第4話
王都を拠点に活動するクレアは、王都の冒険者で知らない者はいない有名人だ。
機嫌が悪い時には誰かれ構わず噛みつき、すぐに暴力に訴える危険な女。
口の悪い冒険者などは彼女の狂暴性や見た目の美しさから、クレイジーサイコ、ヒステリックドールなどと呼ぶし、実際今まで暴力沙汰を起こしたことは枚挙に暇がない。
ただ、彼女の機嫌が悪くなる原因の九割九分は、彼女の幼馴染で恋人でもあり、唯一のパーティーメンバーであるカークスであり、カークスの人柄やクレアが荒れる原因を知っている冒険者たちは、そんなクレアの行動を王都の名物として楽しんでいる部分もあった。
それに、クレアは知らないが、クレアが荒れて問題を起こした後、必ずカークスが相手をフォローしていた事もクレアの行動が大目に見られている要因の一つだった。
まあ、クレアが荒れる原因を作っているのはカークスなので、自分の尻ぬぐいをしているだけなのだが。
そんなクレアだが、普段の評判はすこぶる良い。
若手の冒険者の中でも頭一つ抜きんでた魔導士としての才能があり、このままいけば将来は王国でも指折りの魔導士になるだろうと噂されている。
男勝りの勝気な性格だが明るく元気があって、好き嫌いがはっきりしている裏表のないクレアは、冒険者達からの人気が高い。
あのカークスが今日まで死ぬことなく、まがりなりにも冒険者としてやっていけているのはしっかり者のクレアの手腕だし、後輩の冒険者たちの面倒見も良いので、駆け出し冒険者の中では彼女を崇拝している者も少なくない。
そして彼女のマイナス面を相殺して余りあるその美貌が、彼女の地位を不動のものにしていた。
すらっとした長い脚と、スレンダーだが出る所は出ている抜群のスタイル。
緩くウェーブの掛かったセミロングの銀髪を風に靡かせ、白くきめ細やかな透明感のある瑞々しい肌を陽光に輝かせて町を行くクレアの姿は、すれ違う誰もが男女問わず振り返る。
十七才という、可憐な少女と大人の女の間を揺れ動く年齢は、彼女の美しさを神秘的なものにし、ルビーのような赤い瞳と女神のような清廉な微笑みを向けられた者は、決まって彼女の虜になった。
彼女が王都に来た当初はまだ十四才だったにも関わらず、その美しさは当時からかなりの話題になって、言い寄る者が後を絶たず結構問題になったが、彼女が怒った時の豹変ぶりや、恋人であるカークスの人柄が知れ渡ることによって徐々に沈静化してきた。
今でも王都に初めて来た冒険者が、クレアの美貌に撃ち抜かれて言い寄って来たり、恋人であるカークスに嫌がらせをすることもままあるが、そんな時はカークスの友人たちが速攻で動き、わからせている。
♢♢♢ 午前八時 穏やかな春の日差しが降り注ぐ田舎道 ♢♢♢
エミリアの挑発から始まった数々の事柄が彼女の不機嫌さの遠因だったが、今彼女を不機嫌にしている直接の原因は、彼女の数歩後ろを歩いているケントの存在だ。
先刻、ギルド内でケントからクエストを持ち掛けられたクレアは秒で拒否したが、ケントはクレアの心を揺さぶる条件を提示してきた。
「報酬の分け前は折半ですけど、クエスト成功の如何に係わらず、ガイド料として五千ギール出します」
五千ギールといえば、クレアがカークスと二人でクエストを受けて一日がかりでやっと稼げるかどうかという金額だ。その金額を確実に手に入れられる上に、成功報酬も半分貰える。
今日のクエストを半ば諦めていたクレアは散々悩んだ挙句、結局ガイド料に釣られてその話を受けてしまった。
本当はカークス以外とパーティーを組むことも嫌なのに、よりにもよって良く知らない男と二人だけのパーティーを組んでしまうなんて。
ガイド料に釣られたとはいえ、他の男と二人きりのパーティーを組んでしまった事に、浮気しているような罪悪感を感じていたクレア。
あらぬ噂を立てられない様に、念のために王都近郊の人気のない森の中でケントと落ち会ったクレアは、それからずっと不機嫌な様子を隠そうともせず歩き続けていた。
ケントも初めはクレアがパーティーを組んでくれた事に喜んで色々と話し掛けていたのだが、「うるさい!」「黙れ!」「関係ない!」等々、何を話し掛けても罵詈雑言しか返って来ない為に、王都を出て一時間経った今では、しょんぼりした様子でとぼとぼとクレアの後に付いて行くしかなかった。
これだけを聞くとクレアが只の報酬泥棒の最低な女のように聞こえるが、根は真面目で仕事はキッチリこなすタイプだ。
「あの森の真ん中に大きな洞のある大木があって、雨宿りができるわ」
「あの山に雲が掛かったら強い西風が吹くから注意して」
「地図ではこっちが近道のように見えるけど、途中でかなり長い坂道を上り下りするから向こうの道の方が結局早く着くわ」
クレアは時々立ち止まると、自分の中にある経験や知識を口にしてはまた黙って歩き出し、ケントは羽ペンで地図にメモをしてクレアを追いかける。
これまで愛想が良くても、ただ雑談する為に付いてくるような冒険者だったり、容姿に惹かれて口説いて来る冒険者に何度も当たった事のあるケントとしては、態度は最悪だが、王都近辺に不慣れな自分にとって有益な情報をちゃんと教えてくれるクレアに好感を持った。
ケントはそう言う情報に五千ギールを払ったのだ。
もちろんクレアの容姿に惹かれた事も否定できないが。
そうやって、傍から見ればまるでご主人様と下僕のような二人は、王都を出て二時間後、今日の目的地近辺に到着した。
今日のクエスト対象は、最近この辺りで目撃情報が多発しているデビルキャット。
デビルキャットは大型のネコ科の魔物で、この辺りを通り掛かる旅人にちょくちょく被害が出ていた。
クレアはデビルキャットを苦手としていた。
動きが素早くて魔法の照準が合わせづらく、ちょこまかと必死に逃げ回るカークスに当てない様に慎重に魔法を放つ必要があるからだった。
「クレアさん、あなたが自由に攻撃して下さい」
「私が自由に?」
「ええ、そりゃもう自由に。僕の事なんて気にせずに盛大に魔法をぶっ放して下さい」
「あなたに当たるかも知れないわよ?」
「ははっ!大丈夫ですよ。もし当たっても治療費は請求しませんから」
クエスト前の打ち合わせで、自信満々に、しかも何の気負いもなくそう言ったケントに、クレアは一瞬ムッした表情を浮べるが、それならと考えを改めると、ニヤリと笑った。
昨日からのストレスを大いに発散してやろう。と。
そんなクレアの様子を見たケントもまた笑みを浮かべる。
ケントもまた、これまで数えきれないほどデビルキャットと戦った経験があり、デビルキャット如きが何体いても自分一人でも余裕だったが、王都で評判の高いクレアの実力を見てみたいのが一割、報酬を折半する以上その分はキッチリ働いて貰おうというのが一割、残りの八割は初めてクレアの笑顔を見れたことによる笑みだった。
クエスト前の最後の休憩時にそう話し合った二人は、デビルキャットの目撃情報が多発している山岳地帯に足を踏み入れた。
♢♢♢
「エミリアの泥棒猫ぉぉぉーーーー!!」
灰色の大きな岩がゴロゴロと転がる山間の河辺。
静かな山中にクレアの大声が響きわたると同時に、彼女が掲げた
すると、クレアの眼下に広がる河辺で右往左往していたデビルキャットが、氷魔法の斉射を受けて二体纏めて吹っ飛んだ。
クレア達がデビルキャットの群れを発見してから五分後。
最初は十五体程いたデビルキャットだったが、今のクレアの魔法で二体が倒れ、残り僅か四体。
決死の反撃とばかりにクレアの左右から二体ずつ襲い掛かって来るが、「カークスの浮気者ぉぉーーーーっ!!!」と叫んだクレアの魔法で左側の二体が吹っ飛び、右側の二体はいつの間にかクレアを守るように間に割って入ったケントが剣を一閃して倒ていた。
「ふぅ~、クレアさんお疲れ様!」
デビルキャットの討伐証明となる耳を全て切り取った後、剣を納めていらやしい程のイケメンスマイルでクレアに微笑むケント。
そんなケントの笑みを見て、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたクレアは、プイっと横を向くと黙って帰路に着く。
相変わらずそんな不機嫌な様子を崩さないクレアだったが、内心は大きく動揺していた。
正直に言うと、ケントとのパーティーは非常にやり易かった。
始めこそケントに魔法が当たらない様に注意していたクレアだったが、ケントはまるで後ろにも目があるかのように動いて魔法の射線を開け、未来が視えているかのように動いて魔物を追い詰めて魔法が当たりやすいように集め、クレアに迫ろうとする魔物がいればいつの間にかクレアを守るように間に割って入って敵を屠った。
前衛を気にすることなく魔法を放てる。
後衛の自分を完璧に守ってくれる。
その為、戦いの前にケントが言っていた通り、クレアはいつの間にか自分の好き勝手に魔法を放ってそのストレスを発散していた。
比べたくはないが、カークスと組むパーティーとは雲泥の差だったのだ。
だからクレアもケントの強さを認めないわけにはいかない。
戦前のケントの言った通りになったこと。
今まで大変だとしか思わなかったクエストが楽しいと思ってしまったこと。
そして、カークスとケントを比べてしまい、カークスにほんのちょっぴり不満を抱いてしまったこと。
それがクレアの新たな不機嫌の理由だった。
♢♢♢ 午後一時 王都へ向かう田舎道 大きな木の下 ♢♢♢
戦いの後に一旦安全な場所まで戻って来た二人は、王都に向かう道沿いの大きな木の下で昼食を兼ねた休憩をとっていた。
直径三メートルはある大木の下、クレアは木の右側に、ケントは左側に座るとそれぞれ水を飲んで一息ついた。
少し暑い昼の日差しを遮ってくれる葉が二人の頭上でザワザワと音を奏で、時々通り過ぎる爽やかな風が戦いで火照った身体に心地いい。
クレアは、ケントとのクエストを受ける事になった後、冒険者向けに朝早くから開いているギルド近くの軽食店で買った包みをバックパックから取り出した。
包みから出てきたのは、パンに野菜や味付けをした肉を挟んだ簡単な食事。
クレアはほんの少しだけケントとは逆の方向に顔を反らすと、小さな口を開いてパンにかぶりついた。
「クレアさんの魔法、話に聞いていた通り上手ですね」
家畜の胃で作った水袋を片手に、遠くを眺めていたケントがそんな感想を漏らす。
「別に……あれくらい出来なきゃとっくに地面の下よ」
コクリと小さく喉を鳴らして嚥下したクレアは、相変わらず不機嫌そうな顔をしながらそう呟くと、一瞬ケントに目を向けた後、再びそっぽを向いてパンにかぶりついた。
ケントは今まで旅をする中でいろいろな魔導士を見て来た。
クレアより強力な魔法を放つ魔導士も、正確な魔導士も、莫大な魔力を持った魔導士も大勢見て来たが、正確性、速射能力、威力、魔力量、全てにおいて高次元でバランスの取れているクレアに内心感心していた。
しかし、一番感心したのはクレアの度胸と冷静さ。
大量の魔物の群れを見ても、慌てることなく冷静に正確に攻撃順を決めて、淡々と魔法を放つ。
そして、自分に襲い掛かって来る魔物に動じる事もなく、まるで前衛が何としろと言わんばかりに肝の座った様子で自分の目標から狙いを逸らさない。
魔法を放つたびに大声で何かを叫んでいた事はアレだったが、クレアに声を掛けて正解だったと改めて思ったケントは、穏やかな笑みを浮かべて遠くの空に浮かぶ雲を眺めた。
「クレアさん。まだクエストの途中であれですけど、今日はありがとうございました。報酬は後で折半ですけど、ガイド料は今払います」
そう言うと、懐から五千ギールを取り出したケント。
クレアは食事の手を止めてケントを、いや、ケントの手に握られた五千ギールを見つめて喉を鳴らすと、ケントは五千ギールを握った右手を軽くクレアに伸ばした。
二人の距離は約三メートル。それだけじゃクレアの手は五千ギールに届かない。
「……ところで、クレアさんさえ良ければ…明日もクエストに付き合ってもらえませんか?」
「明日も?……」
おあずけを喰らった様な形になったクレアは、再び眉間に皺を寄せてケントを睨み付けながら問い返した。
「ええ、クレアさんとのパーティー、凄く戦いやすかったです。だから明日もクレアさんと一緒にクエストを受けたいなって。あ、当然ガイド料も払います」
クレアに向かって五千ギールを軽くふって微笑むケント。
ケントに見つめられたクレアは一瞬だけ顔を歪めると、再び前を向いて黙り込んだ。
「…………あなた、お昼は?」
暫く俯いて黙り込んでいたクレアが、突然そんな事を口にする。
「え?ああ、急いでいたので用意出来なくて。ははっ……」
今朝、クレアがクエストを受けてくれる事になった後、クレアが先にギルドを出て行ってしまったため、慌ててクエストの受付手続きをして待ち合わせ場所に向かったケントは昼食を買い忘れてしまっていた。
「そう…………」
それを聞いたクレアは、小さく呟いてからまた暫く黙り込んだ。
「あの、クレアさん?明日の件はどうでしょうか?もしダメでもちゃんと今日のガイド料は―――」
ケントが話を戻そうとして、再び五千ギールをクレアに向けて差し出すと、クレアは手元の包みからもう一切れのパンを手にしてケントに向かって差し出した。
「はいこれ……私のせいでお昼買えなかったんでしょ?」
「えっと……ありがとう?……というか明日の―――」
突然パンを呉れるというクレアに少し戸惑ったケントだったが、再び話を戻そうとするとそれをクレアの声が遮った。
「だから、ほらっ!これあげるから早く今日の分の五千ギール寄こしなさいよっ!」
キッとケントを睨みつけて早口で捲し立てたクレアを見て、ケントもその意味をようやく理解した。
「……実はお腹がペコペコだったんです!」
寝そべるように身体を大きくクレアの方に傾けて、笑顔で右手の五千ギールを伸ばしたケント。
「ちょっと、それじゃ届かないわよっ!どん臭いわね!」
クレアもまた、悪態を吐きながら身体を大きく傾けて左手のパンをケントに向けて差し出した。
「ありがとうございます」
「全く……明日はちゃんとお昼を忘れないこと!」
肉と野菜を挟んだ一切れのパンと五千ギールを交換した二人。
最後に注意を口にしたクレアの眉間には未だ皺が寄っていたが、透き通るような白い頬には僅かに朱が差していた。
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