第2話

「カークス?おう!知ってるぜ!アイツいい奴だよな。王都の冒険者でアイツを嫌ってる奴は見たことが無いな。この前も一緒に飲んだぜ。アイツとパーティーを組む?……ハハッ、まあ、臨時でだったら構わないが、ずっとってのはちょっとな……クレアだったらいつでも大歓迎だ!彼女は努力家だし才能があるし、ちょー美人だしな。でもカークスもいい奴なんだよ」


「カークスが何だって?知ってるも何もアイツとは親友よ!おもしれーし、それにあのツラだろ?あいつといると女が寄って来るからよ!……ここだけの話、多少のおこぼれはあるんだよ、ふへへっ。アイツとパーティー?おいおい、仕事と遊びは別だろ。正直アイツの腕で俺達のパーティーに入ったら、三日で棺桶行きになっちまう。でも、遊ぶんならサイコーに面白い奴だぜ!」


「カークス?知ってる知ってる!有名よ?かっこいいし、優しいし、面白いし。すぐお酒を奢ってくれるし、下心も無いから安心して遊べるしね。狙っている子も結構多いのよ。私?私は……うーん、パスかな。ちょっと遊ぶくらいなら良いんだけど……ほら、将来を考えるとちょっとね、冒険者としてはアレだから……クレアっていう美人のしっかりした彼女がいなきゃ、今頃金持ちのババアの愛人?みたいな?」


「カークスさん?ええ、知ってますよ。本当に格好いいですよね!王都の冒険者の中でも一、二争うイケメンですもん。付き合いたいかって?うん、まあ……あれだけいい男を連れてると自慢にはなるし。でも、クレアさんって言う凄い美人の彼女さんがいるじゃないですか、やっぱりあれくらい綺麗な人じゃないと釣り合わないかなって。それにやっぱり冒険者だったらある程度は強い方が良いじゃないですか。まあ、割り切った関係なら全然OKですけどね」


 王都の冒険者にカークスの事を聞けば、大体こんな答えが返ってくる。


 イケメンでモテる。明るくて楽しい奴。優しい。太っ腹。

 だが、冒険者としての評価は低かった。

 新人に毛の生えた程度、センスも度胸も根性も進歩もない。


 魔導士として頭角を現しつつあるクレアと言う美人の彼女がいなきゃ冒険者を続けていられなかっただろう。と。




 ♢♢♢ 午後八時 王都の歓楽街『月の雫亭』♢♢♢


 冒険者の間で安くて美味いと人気の『月の雫亭』は、今日もクエストから生きて帰ってきた冒険者でごった返しているが、そんな混雑した店内の一角だけは重い空気が漂っていて、周りの冒険者も店員も触らぬ神に祟りなし。とばかりにその場所に顔を向けなかった。


「まったく………信じらんないっ!」


 その重たい空間にポツンと座って安い麦酒を煽っているのはクレア。

 四人掛けのテーブルを一人で占拠して、ブツブツ独り言を言っている。


「カークスの奴、また何かやらかしたな」

「マジでビーストモードじゃねえか。一週間ぶりに見たぜ」

「おい、誰かクレアに話しかける勇気あるヤツいるか?生きて戻ってきたら俺が麦酒奢ってやるぜ」

「そういや、今朝、フライング☆ベターのエミリアがギルドでぶっ飛ばされて伸びてたけど、それがらみか?」

「あっ、アタシ知ってるかも……でも言えない……死にたくないもん」


 他の客も店員も全員クレアの知り合いだが、のクレアに声を掛けようとする強者は誰も居なかった。


「私が冒険者になって一生懸命貯めたお金で買った……初めてのプレゼントだったののに!」


 クレアがガツンとジョッキをテーブルに叩きつけると、喧騒で溢れていた店内が一瞬静寂に包まれるが、全員が何も聞かなかったかのように普段通りの会話をしようと取り繕う。


 そんな風に店内に恐怖政治を敷いていたクレアだったが、一時間もするとだいぶ落ち着いてきたのか、独り言も鳴りを潜め、店内の空気もだいぶ和らいできた。


 クレアもいつまでも怒ってばかりいられない。

 問題は明日からのクエストだ。


 カークスの商売道具がない以上、暫くの間どうやって収入を得るかをクレアが考えなければいけなかった。


 誰かに予備の剣を借りる?……とは言え武器は冒険者にとって命を懸ける自分の分身のようなもの。武器の扱いの上手いベテランに貸すなら百歩譲って分からなくもないけど…カークスじゃ……


 カークスに中古の安い剣を買わせる?……多分無理。修理代も馬鹿にならないし、今のレベルのクエストを受けられているのも、カークスには分不相応の上等な剣を使って貰ってるからだし。カークスの実力で安物の剣じゃ、碌なクエストも受けられない。


 他の武器……論外だわ。あぁーーーもう、どうしよう!


 そこまで考えたクレアが、自分の頭を鷲づかみにしてブンブンと激しく振ると、クレアの奇行に周りの客がびくっと震えて静まり返る。


 残る手段はクレアがお金を出すか貸して、新しい剣を買ってあげること。

 これが一番スマートに問題を解決できる。


 クレアも真っ先にこの案を思いついたが、自分のプレゼントを飲み代として売っぱらったのに、なぜ自分がまたお金を出さなきゃならないのかと思ってしまった。


 クレアはカークスが冒険者に向いていない事は始めから分かっていた。

 だから頑張ってお金を溜めて、カークスと二人、王都でこの『月の雫亭』のような、冒険者が集まる安くて美味いお店を出したいと考えているため、毎月少しづつ貯金もしていた。


 だから、カークスの剣を買えるくらいのお金なら今でも何とか捻出できる。


 だけど、ここでまた自分がお金を出してしまったら、カークスは反省するどころか、また自分に甘えてしまうだろうと思うと、その方法も取りたくなかった。


「どうしよう……いい方法」

 

 クレアがそうやって頭を悩ませていると、クレアの頭上に影が差した。


「ん?」


 俯いてブツブツ呟いていたクレアが顔を上げると、テーブルの横に一人の男が立っていてクレアを見下ろしている。


「すみません。もしご迷惑でなかったら相席させて頂けませんか?」


 黒い長髪を後ろで束ねた優男。

 顔はかなり整っていて、黒い瞳を細め、穏やかな笑みを浮かべてクレアを見下ろしていた。


 誰?知らない。


「ごめんなさい。今満席なの」


 よそいきの冷たい笑みを浮かべたクレアがそう言うと、その男は少し驚いたように店内を見廻したが、急に静まり返った店内には嫌な空気が張り詰めていた。


「でも、他にこのテーブルを使っている人がいるようには見えませんが」


 四人掛けのテーブルにはクレア一人しか座っておらず、他に誰かが使っているようなジョッキも皿も荷物も置いていない。

 優男が言うように、誰が見てもクレア一人で四人掛けのテーブルを占拠しているようにしか見えない。いや、事実そうなのだが。


「何?ナンパ?ごめんなさい。ナンパの受付は十年前に終了してるわ」

「はははっ!まさか。ただ他の席がいっぱいで空いている席がここしかなかったからです」


 クレアに嫌味を言われたにもかかわらず、男が穏やかな笑みを絶やさずに自分の状況を説明すると、クレアも店内をパッと見渡して空席がここしかない事を今更ながら気付いた。


 ご迷惑だから相席はよろしくないです。


 そう口にしようとしたクレアだが、間違っているのは自分で、この男の言っている事の方が正しい。

 店にとっても料理も注文せずに安酒でずっと粘っているクレアより、新しい客に変わってもらった方が良いことはわかる。


気に食わない奴!


 何となくそう感じたクレアは、「もう帰るからご自由に!」と負け犬の捨て台詞を吐くと、酒代をテーブルに叩きつけて店を出た。


「何あいつ……見た事無い奴だけど、ちょっと顔が良いからいい気になってんじゃないの?」


 店から出たクレアは、ホームに向かって歩きながら一人そんな事を毒づいた。

 調子に乗っているのは明らかにクレアの方なのだが。


 その頃、クレアが出て行った『月の雫亭』では、緊迫した空気が一気に霧散し、大きなどよめきが巻き起こる。


「やべー、あいつ何もんだよ!見ない顔だな」

「あれが伝説の勇者って奴か。あの状態のクレアに話し掛けてよく無事だったな」

「俺、アイツに一杯奢って来るわ!」

「ちょっと、凄くいい男~。冒険者かな?」


 クレアに絡んで見事撃退した見慣れない男を称える声や、駆け寄って話しかけるものなどで店内は大騒ぎになっていた。



 一方、その頃ホームでは、夕食の後片づけを放棄したカークスが、ベッドで爆睡していた。


 クレアが帰ってくるまであと十五分。




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