第22話 駄犬と飼い主

◆◇◆


ふかふかの横長いこの玉座は、ソファーという。

知っていたかしら?

私は全然全く知らなかったわ。


——どう、凄いでしょう??

私は『知らない』という事を知っていたの。

これが人間達がいうところの『無知の知』

という奴なのね。存外好きよ、こういうの。


静かだ、静謐の境地…とは違う。

この心境にもっとも近しい概念、それは。


「…寂しいの、私?」


記憶を遡っても、遡っても

今の今までそんなものを感じた事なぞ

ありはしなかった。

なのに。


「何、この穴の空いたような感覚」


瞳が熱くなって何故だか

何かが擦った手の甲を湿らせた。


「雨漏りかしら」


奇々怪怪怪な事もあるものね。

彩光用の窓から入った月光が

奇跡的に姿見を照らし出していた。

起き上がる。近寄る。覗き込む。


「?

 この鏡…どうやら壊れているようね」


あり得ないことが起きている。

鏡の中の私は、

世界最強の魔王である私は、

ディアネシア=ディア・ディザスターは、


———涙を流していた。


「全く…こんな無様を捏造するだなんて

 失礼な鏡だこと」


パリティ対称性の破れという奴よ。

まあ? 

それも私の強大すぎるチカラが故に起こったなら

叱りつけてもせんなき事…。


———違う。

虚像の涙は本物だった。

晴れているのに雨漏りなんてしないし、

強大なチカラの前に姿見なんてとうに粉々に

なっている。


見回す。見回す。見回す…。

閉店した夜のバーには当然他者などいるわけも

ないが、いるはずの存在がいない。


「…私を置いて何処へ行ったのよ」


誰にも今の私を見せたくなくて、

誰もいないのにその場にうずくまってみる。


…何故だか思い出してしまう。

500年程前だったかの、何でもない

些細な思い出。

トラウマと言い換える事を許さなくもないわ?


「やはり、私には…」


———無理なのかもしれない。

皆嫌々仕方なく付き合ってくれている

だけかもしれない。


だって私がその気になったら

皆簡単に殺してしまえるから…


ただ恐怖や畏怖から懇ろな振りを

してくれている…それだけの根拠になる。


何度そんなわけは無いと思った事か。

でも、本当にそうなの?って疑念の方が

勢いづき、増長していく程自分を信じられない。


「シンジ…」


だから奴隷・・を選んだ。

決して逆らえず従順で盲目的な存在だから。


恐れても慄いても恨んでも

私の側から離れる事の出来ない存在だから。


それなのに…

何であのカスでパッとしなくて特長もない癖に

瞳の奥に不可思議な力強さを宿した人間の男は、

私の心に温もりを届けてくれるの??


怖がらないし、恐れないし、失礼極まりないし、

反省しないし、叩くし…。

魔王である、私を…どうして。


「はぁ…バカ。バカな奴」

「バカの帰還でござるよ〜」

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