第16話 エプロンとジェラシー

◇◆◇


『西にあるバー』という名前らしい。

そしてそれは東にあるのにそんな名前だから

地元民以外はほとんど来ない様な場所なのだという。そしてその地元民のゴロツキ・モヒカン達も全員追っ払ってしまったので、中は非常に落ち着きのある空気をしている。


「マキシがバルバレッサの言ってた人?」

「ちゃうよー。兄者、それ」

「ふーん。そのお兄さんは?」

「先月マグロ釣りに行ったきりだねー」

「1ヶ月も戻ってないの?」

「いつものことだからモーマンタイ♪」


マキシは気遣ってくれてるのか

ウインク目配せにピースまでして見せる。

まあこんな物騒な地域に居座っているんだし

考え方が僕たちとは違うんだろう。


「シンジ!

 この四足歩行動物の亡骸は

 とても退廃的で脳みそを刺激される

 刺激を咀嚼する度に私に齎すわ!!」

「ただ『美味しい』というだけにその長さ?」

「ウチの常連がメーワク掛けちゃったみたいだ 

 し食べて食べて〜」


どちらかというとウチのバカ魔王

勝手にメーワクに突っ込んでいったというべきか。


「おまた〜♪ シンちゃんの分ね」

「———いただきます」

「何ソレー? 肉が柔らかくなる魔法、的な?」

「ただの感謝の言葉だよ。

 お肉とか、作ってくれたマキシとか全部に」


マキシはお目目をパチパチ

キツネの様な長い耳をピコピコさせて

それからニッと笑顔になった。


「あれじゃん、セーシクンジン」

「聖人君子だと思うよ」


女の子の口から「セーシ」という並びと音が

出て来るのは本当にドギマギする。

気を紛らわせるようにジュワジュワと音を立てて

踊るステーキを切り分ける。


…口の中で堰を切った赤身肉の肉汁と

大味ながら刺激的なソースが舌に絡み付く。

小洒落たダークオークのカウンターで

味わっているのもあってか、

より一層味というものの深みが増したみたいだ。


「おいし〜?」

「おいし〜」

「これが、おいし〜…?」


ネシアはテンションが高くなったからか

綾波レイみたいにステーキを俯瞰した。


「…ん? どーかした?」

「いや、別に?」


視界の端に先程までマキシの…

エプロン越しの胸元が見えていたんだ。


当然インナーも着ているわけなんだけど、

昔話の金太郎が着ていた感じの

……ピッチリした面積の少ない腹掛けで。


上段の棚から物を取る時に見えた腋とか

剥き出しの綺麗な背中とか…

控えめにいって、マキシの格好は

とても刺激だったのだ。


…その辺の勘という奴は鋭いというし。

気付かれたか……??


「安心しなって〜。

 魔王商会の会長さんからの依頼なら

 何でもキョーリョクしちゃうからさ」

「魔王商会の会長?」

「バルバレッサさんの事ねー」


そういえば酒とラジオがどうのと言っていたな。


「ん…」

「急にどうしたの?

 ネシアさん」

「んん!」


いきなりコートの前を開けて胸元を晒したかと

思えば、それを押し付ける様に僕に抱きついてきている。これは魔王の習性か何か??


「へえ〜借金王ちゃんにも

 カワイイ〜とこあるんだねぇ〜♪」

「????」

「———はあ。

 だからシンジはDV男なのよ」

「何が!?」

「だからシンジはDV男なのよ」

「なんで2回言ったのさ!?」


一体何が起こっているんだ…??

何故だかそのあとしばらく、

ネシアは口をきいてはくれなかった。



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