割ってケントの右手が太ももの付け根の奥まで侵入してきた。


「ホントにダメっ!お願いだからっ……これでお終いに―――」


「クレア……綺麗だよ。大好きだ」




 ぼんやりした頭に激しい雨の音が反響する。




「クレア、最後に僕に夢を見せてくれないか?」

「そんなの……」



 止めて!そんな事を言わないで!



「僕にとっても、君にとっても一夜限りの夢でいいから」

「っ……」



 ずるいよケント……そんな悲しそうな瞳で見つめないで。



「すべて忘れて、今だけは僕のクレアになって欲しいんだ」

「……」


 こうなることは最初からどこかで分かってた。

 そしてほんの少しだけ、心の奥底でそれを望んでいる自分がいた事を私は否定できなかった。


 ケントの顔が近づいてきて、優しい口づけを落としてきた。

 私は目を閉じて黙ってそれを受け入れてしまう。


「大好きだよクレア……」

「そんなこと……言わないで」



 そんな言葉を囁かれるたび、私は徐々に堕ちていく。



「可愛いよ、クレア」



 本当はカークスに言われたかった言葉に体の芯が熱くなる。


 愛してるって言葉はいつも私が先に言う。

 抱きしめるのもいつも私から。


 でも、本当は……


 カークスから愛してるって言われたかった。

 カークスから抱きしめて欲しかった。


 寂しかったって言うのは本音でもあり言い訳だとも思っている。


 だけど、心のどこかでカークスは私の事が好きじゃないかもと、ずっと怖かったんだ。



 カークス……ごめんね。



 そんな私の不安を消してくれて、気持ちを満たしてくれるケントだれかがいる今だけ、今夜だけは。


 ごめんなさい、カークス。







♢♢♢ 午前零時 フルート村の空き家の一室 ♢♢♢


 あれほど激しかった雨はいつの間にか小雨になっていて、静寂が訪れた部屋の中では、二人が裸で抱き合ったままシーツに包まっていた。


「クレア、愛してるよ」

「もう、そういうこと言うのは止めて……」

「いいじゃん、まだ夜は明けてないんだから。大好きだよクレア」

「……うるさい、もう分かったから……」


 ケントはクレアの頭に手を乗せて、綺麗な銀の髪を優しく梳きながら、クレアの耳元で何度も何度も愛を囁いた。


 クレアは悪態を吐きながらも、ケントに腕枕をされながら胸に顔を埋めて、両手でケントを抱き締めながら気持ちよさそうに目を細めていた。


 心と身体に心地よい疲労を感じながら、クレアはゆっくり眠りに落ちていく。


 そんなクレアを見つめていたケントは、さっきまでの約束と違う言葉を口にした。


「やっぱり、君を離せない……また暫くは君とクエストに行く事に決めたよ」


 今夜が最後だからとクレアを抱いたのに、その話を反故にするケントに対して、クレアは何も反論しなかった。


 ただ一言、「そう……」と呟き、少しだけ強くケントを抱き締めながら、ゆっくり瞼を閉じた。


 そして、カークスが満たしてくれなかった心と身体に幸せを感じながら、カークスの事を考えては不安に駆られる毎日を今だけは忘れて、クレアは深い眠りに落ちて行った。






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 R18部分を削除したつもりですが、問題があったら修正します。



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