第3話
♢♢♢ 午前六時 早朝の冒険者ギルド ♢♢♢
カークスの剣の修理が終わるまでの予定を一晩中考えたクレアは、結局他の冒険者パーティーに臨時で加えて貰って、当座の生活費を稼ぐことに決めた。
本当はカークスと二人だけで貯金をしたお金で将来お店を開きたかったが、現状そうも言ってられない。
朝一番に一人でギルドに来たクレアは、どこかのパーティーに混ぜて貰おうと顔見知りの冒険者に片っ端から声を掛けていた。
「わっ、悪い……いいクエストが無くて、うちらは今日休みにしようと思っててな」
「最近魔導士を仲間にしたばかりでよ……悪いな」
「ごめんなさいっ!勘弁してくださいっ!」
かれこれ一時間、既に十組以上のパーティーに声を掛けたが、クレアを受け入れてくれるパーティーは今だ捕まらなかった。
それもそのはず。昨晩のクレアの機嫌の悪さは既に王都中の冒険者に広まっていて、制裁を受けて顔をボコボコに腫らしたカークスが姿を見せるまではクレアの機嫌が直らないことを皆知っていた。
「今日は運が悪いのかしら……」
そんな理由で断られている事など露しらず、クレアがハァ~とため息を吐いて顔をギルドフロアに向けると、五人組のパーティーがクレアの視界に入った。
「チッ!」
クレアは軽く舌打ちをしてその五人組をギロッと睨み付けると、向こうの一人がはち切れそうな胸部をばいんばいんと揺らしながら寄って来た。昨日クレアに一発でのされた『フライング☆ベター』のエミリアだ。
「おはようございまぁ~す!ヒステリッ…………クレアさんっ♡今日は一人ぼっちですかぁ~」
左頬を大きく腫らしたエミリアは、仲間が慌てて止めに入るのにも関わらず、クレアに向けて愛らしい笑みを浮かべる。
「あらっ!ぷぷっ……おはよう。バカ乳…………エミリアさん。酷いお顔がいつも以上に大変な事になってるけど大丈夫?」
クレアはクレアで、エミリアの腫れた頬を見て吹き出し、ニヤニヤとした厭らしい笑みをエミリアに向けた。
「そうなんですよぉ~。昨日、躾のなってない暴れ豚にやられちゃって。ケダモノって単細胞で嫌ですよね?わざわざ人里まで降りてこないで山の中でブヒブヒ言ってればいいのに……」
ピキッ
にこやかな笑みを浮かべているクレアのこめかみに青筋が立った。
「まあ、大変だったわね。てっきり無駄におっきいおっぱいに限界がきて、とうとうほっぺが膨らみ始めたのかと思っちゃったわ♡それともスイカ泥棒でもしてきたのかしら?いっつも胸にスイカなんて詰め込んで大変ね」
ピクッ
エミリアの眉が上がった。
「まさかぁ~、でも最近本当に困ってるんですぅ~。いっつも男の人の視線を感じるしぃ~、剣を振るのに邪魔になっちゃって……私もクレアさんくらいスッキリしていたら良かったのになぁ~」
「ぐっ……。そうね、無駄にデカくて、すが入ったパッサパサのスイカより、これくらいが丁度良いのよ」
「っ!……軽そうで良いですよね。メロン程度じゃ誰にも興味持たれなさそうですしねぇ~。羨ましいですぅ~」
「くっ!…………ふふふっ!別にいいの。カークスはメロンが大好きだから。……毎晩喜んで美味しそうに食べてくれるもの♡」
クレアは胸を張ってドヤ顔でそう言ったが、大嘘である。
カークスと恋人同士になって半年ほど経つが、未だにそう言う事をしたのは三回だけであった。
だが、クレアのその大嘘を聞いたエミリアは、掛かった!とばかりにニヤッと口を曲げで満面の笑みを浮かべた。
「……へぇ~、ラブラブで羨ましいですぅ~……でもカークスさん―――」
エミリアが得意げに何かを口にしようとしたその時、それまで一歩離れて二人のやり取りを、蒼褪めた面持ちで見守っていた『フライング☆ベター』のリーダーの男は本能的に危険を察知したのか、エミリアの命を守るべく危険な戦場に飛び込んだ。口だけだが。
「ばかっ!やめろエミリ―――」
が、そんなリーダーの献身的な行動も一歩遅く……
「カークスさん、メロンよりスイカの方が好き♡って言ってましたよ。まだ五回しか味見をして貰って無いですけ―――」
3 - 5 = -2
そんな式がクレアの頭の中に浮かび上がったその瞬間。
ゴガッッッ!!!!
「「「「あっ!」」」」
クレアの左フックが電光石火でエミリアの右頬に炸裂し、クルクル回りながらリーダーの男を巻き込みつつ、三メートル程吹き飛ばされたエミリアは白目を剥いて倒れ込むと、ピクリとも動かなくなった。
「ごめんなさいね。悪い虫が付いてたから追っ払ってあげようと思ったんだけど…ちょっと強すぎたかしら?でもお顔のバランスがとれて少しは見れる顔になったから許してね♡」
両頬をぷっくり腫らしてぶっ倒れているエミリアを一瞥したクレアは、軽くフンと鼻を鳴らした後、背を向けた。
この戦い、二戦連続でクレアの反則負けだった。
♢♢♢
毎朝この時間は黒山の人だかりができるクエスト掲示板の前だが、今朝に限っては掲示板の周りに誰もおらず、そこだけがぽっかりと穴が空いたような空白地帯となっていた。
「全くも―、何なのあの娘っ!朝からイライラさせてくれるわね!」
その原因は当然クレア。
クレアが初級クエスト掲示板の前で腕を組んで仁王立ちしながら、未だ怒りが冷めやらぬようにブツブツと独り言を言いつつ、親の敵のように掲示板を睨みつけているからだった。
触らぬ神に祟りなし。とばかりに、その場にいた全員がエミリアの蛮勇に呆れながら息を潜めてクレアから距離を取っていたし、クレアに声を掛けられる前に慌ててギルドから逃げ出す者も大勢いた。
帰ったらカークスをキッチリ型に嵌めてやる。と思いながらも、生活の為にクエストを受けなくてはいけない。
結局、今日は他のパーティーに入れて貰う事を諦めたクレアは、せめて自分一人でも受けられるクエストが無いかと初級冒険者の掲示板を眺めているのだが、魔導士のクレアが一人で受けても大丈夫そうなクエストは殆どなかった。
あっても、子供のお小遣い程度にしかならない薬草採取などのクエストだけだ。
「どうしよう……」
薬草採取を受けるくらいなら、ホームに帰ってカークスを締め上げた方が時間を有意義に使えるわね。
仕方ない、今日の所は諦めようか。とクレアが思っていたのその時、クレアの背後に人が立ってクレアに声を掛けて来た。
「おはようございます。クレアさん」
名前を呼ばれたクレアが「おん?」と振り向くと、昨夜、飲み屋でクレアに相席をお願いしてきたあの優男が、昨夜と同じように穏やかな笑みを湛えて立っている。
「チッ!……誰に聞いたの?」
「えっと……何がでしょうか?」
「名前よ!な、ま、え、!今呼んだでしょ?私の名前」
どこの誰だか知らない奴に、いきなり名前を呼ばれて不愉快になったクレアが、キッ!と男を睨みつけて舌打ちすると、優男はキョトンとしてからアハハッと愛想笑いを浮かべた。
「あぁ、ごめんなさい。僕、ケントって言います」
「そんな事聞いてない」
「ははっ……昨日、『月の雫亭』で相席をお願いしたクレアさんですよね?昨日あの後、他のお客さんが色々話しかけて来て、あなたの名前を教えてくれたんです」
「ったく……」
余計な事を喋ったのは何処のどいつだと、折角落ち着き始めたクレアのイライラゲージが再び上昇する。
「で、何の用?今忙しいの。用がないからどっかいってちょうだい」
クレアは眉間に皺を寄せ、まるで犬を追い払うかのようにシッシッと手を振った。
明らかに歓迎していないクレアの様子に、優男の笑みが困ったように引きつったが、彼も掲示板に用があった為にこの場を立ち去ろうとはせずに、クレアの横に並んで立つと、張り出されたクエスト用紙に顔を向けた。
「……」
「……邪魔よ」
「ごめんなさい。でも、僕もクエストを探したいんです」
「あなた、初級クエストなんて受けないでしょ?」
クレアも冒険者になって三年経つ。
冒険者の強さくらいは一目見れば雰囲気で分かるようになったが、ケントと名乗った優男はソロでも中級クエストをこなせる実力があると見ていた。
「いや……昨日王都に来たばかりで、まだこの辺りの事が分からないから、先ずは肩慣らしも兼ねてと思ってます」
「……ふん」
優男の理由は冒険者として正しい。
クエストは目的地に行くまでや、帰りの事も考えてのクエストだ。
簡単だと思っていたクエストが、他の魔物の危険がある場所を通らなければいけない場所だったり、近道を選んだはずが崖を上り下りしなければならなかったり、土地勘が無い場所では、クエスト外の事も考えて慎重に検討する必要がある。
ケントは今まで他の町でもそうしてきたように、先ずは簡単なクエストを受けつつ、右も左も分からない王都周辺の状況を覚えていこうとしていた。
その説明にクレアはケントを軽く一瞥すると、ケントから一歩離れて再び掲示板に顔を向けた。
「……」
「……」
「クレアさんはソロで受けるんですか?」
「あ゙ぁ?……だったら何?」
「いえ、別に……」
「……」
「……」
こうして二人は少し距離を取ったまま、暫くの間お互い無言のまま掲示板に目を向けていたが、ケントが声を掛けると取り付く島もない返事が返ってくる。
周りで二人の様子を伺っている他の冒険者たちが、ケントの蛮勇に呆れつつもハラハラと見守る中、ケントは暫くして一枚のクエスト用紙を手に取ってクレアに話しかけてきた。
「これってここから日帰りできます?」
「……受付で聞けば?」
そう言ってケントが見せて来たクエスト用紙を、イラっとした表情を浮かべた後に一瞥したクレアはそう言い捨てた。
「あははっ…そうします」
そんなクレアの態度に再び愛想笑いを浮かべたケントが、取り付く島もないと受付に向かおうとすると、クレアがボソッと口を開いた。
「…………遠くはないわ。けど、途中で大きな川を渡る必要があるから天候に気を付ける必要があるわ」
クレアは掲示板を見つめたまま、クエスト用紙に掛かれていない懸念事項を簡潔に口にした。
「あ、ありがとうございます。……じゃあ、これは?
「……それは少し危険よ。最近その辺りは法国との小競り合いが多くなってきてるから」
「なるほど!じゃあ―――」
「うっさい!分からない事があったら受付で聞きなさいよっ!あなたに構ってるほど私も暇じゃないの?見て分かんない?」
次々とクエスト用紙を手に取ってはクレアに見せてくるケントに、さっきのエミリアの事でイライラが募っていたクレアの怒りが再び爆発した。
「あっ!―――すみません」
流石に調子に乗り過ぎたと、ケントは慌ててクエスト用紙を引っ込めて項垂れる。
だが、冒険者にとって同業者からの生の情報は大切だ。
受付で聞いた場合、気の利いた職員ならそういったちょっとした情報を教えてくれる場合もあるが、大抵の場合はクエスト用紙に書いてあることを一通り説明されて終わりだし、ケントだって自分が知らない事は質問できない。
初めての町ではこうやって現地の冒険者に生の情報を聞くことは、どんな冒険者でも必ず行う作業だったが、今回ばかりは選んだ相手とタイミングが悪かった。
だが、ケントがクレアに声を掛けたのは偶々ではない。
昨晩のクレアとの出来事は偶々だったが、あの後多くの冒険者に声を掛けられて、王都におけるクレアの評判や立ち位置などを聞いた上での判断だった。
もっとも、ケントが今まで見て来たどんな女性よりも美しいクレアの容姿に惹かれた事も大きな理由の一つでもある。
折角仲良くなるなら、むさ苦しい男より若くて綺麗な女の方が良いのは、どんな冒険者だって思う事で、ケントもそういう俗っけは当然もっていた。
そして、ここまでの短いやり取りや、昨夜聞いたクレアの情報から、ケントは断わられても元々だと、思い切ってある提案をしようと口を開いた。
「クレアさん……もし良ければ今日は僕のクエストに付き合ってもらえませんか?」
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